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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会

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36/120

誠にヒロイック


 虚勢を張ったところで、不利な状況は一切変わらない。マクラのダンスは止められないし、モウフの口寄せも最早防げない。陽の気も回復していない。

 ないない尽くし。言い訳もない。僕は無力だ。施設の最優個体たる906番なら、この苦難を打開することが、果たして出来ただろうか。


「前は失敗したと聞いたが」

「失敗したんじゃないよ。金の巫女が事故で死んだだけさ。問題ない。可愛くもなかったし。契約の更新期間は百年だから」

「スケールがでかいな。任期付き助教は大概五年契約らしい」「おや短い」


 神楽が終わった。マクラはその場でボテリと倒れる。電池が切れたロボットみたいだった。糸を手繰って回収する。目を開けたまま眠っていた。眼球がドライフルーツになりそうだ。

 掃除機のコードを収納する要領で、マクラを右手に吸い込む。コードレスの掃除機を購入する前は、大妖怪ギツネから譲り受けた中古の従来型を使っていたのだ。吸引力はそれほどでもなかった。フィルターがすぐ詰まる。

 過去の思い出に逃避しているわけにもいかない。

 モウフの方を眺める。またすぐに気持ちが諦めかけた。


「悪夢だ」


 竜巻を伴って、祭壇周囲に蔓延っていた高密度の霊力が、モウフに向かって収束していく。あれを止めろと言うのは、鳴門海峡の渦巻を逆走泳法で消せと言う以上に無理難題だ。本当に夢なら覚めてほしい。

 普段霊力は、センスがあれば感じられかつ操れるものの、人にも妖怪にも見ることは出来ない。が、いかなる物質も跳ね返すほどに集積し、神の力へと深化を遂げた時、真価を発揮した時に、えんじ色に輝いて見えると大妖怪ギツネは言っていた。

 まさしく。仄かに、厳かに、神々しく赤く光っている。

 ふわりと、モウフの小さな体が、赤い竜巻の中心に浮上していく。空で止まった。スッと目を見開く。あれはモウフじゃない。僕たちよりも高次元の存在が、特別に降りてきて下さっている(・・・・・・)

 拝みたくなる。平伏したくなる。逆らおうとするも、抗えるだけの力は残っていなかった。ガクガクと震える膝が、ゆっくりと地面に近づいていく。

 神がお母様に語りかけた。


【長きに亘る里の守護、苦労をかける】

「ありがたきお言葉。恐悦至極」

【そなただけは余にずっと従ってくれる。さあ、褒美を取らせよう】


 ダメだ。僕は焦る。お母様に快楽物質を与えたのち、神が自らの世界に帰れば、抜け殻のモウフは確実に死ぬ。一緒に来るかと聞いて、「うん」と了承の返事をもらったのに。あれは助けてやるという約束だった。

 助けてやれなければ、僕は約束破りの最低な人間になる。

 拳を握りしめた。指が掌に食い込み、血が溢れ出す。喉を震わせた。声にならない声を出す。使命は果たさなければならない。魂が叫んでいる。

 気勢を上げる。

 後先など考えても無駄。とにかく妨害する。陽の気を禊力に変換し、身体パフォーマンスを限界まで発揮させた。僕はお母様に殴りかかる。


「おやおや、まあまあ!」


 彼女は嬉しそうに破顔した。頬を紅潮させている。ハイテンション。僕の拳は片手で受け流された。


「クールなようでエッチで、さらに熱い心も持っているなんて! 私モロ好みの男の子じゃないか! はは。ははハハ! 滾る。久しぶりに恋しちゃいそうだよ! 子供達にはもったいない! 私が独占してやる!」


