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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会

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追いかけっこ


 一時間ほど休んでから再び外に出る。切れた服は、応急処置として粗く縫っておいた。連結牢獄への対処で大盤振る舞いし過ぎた陽の気は、まだ完全には回復していない。体はまだだるく重い。一刻でも早く里の外に出て、一息()きたいものだ。


「里内完結型のものを二回通れば、人間界に出る妖怪門に行けます」


 スマホを見ながらクミンは言う。まるで電車の乗換案内だ。「ゲート予報は信じられるのか?」と聞いてみる。「もちろんです」と、彼女は自身ありげに答えた。


「どのくらい?」「マクラちゃんの『明日やる』という約束より」

「一気に信頼度なくなったぞ。こいつはいつもそう言ってゴロゴロとゲームばかり。漢字ドリルも数学ワークもやらずに」

「ふっだぞ。明日やるからと言って明日やるとは限らない。明日が本当に明日だなんて誰が言った? 人生とは昨日の焼き直しの繰り返しである。By マクラ」

「は? つべこべ言わずにやれ。一定時間勉強しないと爆発する鈴つけるぞ。我ながらいいアイデアだ。猫に鈴、バカ猫に煤」「食いちぎるぞ」

「クミンさん、実際のところの的中率は?」

「ほぼ100%です。当日午後の天気くらいには正確です」「なるほど」


 村を抜けた。畑を突っ切り常緑樹の林に入る。空間の揺らぎがあった。潜ると景色がガラリと変わる。集合住宅が三つ並んでいた。ここも里の一部なのか。統一感がまったくない。人間に言われたくないだろうが。

 二つ目のゲートを抜けた。モウフの手を優しく引いて、どこかの集落を忍び歩きで進む。あと一つ潜れば、人間の世界に戻れる。都合よく自宅の近所に出られるとは思っていないけれど、追跡からは逃れられる。

 妖怪は、人間界で騒ぎを起こしたがらない。祓い屋の討伐対象になるからだ。彼らは仕事に対してとても熱心らしい。悪い妖怪を倒せばポイントがもらえ、その数に応じて給料が決まるのだとか。大妖怪ギツネはそう言っていた。アバウトだ。

 立ち止まって深呼吸したくなった。凄まじい疲労感だ。陽の気不足は初めて体験するが、こうもしんどくなるのか。去年かかったインフルエンザを想起させる。痛がるマクラがあまりに可哀想だからと、怪我の治癒に無駄遣いしてしまったのが悪かった。

 安静にしないと、おおよそ一週間は響きそうだ。


「いたぞっ」


 後ろから鋭い声が響く。どうやら見つかってしまったらしい。街灯の下、三人の猫又が照らし出された。着ている服のデザインはSWATのものによく似ている。

 全員やはり背は小さいが、ガタイはかなりいい。野生のチーターに見つかった心地がする。モウフを背負い、マクラを僕の中に入れた。

 昼の鬼ごっこで見たが、クミンは俊足だ。僕の助けはいらない。共に走り出す。

 足の筋肉が悲鳴をあげた。こちらが足手まといになりかねない。


「止まれ! 渡せ! 金の巫女!」


 耳を擘く大音量で静止を呼びかけてくる。近所迷惑だ、まるで夜道を爆音で駆け抜ける暴走族じゃないかと悪態を吐こうとした。しかし喉から音が出ない。どころか、腹が千切れそうになった。体はとっくにガタが来ている。挑発はやめておいた方が良さそうだ。

 格好は付かないが、とにかく死ぬ気で走る。


「ルート候補二つ目を使いますっ。こっちです」


 クミンは進路を曲げた。頑張って後に続く。あると言われなければ気づかなさそうな小道に入っていく。曲がりくねった道だった。暗く、頼れるのは弱い月と星の明かりだけ。幻想的と言えなくもない。

 ゆっくり歩いてみたいものだが、風情もなく走り抜ける。久しぶりに息が荒れてきた。施設の戦闘訓練で、やる気を出して906番相手に粘ってみた時以来だ。体育の十二分間走で3500メートルの記録を出してもこうはならなかった。喉の奥が焼けるように熱い。

 左右にグネグネうねっているのが地味にきつい。クミンにペースを落としてくれと願いたくなる。しかし、ストーキングしてくる猫又ポリスたちもほぼ互角の速度で追いかけてきているのだ。ここでサボるのは愚かな選択だ。

 ピリッと嫌な予感がした。


「【妨】!」


 禊力を練り上げ、術の妨害を行う。「くっ」と悔しげな声が聞こえた。危なかった。追いかけっこの最中に牢獄を展開しようとしていやがった。それなりの実力者が混じっている。

 余力が少ないのに陽の気を消費させられた。息苦しさが増す。


「大丈夫ですか!? もうすぐですから!」


 クミンの言葉通りだった。小道を抜けた先の林に、空間の揺らぎを見つける。ようやくだ。飛び込もうとした時だった。


「【射】」


 少女が技を紡ぐ声。ゲート近くで張っていた猫又ポリスがいたのか。僕の頭に照準を合わせて精確に撃ってくる。躱せば背中のモウフに突き刺さるだろう。あえて肩に喰らった。血が舞う。

 構わずゲートに飛び込む。数回潜れば、そのメカニズムは理解出来る。向こう側に降り立った瞬間、即席で術式を組み「【閉】」と呟いた。ゲートを保持する妖力を禊力で無理矢理駆逐し、封鎖する。

 上手くいった。倒れ込みそうになるが堪える。尤も膝を突いてしまった。『大丈夫か?』とマクラが心配そうにしている。全然大丈夫じゃない。マクラに痛みが及ぶ前に撃たれた傷は治したが、それで陽の気をほぼほぼ使い果たしてしまった。


「ここは」


 冬の禿げた森だった。

 見覚えがある。ありまくる。

 黒猫に案内され里に入った時、最初に通過した。鬼ごっこもした。

 壊してしまった祠があった場所に、厳かな祭壇が建てられている。


「困るよ日文くん。水晶玉(モウフちゃん)を持ち出されちゃ、神下ろしの儀式が出来ないじゃないか」


 浅葱色の綺麗な髪。【変化】こそ解いているが、他の猫又たちがお母様と呼んでいた里のボス。五百年以上生きている本物の大妖怪。妖気を孕むとてつもないオーラは、木をざわつかせる乱気流すら作り出す。腰が抜けそうだ。

 呆然と、クミンを見る。


「ごめんなさい」


 彼女はおずおずと、申し訳なさそうに謝ってくる。ただ、欲望を隠し切れない獰猛な笑いを浮かべていた。


「でも。お兄さんを弱らせて捕まえたら、一番初めにヤっていいって言われてまして」


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