連結牢獄
「良かったのか? せっかくいい体験が出来そうだったのに」
「問題ない。いや、別の問題が浮き彫りになったと言うべきか」
拗ねた口調で尋ねてくるマクラに対し、真面目に返す。内に覚える焦燥が漏れてしまった。マクラは怪訝な顔をする。
彼女の寮に戻ってきた。時計を見る。まだ二十時半。金髪マクラもどきことモウフは、床でスースー眠っている。まずは一安心。被せてやった僕のコートも落ちてない。
「なあ日文。なんでそんなに切羽詰まってるんだ?」
「そう見えるか? いつからだ?」「えっと」
マクラは足りないおつむで考える。確信を持った口調で言った。
「お母さまから儀式の話が出た辺りからだぞ。祠の装置を壊しちゃった件についてか? 今から宵闇に紛れて隠蔽工作に行くとか」
「惜しい。いいカンをしている。だが違う。切羽詰まってる理由はこうだ」
眠るモウフを抱き上げ、背負う。軽い。走るのにも支障はないだろう。
人差し指を立てて告げる。
「モウフを連れて夜逃げするつもりだから」「誘拐か?」
「ペットショップじゃ高く売れそうだが。純粋に、マクラに似ているこの子を助けたい、守りたいと思ったからだ」
「守りたい? 何からだぞ? 敵がいるのか?」
真剣な顔で聞いてくる。「いる」と短く答えた。マクラは分かりやすく困惑した。「誰なんだぞ」と眉間に皺を寄せている。
「お前もよく知ってる奴だ」「はあ」
「記憶力テストだ。儀式で神下ろしをするなどと宣言した人は誰か」
「マクラを舐めているのか? そりゃお母さまだぞ」
「僕に人の常識を教えてくれた大妖怪ギツネは、質問攻めにすればだが、妖怪の文化についても詳しく語ってくれた。神を下ろすにはそれなりの犠牲を払わなきゃいけない。手っ取り早いのは生贄を差し出すこと」
説明する。かなり早口だったかもしれない。気が急いている。こういう経験は初めてだからか。落ち着かなければ、と無理に呼吸を整える。
「儀式の場所は、祠のあった森だ」「まさか」
マクラは目を瞠った。
「生贄はモウフ」「その可能性は高いと思う」「大変だ」
モウフは水晶玉に封印されていた。儀式で確実に使えるために。なぜモウフなのか、なぜ彼女がマクラと似ているのかについては分からない。あまりに情報が不足している。もちろんこの推理が正しくない場合も考えられる。けれど、カンがほぼ間違いないと告げている。
お母様が不用意に儀式の内実を口にしたのは、僕たちがどこのゲートから里に入ったのか知らなかったから。人である僕が神下ろしに生贄が必要と知っている、とは思わなかったのも手伝ったと考えられる。
「助けなきゃ」「そう。マクラは僕の中に入っとけ」「了解したぞ」
玄関の扉を少し開け、周囲の様子を探る。誰もいない。監視の目はつけられていないのか。いや、油断は禁物だ。儀式の話が出た時に、マクラの不審な挙動は見られている。違和感を持たれても不思議ではない。マクラが儀式の要たる祠に悪戯した、悪事がバレる前に逃げ出そうとするかもという懸念くらいは、あのお母様に後になって抱かれる蓋然性はある。
「人に妖気は感じ取れない。マクラ、周りに怪しい気配はあるか?」
『うーん。なんというか』
内側から煮え切らない返答がある。
『不気味な感じはする』
その時だった。「「「「連結牢獄」」」」と四方から声が重なって聞こえた。異界に飲み込まれた気持ち悪さが全身を駆け抜ける。
思わず膝を突く。酩酊しかけた。食べたばかりの美味しい料理を吐き戻しそうになる。ゴクリと唾ごと飲み込んだ。
『うっぷ。なんだこれ』「囚われちまったな。連結牢獄に」
『連結牢獄?』
マクラが問うてくる。
火鼠の時にも言及したが、妖怪はそれぞれの里で同じ型を共有していることが多い。体系立てて勉強しやすく、また洗練や強化に里の皆で協力出来るというメリット。プラスして、非常に強大な応用技への道が開けるためだ。
それが「連結牢獄」。
「複数人の手で展開された牢獄だ。同じ型の牢獄使い同士に許された大技。被術者に対しての拘束力や禍いが飛躍的に強まる。一人当たりのコストも小さくなる。くそ。満足に動けそうにない」
ここ最近、火鼠や蜘蛛から立て続けにしてやられている。異変を察知したらすぐさま回避出来るだけの警戒はしていたはずだった。牢獄が一度成立してしまえば、ゲストよりもホストの方が有利。取り込まれないに越したことはない。
が、甘かったようだ。まさか、連結牢獄の対象を縛る力がこんなにも強いとは思いもしなかった。大妖怪ギツネに存在を教えてもらっただけで、食らった経験はないから知らなかったのだ。
「展開主は、お母様の手駒だな。恐らく精鋭の。牢獄の連結は、よほど息が合ってないと出来ない。膨大な訓練が必要なはずだ。さらに、範囲が大きくなると指数関数的に難しさが増す。広さは取れない。敷地はせいぜいマクラの寮ぐらいか」
『乗っ取りは?』「試みてるが期待するな。妨害されてる」
連結牢獄には、単純に効果が強くなることの他に、「役割分担が出来る」という素晴らしい利点がある。
現実との境界を保持する役、被術者に弱体化と禍いをもたらす役、自分たちを強化する役、そして乗っ取りを防ぐ役。
一人で牢獄を紡いだ場合には全部自分でやる必要がある。もちろん、分担出来た方がはるかに良い結果をもたらす。
いくら禊力を張り巡らせようとしても、こちらはそれだけに集中するわけにはいかない。どこから禍いが降りかかるか注意を払わなければならない。邪魔に専念する奴がいたら、分が悪いのは当たり前だ。
無理だなと判断した。乗っ取りは偽装に留めるか。
とりあえず術者を叩く。
方針を決めた途端、一匹の三毛猫が視界に入った。おおあくびをかましたのち、後ろ足で耳あたりを引っ掻く。「にゃー」と鳴き、足元に擦り寄ってきた。
とても和む。
「可愛いなあ」『可愛いぞ』
背中のモウフを落とさぬように屈み、わしゃわしゃに撫でてやろうと手を伸ばす。きっと喜んでくれるはず。猫がデレる光景を幻視する。
頬が綻んだ。
「にゃーん」
間延びした声で鳴きながら、猫は鉤爪を巨大化させた。人間サイズより大きい恐竜の爪の化石を写真で見たことがあるが、まさにそのレベルだった。ポカンとせざるを得ない。
容赦なく振り下ろされる。
「うわっ!?」
間一髪で躱す。寮の廊下を転がった。その先にも別の猫がいる。黒のブチ模様がチャーミングな個体だ。
「にゃーお」
「わー癒されるー」『癒されるぞ』
実に微笑ましい。どんな仕草も愛くるしい。イ◯スタにアップしたい。
無造作に尻尾を振るった。伸びた。鋭い鞭の一撃が僕たちを襲う。無防備な人体なら真っ二つに切れそうだった。
ギリギリになって危険に気づいた。跳躍して避ける。着地先にも可愛い猫がいた。否。どこにでもいる。明らかに罠だった。これは罠だ。しかし罠だと分かってもどうしようもない。
なぜなら、猫派の人間に、猫を傷つけるなど不可能だからである。
これが猫又が使う牢獄の禍い。知識はあったが、想像よりも断然凶悪だ。
牢獄は、複数人で張ると強くなるようです。