 お母様は鼻血を流す。興奮しているようだった。こちらが体勢を立て直し、反対の手を繰り出すまでの刹那の間に、蹴りを繰り出してきた。

 ふわりと袴が舞い上がる。履いていた。シュレティンガーの猫又は解決だ。

 受けたら死ぬ。屈み込んで回避した。


「独占なんて。独禁法違反だ」

「なにそれ? 胸の高鳴りかな? はたまたドッキングについての法律? 男と女の営みに法律を持ち出すなんて無粋じゃないか!」

「ルールがあった方が燃えると思うぜ」

「ふん、まだ冷静だね。もっと熱くなろうよ! ああ我が神よっ。最高の戰演舞(いくさえんぶ)をお見せ致しましょう!」

【ふむ。良きに計らえ】


 なけなしの体力を振り絞り、高速インファイトを仕掛ける。熱い。血が沸騰しそうだ。さらに、お母様からの攻撃を喰らってはならない。防御に回す禊力は残っていない。


「人間にしちゃやるね」


 戰演舞。敵と相対して即興で組み立てられる力強いダンスは、華麗で苛烈だった。脈打つ心臓の美しさ。柔和な神楽とは全然違う。なのにどこか似ている。

 ともに、猫又の長い歴史文化を写し取っているからだろうか。

 ゾッとする。明確に意識する。六百年という月日の圧倒的な壁を。僕の僅か十七年の生で、どうにかなるとは考えづらい。

 考えると気持ちで負ける。考えない方がいい。無心だ。

 繰り出し続けるダイナミクスは、現在の制約下で最良に近いものだったはずだが、お母様には届かない。受け流される。弾かれる。僕の体に、徐々に反動ダメージが蓄積されていく。気を抜けばすぐにぶっ倒れるだろう。

 906番を相手にしている時も、ここまでの差は感じなかった。


「ふむ。それ以上は命に毒だよ。日文くんには生きててもらわないと」


 お母様はそう忠告してきた。間隙を縫って僕に接近する。人には不可能な、まるで猫のような変則的な動きに、僕はまったく対応出来ない。


「眠って」


 デコピン。ただのデコピンだった。

 なのに頭蓋骨が割れるほどの衝撃。脳震盪。意識を保てなくなりそうだ。

 どうにか保持するものの、それで、受け身を取る余裕はなくなった。流れるままに、祭壇の階段を転げ落ちる。

 バラバラに崩れそうだ。自分にまだ形があるのが不思議な気がした。骨の何箇所かにヒビが入ってる。

 お母様の力量は、大妖怪ギツネとほぼ同格に感じられる。まだまだ余裕がありそうだった。万全の僕でもまず勝てないに違いない。

 最初から詰んでたんだ。

 全身が怠い。もういいや。眠っちまおう。大丈夫、可愛らしい猫又たちと接してるうちに、ロリコンにだってなれる。真島柿も、仕方ないかと許してくれるはず……。


 諦めないで。


 懐かしい、906番の声がした。幻聴だとしても嬉しくなる。我ながら単純な人間だ。あれは、彼女と話すようになってから、何回目の組手だったか。

 僕はまた投げ飛ばされた。あの時も、今ほどではなかったが、もう体力の限界だった。起き上がれなかった。

 906番は手を差し出す。僕は黙って取る。


「120くん」「なんだ」

「もう限界! ってなった時にも、なんかこう……甲状腺から全身にブワッと広げる感じ? で対処出来るよ」「は?」


 言葉の意味が理解出来なかった。

 でも、今なら分かる。甲状腺のあたりに、生命力を無理矢理陽の気として取り出すための霊的器官があるのだろう。

 甲状腺から、ブワッと広げる感じ。

 踏ん張る。上体を持ち上げた。震える足に力を込める。


「わあ。立ち上がっちゃうんだ。幽鬼の如く」

「あ、あ、ああああああ あ あ あ あ あっっ!」


 段を蹴った。駆け上がるまでもなく、お母様のいる高さまで到達する。


「素晴らしい。ここに来てさらに速くなるとは」


 しかし、間違いなく人生最高だった一撃は、あっさりと絡め取られた。一本背負いで宙を舞う。

 神の真下に転がった。不敬にも服は破れ、さらに血塗れだった。目が合う。興味深そうに覗き込まれた。


【小僧。お前面白いな。褒めて遣わす】「どうも。ありがたき幸せ」


 モウフの体は痩せこけていた。神を現世に繋ぎ止めるため、急速に命を燃やしているのだ。

 そうだ。僕の勝利とは、お母様に打ち克つことではない。あの子を生かすことである。


「霊青線」


 あの冴義理とかいう帽子の付喪神にやられ、死にかけだったマクラが生きていられるのはなぜか。糸から流れ込む、僕の魂の力のおかげだ。

 霊青線を解析し、擬似的なそれを編み出す。


「【糸】」


 鮮血を垂らしながらも立つ。客観的にはさぞ無様だろう。が、少女を助けるに当たって背をついたままというのは、プライドが許さない。

 左手から似非糸を伸ばし、モウフに結びつける。【ほう?】と神は感心した。


【小僧。この依代を生かしたいのか。誠にヒロイックじゃないか】

「日文くん」


 上機嫌に笑う神。反して、近づいてきたお母様は、冷ややかに診断を下す。


「死ぬよ?」


 僕は答える。自分に酔っているのかもしれない。


「死を嘆くのは、死んでからでいい」


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