モウフ
開いた口が塞がらない。僭越ながら、水晶玉から妖怪がアウトプットされる場面に居合わせた経験は人生で一度もなかった。マクラと顔を見合わせたのち、再び金髪の猫又少女を観察する。やはり驚くほどそっくりだ。
割れてしまった水晶玉を眺め、「妖怪コピー機だったのか?」と嘯く。
「オリジナルより優ってそうだが」「どういう意味だ」
「違いは髪の色だけ。金と銀だぞ? あの天下のオリンピックでは、映えある金メダルが与えられるのは一位の選手だ」
某有名チョコレート菓子の景品も、銀なら五枚必要だが金なら一枚でもらえる。過去に当てたことのある真島柿が、よく自慢してきたものだ。
水晶玉が本当に妖怪コピー機ならば、祠で祀られていたのも頷ける。使いようによっては有用であり、危険だ。単純に、大妖怪ギツネや白々燐などの実力者を増やすだけで妖怪社会に多大な効果をあげる。ミステリーで有名な双子トリックが後天的に可能になる。臓器移植など医療用の使途は膨大だ。
「自分で言うのもなんだが、コピーするなら日文の方が世の中のためだったぞ」
「僕は嫌だがな。アイデンティティの危機だ。もし僕がコピーなら本物を抹殺して成り代わろうと企む」
当瀬日文対当瀬日文コピーのドラマティックな争いが始まる。映画化必至だ。
「それに、妖怪コピー機は冗談だ。もっと現実的な仮説がある」
「どんなだ?」「例えば。マクラの双子が水晶に封印されてたとか」
金髪マクラもどきの猫耳がピクリと動いた。再起動が完了したのか。小さく身じろぎする。目の焦点が僕たちにあった。しばらく逡巡していたが、やがて口を開く。
「ここは……?」
「綺麗な部屋だろ? さっきまでゴミ溜めだったんだぜ」
「余計な話を吹き込むんじゃない。ずっとこうだったぞ」
部屋の主は見栄を張る。もちろん嘘である。証拠はある。ビフォーアフターネタとしてイ◯スタに投稿するため、掃除前の写真はきちんと撮っていた。
アフターも撮っておかねば。忘れていた。
「水晶の中じゃ、ない……?」
金髪マクラもどきは、そう呆然と呟いた。「闇だらけじゃない、闇だらけじゃない、闇だらけじゃない」と繰り返す。鬼気迫るものがあって怖い。病みだらけな光景だった。
突如としてその大きな瞳から、ぶわりと涙が溢れ出す。情緒不安定だ。本気でメンタルヘルスを探した方がいいかもしれない。猫又の里は果たして、G○ogleマップに載っているだろうか。
「おい大丈夫か? 涙拭く?」
ポケットからハンカチを取り出す。側に近づくと、ぎゅっと僕の足に抱きついてきた。パパとでも間違えたのか。はっきり言って困る。しばらく立ち尽くすも、ひしと掴んで離れない。仕方なく座り込む。背中を優しく叩いた。
今度は腕に纏わりついてくる。
「これが、弱った少女の心に寄り添い付け込む優男の図か」「しばくぞ」
「スマホを落としてなきゃ、ツーショットをマクラのツ◯ッターに投げるのになぁ」
「人のプライベートに踏み込む投稿はマナー違反だ」
ブーメランが頭に突き刺さった気がした。気のせいだと思いたい。
「寂しかった」「ん?」
二の腕に熱い感覚が広がる。とうとう涙が染み込んできたのだ。招待状に「オシャレな格好で来てね」と書かれていたから、せっかくめかし込んできたのだが。マクラの鼻水よりははるかにマシと自分を納得させる。
少女の悲嘆を慰められるなら服も本望だろう。
「ずっと寂しかったの」「そうか」
どうやら落ち着いてきたらしい。会話が出来そうだ。応えて尋ねる。
「一人だったのか? 闇の中で」
「……そうなの。そうだった」
「辛かったな。安心しろ。今は僕たちがいる。光もある。少し歩けば希望もあるだろう。怖いものは何もない。君……名前はなんて言うんだ?」
どう呼べばいいか分からなかった。素直に聞く。金髪マクラもどきでは、いくらなんでも味気ない。
「モウフ」
マクラを見た。枕と毛布。関連性を疑わざるを得ない。
「日文の言った双子説がリアリティを帯びてきたんだぞ。セット感がある」
「待て。マクラとセットなら、あともう一人『ネボウ』もいる可能性が高い」
「九時より前に起きなきゃいけない社会が悪いんだぞっ!」
逆ギレを始めた。施設では皆一律に六時に起こされたものだが。起床時刻に文句を言う文化があるのを知ったのは、高校に入ってからだった。真島柿もマクラと似たような主張をよく展開していた。二人には共通点が多い。プロポーションは真島柿の方が圧倒的に魅力的だったが。
ゴホン。
「体育以外の授業じゃずっと寝てるくせに」「寝るのは得意だ」
「の◯太くんかよ」
「じゃあ日文はドラ◯もんだぞ。マクラは栗饅頭が食べたい」
「あれ自体は道具じゃない。で、双子の姉妹がいた記憶はあるのか?」
「ないぞまったく」
あっけらかんと答える。単に覚えてないだけなら、禊力で脳を弄り無理矢理思い出させることも可能だ。しかしマクラの様子を見るに、三歩進んですべて忘れたわけでもなさそうである。最初から知らないなら強制想起は無意味だ。
「なんか怖い術考えてないか?」
「別に。モウフはどうだ。アホな姉か妹に苦渋を舐めさせられた記憶は?」
フルフルと首を振られた。こちらも覚えてないようだ。何度も言うが、外見の違いは髪の色だけ。二人が無関係ということは絶対にない。
双子が隔離して育てられたか。あるいは、どちらかが秘密裏に作られたクローンなのか。
マクラの腹が鳴る。
「あーお腹減ったぞ。水晶玉が腹から出てきた分だけ。カップ麺でも食べようかな」
「ご馳走が入らなくなる。あと一時間三十分の辛抱だ」
「そんなのエタノールに感じる」「永遠の間違いだろ」
消毒でもする気だろうか。自分が消えるリスクを負って。
マクラは僕の中に入った。晩飯まで寝るつもりらしい。突然の人体消失マジックに、モウフは驚いた顔になった。事情を話すのはめんどくさい。「カップ麺でも食べるか?」と尋ねて誤魔化す。
洗い場の棚を開けると、たくさんのカップ麺が備蓄されていた。賞味期限はまだ先だ。なるべく当たり障りのない味を選ぶ。すぐに準備出来た。モウフに与えると、夢中になって食べ始める。
玄関で待つ黒猫に声をかけた。
「夕食にモウフは連れて行けないだろう?」
案の定コクリと頷く。分かっていたことだった。何せ彼女は、僕らが壊した祠の水晶玉から出てきた存在なのだから。犯行がバレかねない。バレた場合に、いかにしてマクラに主犯の罪をなすりつけるかの方策を練る。
カップ麺を食べ終えたモウフは、すぐに眠りこけた。連れて行けないのだから好都合だ。ダメ押しとばかりに、禊力を使って睡眠幇助もしておく。
やり残した細かい掃除をしていると、時刻は十八時十分になった。そろそろ会場に向かった方がいい。お母さまとの対面だ。
標準的な成人猫又の体型は、人の小学六年生から中学二年生ぐらいである。それは関係ないけれど、全然ワクワク出来ない。




