迷惑料
「石済。すまない。先に僕から相談だ。猫又の里が崩壊の危機なんだ。祓い屋の方で、外から支えてくれないか?」
『いいよ。了解。用事が早く終わってとても退屈していたんだ。俺がやろう』
「頼もしい」『嬉しいね。灰學って呼んでいいぜ』「なら僕も日文でいい」
マクラに電話を切らせる。スマホをしまわせた。自律が困難なほど傷ついているため、体の基本動作はマクラに任せている。僕が動かすのは首から上だけだ。
意識を失って昏倒したお母様を眺める。格闘戦に乗じて撒いておいた種を発芽させるまでは計画通りだった。が、そのまま普通に牢獄を仕掛けても敗北は必至だった。咄嗟の思いつきで心「のみ」のジャックを試してみた。ダメで元々だった。まさかこんなに上手くいくとは。
術の構築に追加で時間がかかったものの、猫耳と尻尾の生えた僕の容姿に気を取られてくれたみたいで助かった。
『お母さまはどんな夢を見てるんだ?』
「僕の牢獄は、禍いとして、本人が一番怖いと思っているものの幻を見せる。だからきっと、とても怖い夢を見ている」『趣味悪いぞ』
「自分がされたら嫌なことを設定しているからな。勝負の世界ってヤツは非情なのさ」
お母様の側で屈む。生殺与奪は僕たちが握っている。完全なる形勢逆転。無論、殺すつもりは毛頭ないが。だからと言って、目覚めて再び勝負を挑まれては敵わない。縄などで縛っておきたいものだ。
左掌が引っ張られる感覚がした。見上げると、モウフに憑依した神が、僕と彼女を結びつける糸を引っ張っている。彼女の背後から空にかけて、大規模なヒビが入っていた。制御が必須なわけだ。帰ろうとするだけで、里に多大なるダメージを与えているのが分かる。
まだ帰ってなかったのか。
「跪き、首を垂れた方がよろしいでしょうか」
【余は猫の神。人の神ではない。楽にするが良い。尤も、今のお前は猫みたいな風貌をしているが。銀色の毛並みが綺麗だな】
「髪の色も変わってますか?」【少し黒色も混じっておるが】
「普段から一部銀色でしてね。そこは染めてるんですよ」
【その歳でか? 可哀想に】「放っておいてください」
神は微笑む。悪戯っぽい印象を覚えた。神の肩書きから受ける印象にそぐわない。猫の神であって、人の神ではないというのがよく伝わってきた。
【安心せい。アサギを縛る必要はない。潔い女だ。起きたら負けを認める。小僧、お主を里に縛ろうとすることもあるまい】
「ならいいんですがね」【ふむ。お前たちの勝ちだと一筆認めておこうか?】
「神直筆のサインとは。メ◯カリで高値が付きそうですが」
惜しいが断る。この世に置いておくだけで時空が不安定になりそうだからだ。
もし金に困っても、ネットで売るのはマクラの抜け毛で作ったエクステなどでいい。
【心配すべきはアサギの挙動ではない。余の宿る娘は、落ちる滝の勢いで、お主の魂から力を吸い上げておる】
「感じてますよ。体力のエンジェルフォールを。でも我慢は大得意でしてね」
【お主は実に愉快な小僧だ。死ぬにはまだまだ早いな。銀の舞姫を余の前に】
眉を顰めた。今マクラを出せば立っていられなくなる。しかし、猫の神とはいえ神からの要請だ。パ◯ソニックの社員もソ◯ーの社長に敬意を払うのが常識だと大妖怪ギツネから聞いている。
素直に応じる。転倒せぬよう、床に座ってからパイロットを降ろした。完全に萎縮し切って、猫耳をペタンと垂れさせている。さすがのマクラも、上司の上司は恐ろしいようだった。
神は両手を向き合わせた。掌から赤銅色のエネルギーが分泌される。こねくり回し、球とした。大きさは、モウフを閉じ込めていた水晶玉ほどだ。
【受け取れ】
