表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/120

「歯形」なし


「ましまがきくるえ? 知らない名前ね」


 白々燐は訝しむ。彼女に、恋人だった真島柿厨荏の話はしていない。灰學がこちらを見てくる。この雪女は事情を知らないのか? そう聞いてきている目だった。当瀬日文の友達だった。そう言え。と念を込めた視線を返す。

 灰學は重く頷いた。


「日文の恋人だった女だ。彼はまだ彼女を愛している」


 三月とはいえまだ初旬。夜は冷える。ただでさえ低かった気温が、さらに下がった。白々燐は嫉妬深い。そして、僕は彼女の弟分である。どこの馬の骨とも知れない女と付き合っていたとなれば、怒りを顕わにすることは予想出来た。

 指先が凍える。白々燐は冷たく言った。


「冥福だけは祈ってやるけど。死人に口なしだわ」


 塀に寄りかかる。


「観光しにきたわけじゃないんでしょ? さっさと用事を済ませなさいな」


 灰學の隣に屈む。小さな声で文句を述べる。


「祓い屋の学校で空気の読み方は学ばないのか?」

「この冷えた空気をどう読めと? 呼吸を整えるので精一杯だ」

「カリキュラムに、南極でのサバイバルを加えた方がいいな」

「南極ねぇ。この事件は、難局に差し掛かってるよ」「どういうことだ?」


 片目を細める。語気を荒めて尋ねた。


「妖怪に魂を喰われたのなら、100%の確率で、いわゆる『歯形』というか、とにかく痕跡が残ると聞いたことがある。祓い屋はそれを元に捜査する。種族から絞り込み、妖気の微細な違いなどから、犯人を特定する。最後に、人の社会正義を掲げて、当該妖怪に処断を下す」

「そうなんだけどさ」


 灰學は唇を尖らせた。わざわざ説教されなくても分かっているという不満が出ている。灰學は見習いだからプロとは言えないが、僕はそれ以下だ。偉そうにし過ぎた。「すまん」と謝る。「いいよ」と返ってきた。


「それが出来ないから困ってるんだな。つまり、痕跡を追えないなんらかの事情があるか……あるいは、『歯形』が残ってない」

「ザッツライト!」「あり得るのか?」

「普通はあり得ない。痕跡を残さず人から魂を抜くのは、本を一切傷つけずにインク成分のみ抽出するくらいには不可能だよ」「なるほど。無理だな」

「『歯形』を残さず魂だけ掻っ攫う。難しいけど、原理的には不可能じゃない」


 白々燐が口を挟んできた。我関せずと見せかけて、しっかり聞いていたらしい。力ある妖怪直々の言葉。参考になるかもしれない。

 二人して耳を傾ける。


「手間がかかるけどね。例えば私なら、ターゲットとなる人間周囲の空気を南極以上になるまで徐々に冷えさせて、ゆっくりと凍死に追い込む。綺麗に死ねば、魂は肉体から、鮮度を保ったまま乖離する。そこで捕食。『歯形』は残らない。あくまで遺体にはね(・・・・・・・・・)。殺害現場には私の霊力がこびりつく。死体の場所は移動させなきゃいけないわ」

「へえ、えげつな」「自白か?」

「バカ言いなさい。人魂を喰らって強くなろうだなんて違法だし、野蛮もいいところよ。自分で努力しなきゃ。私は食うためには人を殺さない。正道を行くの」

「人間にとってはありがたい心がけだ。死体移動の痕跡は?」

「ないな。この場で死んでいる。まるで突然、魂だけ切り取られたみたいに。喩えるなら、デ◯ノートに名前を書かれて四十秒経ったって感じ。ホトケには倒れ込んだ時の打撲痕しかなかったらしい。服の下に。俺には外傷がないように見えた。眠っているだけと言われたら信じた」

「……神業よ。認めるのは悔しいけど、私には絶対に無理だわ」


 白々燐は(かぶり)を振る。プライドを傷つけられたようだった。それから思考に没頭する。自分の力でどうやって事件の状況を再現するのか、必死に考えているのだろう。恐ろしい女だ。

