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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会

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ハウリング

妖気と陰の気は完全に同じものです。


「畜生っ。僕の純情を弄びやがって」

『日文は言うほどピュアじゃないだろ』「何を根拠に」

「半額フェアだからと巫女ものを大量買いする男がピュアなはずないぞ」


 酷い偏見だった。反論しようとしたが、猫ちゃんたちが可愛過ぎてそれどころじゃない。間違えた。連結牢獄への対処でそれどころじゃない。

 デバフ効果で、思考も動作もかなり鈍っている。体中に禊力を張り巡らせ対抗しているが、侵食の力が強い。かと言って乗っ取りは非常に困難だ。術者を探して倒す方が簡単だろう。運良く最初に乗っ取り妨害者を無力化出来ればベストだ。

 引き継ぎの隙を狙って一気に所有権を奪う。


「にゃーん」「にゃーん」

「にゃーん」「にゃーん」


 キュートな猫たちが、体の一部を肥大化させて襲撃してくる。まったく侮れない。小回りと敏捷性、それと破壊力に攻撃範囲の広さが合わさっている。あと可愛さ。厄介にも程がある。

 廊下を走る。牢獄は、マクラの部屋がある寮を元に構築されている。209号室の隣を通過。さっきも見た。金属製の階段はどこにも見当たらない。

 ループになっている。二階に閉じ込められたらしい。

 牢獄は狭いほど効果を発揮しやすい。代わりに隠れる場所は限られるのだが。好都合だ。並ぶ十の扉を眺める。この中のどこかに必ず潜んでいる。それも四人。

 すぐに見つけられそうだ。

 そう考えた一瞬、気が緩んだ。横の扉のポストから猫が飛び出してくる。牢獄の効果で鈍った頭では予期せぬ奇襲だった。対応が遅れる。

 巨大化した爪で、左肩から脇腹の辺りまで大きく引っ掻かれた。背中のモウフを庇えたこと、また頸動脈から逸らせたことは不幸中の幸いだったが、負傷は避けられなかった。

 コートが裂け、血が滲み出る。


「がっ」『ぎゃーっ!? 痛い、痛いよっ』


 直接的な僕の痛みと、マクラが感じた痛み。僕の痛みがマクラの痛みをさらに増幅させ、そしてこちらにまた跳ね返ってくる、ハウリングと似た現象。ただでさえ衰えている運動と考察の能力が、さらに詰まった。

 マクラが中で泣き叫ぶ。『痛いよ、痛いっ、痛い、痛いっ!? 助けてったすけて』と悲痛な声が響く。あまりにも可哀想だった。思わず涙が出る。

 僕は痛みに慣れている。肉体的にはともかく、精神的には消せる。施設でそういう訓練は受けた。だがマクラは違う。普通の子だ。

 南無三。僕の馬鹿野郎。嗚呼、今気づいた。

 平常なる者とやっていくのに、異常者のこだわりなど邪魔なだけである。猫派の矜持などいらない。主義を捨てる。カウンターシクリカル・バッファーなど考えるな。

 被害が出る? それがどうした。

 陽の気の過半を使うつもりで、大量の禊力を生み出した。爆発的に、と形容しても良いほどである。紫の激流がうねる。僕の心臓を中心に。

 「【治】」と呟いた。傷はすぐ治る。痛みもなくなる。

 不定形の力を操り、背中のモウフを柔らかく固定する。無防備に両手を広げた。四方に無数の【矢】を展開する。

 本来、口に出す言葉で以ってきちんと紡いだ方が圧倒的に費用は安い。が、量でゴリ押しすることも可能だ。


「ごめん」


 謝って、【矢】を一斉に打ち出した。猫たちに突き刺さる。壁を破壊する。扉に無数の穴を開ける。瞬く間にボロボロとなる寮二階の景色。現実世界にもかなりのダメージが及んでいるだろう。

 構わない。早く終わらせる。友人たるマクラに被害の及ぶ確率を、少しでも小さくする。


『ありゃ? 痛くなくなったぞ』「ミュートしたのさ」


 ハウリングに絡ませたジョークだった。無論マクラには伝わらない。テレビ会議の参加は未経験なのだろう。解説してやる時間はない。

 マクラのストレスはとっくに消え失せていた。直前までの痛みは引きずっていないようだ。優れた素質だ。ケアは不要と確信した。間を置かずに尋ねる。


「術者がどこにいるかは分かるか?」

『何かいるのは感じるぞ。でもなんかしっちゃかめっちゃかで』


 気配が読めないということか。妖気を散らす技が存在し、敵はそれを使っているのかもしれない。大妖怪ギツネは隠密系の妖術についての話はほとんどしなかった。細々とした作業は奴の苦手分野だ。気配隠匿の術を使われていたとして、メカニズムの知識がない以上、こちらから妨害することは出来ない。

