友達の作り方
「雪女に、狛犬と……猫又?」
灰學は眉を顰めた。妖怪たちは勉強会を中断する。町代は練習に集中したまま、新たな登場人物に気づいた様子はない。
白々燐はさりげなく臨戦体勢に入った。石済灰學の持つ高い実力に気づいたのだろう。かなり警戒している。
さすが、雪女のエースは伊達じゃない。
「誰よこのチャランポラン」「祓い屋見習いだ。僕が呼んだ。敵じゃない」
「いきなりチャランポラン呼ばわりは傷つくな」
灰學はしょげてしまった。メンタル弱めな性格に親近感を覚える。
彼の見た目は確かに誠実じゃないが、それほど軽薄そうでもない。人見知りかつ攻撃的な白々燐の先制ジャブである。精神戦で相手より優位に立とうとしているのだ。たとえコミュニケーションが上手く取れなくても下には見られたくないというガラスハートな表れである。
灰學はすぐに切り替えた。教科書のページを弄るマクラへと、興味深そうな視線を送る。「ほー」と感心し出した。
「【変化】してるわけじゃないよな」「こいつに高等な妖術は使えない」
「こんなにでかい猫又は初めて見た。差し詰めイリオモテヤマ猫又だな」
灰學はニヤリと笑った。センスにちょっと難があるようだ。
ヤマネコは、イエネコよりも大型な傾向がある。それはそうだが、しかしどこからイリオモテ要素が出たのか謎だ。マクラにそんなプレミアは付いていない。プレミアの意味が分かってるかすら怪しい。西表島。沖縄県八重山郡竹富町に属する。春に沖縄旅行を計画しているが、旅程を変更して行ってもいいかもしれない。イリオモテヤマネコは固有亜種。絶滅危惧種にして天然記念物。
マクラについては、残念ながら絶滅を危惧されたりはしないだろうが、天然を記念されそうではある。教科書を素早くパタンと閉じた。
「思い出したぞ。巨乳好きの祓い屋見習いだ」
「なんですって? 滅びればいい属性ね」
白々燐周囲の空気が冷える。寒い。巨乳好きか祓い屋見習いか、どちらの属性に対して滅殺を欲しているのだろうか。どことは言わないが、まったく大きくない白々燐である。前者の可能性が高い。背筋が冷える。
灰學は首を傾げる。なぜ猫又が自分を知っているのかと疑問に感じているのだろう。僕と灰學が会って話している時、マクラはずっと僕の中にいた。
「駄肉が好きならラクダのコブでも撫で回してればいいじゃない。どうしてこんなしょうもない奴を呼んだの? 私の新必殺妖術を試す的?」
「危険思想はやめろ。夜に会う約束をしたら、一日中空いているというから。ついでに自慢の友人を紹介したくて」「夜に会う約束ですって?」
白々燐の機嫌が一気に悪くなった。
「あんたたち、そういう関係なの?」
「前の日曜日にも似たような勘違いをされたな。カフェ店員兼作家に。夜に会うというだけで、不埒な妄想はしないで欲しい」
「何よそれ。私が悪いみたいな言い方ね。夜に二人で会う方が悪いでしょ」
「ナイト料金で映画を見に行く選択肢もあるし、肝試しだって出来る」
「友達いないからそういうの分かんないのっ!」
逆ギレする白々燐。衆目を集めていることに気づく。赤面して蹲った。マクラに肩を叩かれている。ぼっち同士は惹かれ合う。
「で。なんでイリオモテヤマ猫又の首に糸繋いでるの? 飼ってる?」
「飼ってない。売りたいくらいだ。千円でどうだ?」「いらない」
「ちっ。VOTEでタッグ組んでるんだよ」「ボート?」
「VOTEだ。発音には気をつけろ。妖怪たちが棟梁を決めるために、人と組んでバトルロワイヤルしてるんだよ」「初耳だ」
灰學は驚く。僕としても意外だった。人間社会に危害を加える妖怪がいて、彼らを取り締まるべく存在する祓い屋には、人と妖怪が深く関わるVOTEは重大イベントのはずである。
「俺は結構情弱なんだよ。習ってること以外知らない。あの雪女さんと同じく友達がいなくて」
「イリオモテヤマ猫又も、狛犬も、あっちで修行してる町代もそうだ。なんだお前ら。禊力妖力受験勉強の前に友達作りから教えるべきなのか?」
「教えてもらえるのか?」
救いを求める瞳が十。町代ですら練習を中断してこちらを見ている。
右手人差し指を上げた。
「一つ目にしてただ一つの鉄則。友達作りは自由だ。ただし駆け引きがある」
「なんじゃそら」「意味が不明だわ」
落胆された。効果はいまひとつ。彼らの思いは今一つだ。互いに友情を育むいい機会である。
腕時計を眺める。午前十一時半。少し早いが昼飯にする。魔法瓶に入れてきた味噌汁と、あと唐揚げが好評だった。
逆に、デザートとして腕によりをかけて作ったオムレットサンドに対するコメントはなかった。さりげなく意見を求めてみると、白々燐から「ハムレット?」と返された。それはシェイクスピア四大悲劇の一つ。毒殺復讐狂気のハードな物語である。ランチには重い。
朝と同じく、昼から夕方にかけても特訓に励む。町代と妖怪たちは。
僕と灰學と白々燐は、有名な複数人用ボードゲームをスマホで出来るアプリをインストールし、十五時頃からずっとやっていた。楽しかったが、解散の時間、マクラとカムイから殺意を向けられているのに気づいた。努力している人々の隣で遊ぶ。さすがに鬼畜の所業だったかもしれない。
町代とカムイを帰宅させる。疲れたのか、マクラは僕の右手に入って眠ってしまった。「自由に出し入れ出来るのか」と灰學は驚いていた。
白々燐はついてくるらしい。僕たち二人が夜な夜な変なことをしないか監視する、という名目を掲げていた。事実上のストーキング発言である。「面白くはないぞ」と忠告した。「構わない」と返ってくる。まあ、白々燐がいても恐らく問題ない。
以前から目をつけていた隠れ家的なラーメン屋で腹ごしらえをしたのち、目的地に向かう。通りから脇に逸れた途端、どんどん道が狭くなっていく。妖怪世界と繋がるゲートが時々見られる。視界の端に、妖怪未満の良くないモノが映る頻度が増える。
「気味の悪いところね」「当然さ」
人払いの結界をもたらす札が、目立たない場所に貼られている。灰學はそれに近づき、禊力を放出した。認証され、結界の効果が一時解かれる。
「なにせ、怪異による殺人事件の現場だから」
電柱を避けて出来た、塀の窪みがあった。スマホのライトをつける。地面に人型に白テープが引かれている。シルエットでは誰か不明瞭だ。なのに、心臓の締め付けられる思いがする。
「被害者の名前は真島柿厨荏」
灰學は厳かに言う。
「死因は、妖怪による魂喰らい」