無造作に放り投げた。マクラの口に吸い込まれる。「もごっ!?」と驚く。吐き出そうとするも、飲み込んでしまったらしい。苦しむ彼女を、僕は呆然と眺めることしか出来ない。
マクラの体が、ボコボコと泡立ち始めた。恐ろしい怪現象。寒気がして鳥肌が立つ。霊青線を通じて、不快感が流れ込んでくる。
だがそれだけだ。死に瀕している感じはない。
「うぬわあ!? マクラ、マクラはどうなっちゃうんだ!?」
「落ち着け。化け物になっても見捨てないから」
「普通に嫌だぞ!? 可愛さだけが取り柄なのにっ」
「そんなことないさ。可愛さもたかが知れている。ん?」
体を見回す。痛みが引いていく。傷が癒えていく。力が回復していく。枯れかけていた陽の気が漲っていく。立ち上がる。
神に視線で問いかけた。
【受け取れ。迷惑料だ】
神はペロリと舌を出した。同じタイミングで、マクラが「ぬおおお!?」と叫び出す。不協和音に耳を塞ごうとしたが、それどころじゃなくなった。
マクラがグングン成長していく。幼少期から思春期にかけて写真を並べ、アニメーション撮影したかの如くだ。やがて、人間視点で十七歳という年齢に見合うまでに育ち、止まった。何がとは言わないが、それなりに大きい。
現実が信じられない。首を振る。
「いささか貰い過ぎとお見受けいたします」
【ふっ。釣りはいらん。せいぜい余を楽しませてくれ】
神は人差し指を立てて笑った。
【神界から見ている】
辺りを覆っていた神気の圧力が、突如として消失した。お帰りになられたのだろう。ゆっくり落ちてくるモウフの身柄を受け止める。
生きている。良かった。
傍迷惑な存在だったが、神とはそういうものだと納得しておく。迷惑料を受け取ってしまった以上文句は言えない。成長痛で苦しむマクラに肩を貸す。
「見た目と頭脳のギャップで覇権を取った名探偵の逆バージョンだな。お祝いは何がいい?」「子供が三人欲しいぞ」
「アホか。明日スマホを買ってやる」
寒々とした夜空を見上げる。天空は割れかけだ。神は去っても里の危機は去っていない。ちょうど着信が来た。石済灰學からだ。
『準備出来たよ』「臨時ボーナスが入った。こっちからも手伝う」
『オーケー』
妖怪の里は、それ自体は妖術の発動で生まれている。が、外との境界は妖力で形成されているわけではない。言わば力学的な均衡で成り立っている。此度は、神の出現と帰還のショックでそのバランスが崩れかかっているだけで、術式に不具合が生じたわけではない。祠の結界が壊れた時とは異なる。人間である僕たちにも、バランサーの役割くらいは出来るのだ。
共同で、補修作業を開始する。祓い屋の異界救出マニュアルに従い、予想よりもはるかに早く、三十分で終わった。一晩はかかると思っていたのだが。
「ありがとう。恩に着る」『寝れる時間は取れそうだ』
「何か礼をさせてくれ」
『じゃあ、朝に会ったあの団子屋で明日奢ってくれないか?』「喜んで」
マクラのスマホの購入は、妖怪京都で済ませよう。猫又の里より物価が高いそうだが。クレジットカードが使えたら嬉しい。
「……む」
お母様が起きた。とっくの昔に牢獄は切ってある。
戦意は感じられない。神の予想は正しかった。
「長く生きると探したくなるんだけど」
自然に話しかけてくる。「何をだ?」と尋ね返した。
「本物の幸せってどこにあるのかな?」
「そこになければないな」「正しいね。同感だよ」「だから」
僕は続ける。
「だから歩いて探しに行こう。まずはお近くのメンタルヘルスへ。そこで自分の問題を整理してから、次こそ本当に楽しいことをしよう。そうだ。僕は春休みに沖縄に行こうと思ってたんだ」
真島柿を誘って。
余計な情報だ。省く。
「お母様……アサギさんも一緒にどう?」