 感覚を研ぎ澄ます。猫の禍いは当面通用しないと示した。陽の気切れを狙ってまた猫を差し向けてくるか、あるいは術者自身が仕掛けてくるか。

 僕の陽の気がなくなるが先か、向こうの陰の気がなくなるが先かと、泥臭い体力ゲームとなる前者の戦略よりも、後者の方が相手にとって確実で、魅力的に映るはず。なぜなら、連結牢獄のフィールド効果で能力が半減されている僕と正反対に、敵は能力が倍以上になっているからだ。

 案の定、禍いの発動兆候は見られない。焦らしプレイだ。僕の精神が十分不安定になった時、死角から攻撃を浴びせるつもりだろうか。

 いや。もしかして。「マクラ」と小声で呼びかけた。


お前が思う(・・・・・)絶対に敵がいない部屋はどこだ」

『絶対に敵がいない部屋?』


 困惑するマクラ。しかしすぐに『206、マクラの部屋。一番気配が薄いし』と返してくる。

 予想通りと頷いた。考えなくても分かる。こちらが手当たり次第に扉を開けて術者を探そうとする可能性を、敵は捨てられない。わざわざマクラのホームで鉢合わせるリスクは避けたい。そもそも僕たちはそこにいた。牢獄を張ろうとする輩が同じ部屋にいたとしたら事前に見つけられるだろう。

 五分。十分。十五分。ジリジリと待つ。マクラの焦燥が伝わってくる。


『なあ。えっと。ろう城作戦とかありなんじゃないか? マクラの部屋で…………ダメだぞ。ダメな気がしてきた。やっぱり今のなし』


 相棒は根負けしかけた。思い直したようだが。そろそろいいか。

 走り出した。ダメだと言われたにもかかわらず、ギタギタになった206の扉を開け、入った。『どういうつもりだ』とマクラは怒って文句を言ってくる。


『わざわざ自分から袋小路に追い詰められる真似するなんて』

「そうだ。姿の見えない敵にだんだん怖くなってきて、臆病にも、慣れ親しんだ部屋に駆け込んだバカな奴」


 電気をつける。

 四方から、猫耳頭の少女たちが一斉に掛かってきていた。室内でも取り回しのしやすい小太刀で以って、僕の急所を突こうとする。


「それを狙っていたんだ」


 舐められたものだ。相手の精神力の弱さを仮定して、裏を掻いたつもりになっていたらしい。看破されれば脆い作戦。攻撃するタイミングは対象の都合に合わせられてしまう。

 僕の勝ちだ。運動能力は低くなっているが、回避とカウンターは最小限の動きで出来る。真正面の猫又には鳩尾に掌底を喰らわせた。左の服をちょいと引っ張り、左右と後ろの三人について、味方同士で斬り合うよう調整する。

 一人残った。呆気に取られている。頭を蹴り飛ばした。壁にぶつかり倒れる。


「ふう」


 さすがは連結牢獄。たったこれだけの反撃が辛い。

 伏す四人を見下ろす。ただの我慢比べに持ち込んでいたなら、敵の襲撃の成功率も上がったはずだ。生憎僕は待つのが得意な人種だが。


『どうやってマクラの部屋に……。最初から?』

「いや。多分、元は左右の部屋に潜んでいた。牢獄を張ってから、ベランダを通じて侵入したんだと思う」

『なんでここにいると分かったんだぞ?』

一番(・・)気配が薄いとお前が言ったんだぜ。だからだ」

『ひねくれてるな』


 牢獄の所有権を奪い取る。【解】と唱えて崩壊させた。

 四人のうち一人を起こす。襲撃の理由を問いただすためだ。祠の水晶玉関連だと予測される。

 刺客は僕を睨みつけた。僕が問う前に口を開く。


「警告する」「警告?」

「巫女をお母さまに引き渡せ。さもなくばお前は不幸な目に遭う」

「マクラ以上のか?」『おい、どういう意味だ』

「冗談に付き合ってる暇はなさそうだ」


 彼女は面白そうに笑った。「二つ目の警告だが」と言う。


「連結牢獄は妖怪門(ゲート)を呼ぶ」「は?」


 眉を顰める。刹那、突如として現れた空間の揺らぎに、体が吸い込まれた。


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