 僕も脳内でシミュレーションしてみる。

 真島柿厨荏の姿形はよく知っている。歩く彼女が、糸が切れたかの如く倒れ込むシーン自体は想像出来る。だがそれまでだ。痛ましい。心が苦しくなる。元気で明るい少女だった。もう動かない。動く姿を見ることはない。感情の激しい落ち込みが、冷静な思考を邪魔する。

 なら別の切り口だ。なぜ真島柿はこんな場所に来た? 彼女の家から歩いて来れる距離の範囲内にあるが、あの普通の女子高校生が自発的に足を運ぶ地点ではない。小学生が探検に来るならともかく。

 操られたか、誰かに呼び出されたか。


「真島柿のスマホは調べられたか? 着信履歴とかメールボックスとか」

「発見時は所持してなかった。家に置き忘れていたようだ。呼び出された形跡はなかった。祓い屋の警察機構も、どうして被害者がここにやってきたのかの理由は掴めていない」

「スマホは一台だけか?」「ああ、そうだが」

「おかしいな。あいつはスマホを二台持っていた」


 灰學は目を見開く。


「何だって? 家族からの証言に、そんな情報一つもなかった」

「恋人たる僕との連絡用に、家族に秘密で契約してたんだ。近くに、高校生だけで契約出来る怪しい携帯電話ショップがあって。引き落としは僕の口座から。外出時はそっちだけ使うようになった」

「じゃあもう一台はどこに」「……犯人に持ち去られたか」


 急いでスマホを出した。支払い管理のページを確認する。


「なんてこった。先月分の請求が来ていない。死後すぐに解約されてる。契約をどうこう出来るのは、真島柿自身と、僕と」


 信じられないという気持ちになった。呻くように言う。


「あと、毎月の生活費を振り込んでくれる、大妖怪ギツネだけ」

「九さん?」「誰だよ」「九尾」

「とてつもない大物妖怪じゃないか。つまり犯人は」

「いや、九さんにこんな細かい芸当が出来たとは思えないわ」

「同感だ。そもそも彼に真島柿を殺す動機はない。存在すら知らなかったと思う。それにITオンチだった。他人との電子連絡手段を獲得する術は絶対に持ってない。そういう発想に至らない。真島柿とコンタクトを取るのは無理だ。ただ言えるのは、事件と無関係ではないだろうってことだ」

「朴訥な人柄だから。知らぬ間に利用されている可能性はあるわね」

「ちょっと待って。君たちに現場を見せたからって、こんなに進展するとは思わなかった。ちょっとメモを取らさせてくれ。後で捜査士に知らせなきゃ」


 灰學は紙と鉛筆を取り出す。アセアセと手を動かす。少しでも真実に近づきたいと、連れて行って欲しいと頼んでみて正解だった。

 祓い屋の捜査機関は、恐らく家族からしか証言を取っていない。妖怪による魂喰いと判断した時点で、怪異の特定に全力を注ぐと決めたのだろう。それが仇となったのだ。普通の警察みたく捜査を進めていれば、すぐ恋人の僕に辿り着くことが出来たと思われる。


「これで一先ずよし」


 メモ取りを終えた灰學に、さらに踏み込んだ話をする。


「最近、物騒な事件が続いてるよな。自宅内失踪。資産家の奇病」

「ああ。祓い屋は怪異絡みと睨んでる。見習い以外は大忙しだ」

「真島柿殺害と何か関連は?」「正直分からない。偶然か否か」


 灰學は天を仰ぐ。


「下っ端のぼっちじゃ視界は限られてる。詳しい捜査資料にアクセス出来れば」

「灰學、お前に言うのは筋違いというのは承知しているが、それでも頼む」


 両手を合わせた。祈りのポーズだ。


「祓い屋の捜査資料を見られる方法を考えてくれないか。三色かふぇの店員さんとの会話マニュアルを作ってやるから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