筋金入りの犯行
鬼ごっこで楽しく遊んだ後は、集落で昼飯をご馳走になった。野菜と肉がたっぷり入った家庭的なカレーだった。ルーもご飯もおかわり自由と、食べ盛りの高校生には心が躍る待遇である。僕は三杯食べた。
マクラも同じくらい食べると思っていたが、なぜか一杯で止める。
「ダイエットでも始めたのか?」「違う。なんか入らない」
自分で不思議そうにしている。食後のデザートも断っていた。バカは風邪を引かないという有名な言い伝えがある。マクラの体調不良は想像もつかない。
結局原因が分からないまま、黒猫に連れられ里の中心部を目指す。途中でゲートを一回通り、腕時計が午後二時半を示す頃、その入り口に到達した。妖術によって作られた壁に覆われている。国際空港を思わせるほど厳重な検問があった。低身長だが強面で筋肉質な猫又に睨まれる。愛想笑いを返すしかない。
招待状をチケット代わりに入る。
「妖怪京都にほんの少しだけ似ているな」「参考程度にはしてると思うぞ」
目の前に広がる街は、集落よりもずっと近代的だった。「里」という漢字から受ける印象とはまったくそぐわない。広々としたメインストリートの中央には等間隔に木が植っている。左右の建物は平均して五階建てぐらいだ。外観は、真面目なのもあればおしゃれなものもあり、モダンなものもあればポップなものもある。不思議と不揃いとは感じない。付け加えて、集落と同じく建物はすべて綺麗だ。
写真でしか見たことはないが、東京表参道あたりの構造も取り入れている気がした。もちろん異なる点もある。車が走る道路は一切ない。ゲートがあるため車文化は存在しないと大妖怪ギツネが言っていたが、本当なのだと実感する。
妖怪京都ほど暖かくはないが、冬の外ほど寒くもない。コートを脱ぎつつ、黒猫に視線を投げかけた。
「このまま『お母さま』と謁見するのか?」
首を振って否定する黒猫。マクラをじっと眺めた。「ああ」と主張を理解する。
「マクラの住居に荷物を置くんだな」
「よく分かるな」「人間よりも正直だ」
案内役はマクラにバトンタッチだ。メインストリートを離れてしばらく、寮らしき建物に連れてこられた。例に漏れずとても清潔である。壁にシミなどなく、金属製の階段は軋まない。
マクラの部屋は二階のようだ。四桁の暗証番号を打ち込み、指紋認証で鍵が開く。地味に高度なセキュリティだ。何故か負けた気分になる。
「どうぞだぞ」
埃と生ゴミの異臭がする。眉を顰めた。マクラが慌てて言い訳する。
「急に帰って来られなくなったんだぞ。ゴミの日もまだだった。仕方がない」
床に散らばるパジャマや下着、崩れたドライフルーツの山を指差して聞く。
「活きのいい付喪神たちだな」「なるほど、妖怪化してたのか」
マクラがゴクリと唾を呑んだ。戦々恐々としている。デコピンした。
「あうっ。痛いじゃないか」
「たわけが。怪しいのは生活態度だ。片付けるぞ。祓い給え清め給え」
エクソシズムの精神で掃除を始める。黒猫に急かそうとする様子はない。お母さまと会うのは夕食時以降なのだろう。少し寒いが窓を開ける。
散らばる衣服を回収し、洗濯機に突っ込んだ。ゴウンゴウンと回り出す。ギチギチなゴミ袋の口を封印し、新しいビニール袋を出した。床に置きっぱなしの包装ドライフルーツを、適当な箱に詰める。
「掃除機は?」「お母さまにもらったものが、押し入れの奥に」
「発達障害のケがあるぞお前。一度メンタルヘルスで診てもらった方がいい。里にはないのか?」「めんたるへるす?」
押し入れの空間には余裕があった。上の階層には綺麗に畳まれた敷布団と、バサバサの掛け布団が納められている。布団を敷くのをめんどくさがって、掛け布団しか使ってないのが丸わかりだ。
下には扇風機と、箱から一度も出されてない機器類があった。掃除機のボックスを取り出し、組み立てる。
「まあすぐには使わないが。まずは上から埃を落としていこうか」
二時間かけて、大体の場所のの掃除を終えた。マクラの手伝いは更なる惨劇を生み出すだけだったので、部屋の隅で待機させた。一応各パートで掃除のやり方を説明したが、半分も伝わってないだろう。大人しく家事代行サービスを雇った方がいいタイプだ。
時刻は十六時四十五分。黒猫のジェスチャーによると、会食は十八時半かららしい。ここからゲートで行ける場所でだ。まだだいぶ余裕がある。
「はあ疲れた」「あ、ありがとう日文」
「気にするな。他人の部屋を片付けるのはこれが初めてじゃないからな。片付けられない友人は、助けられるなら助けたい」
真島柿も片付けが苦手だった。家族のサポートがあってこそ、無茶な生活をしないでいられた女だったのだ。マクラも誰かまともな仲間と暮らしていれば、ここまで酷くはならなかっただろう。事実としてそうだ。僕とのシェアハウスでは、衛生観念以外ではあまり衝突しない。
珍しく恐縮しているマクラの顔を覗き込む。「ドライフルーツもらっていいか」と尋ねた。色良い返事がもらえたので、袋を開ける。
「美味いな」「里の名産品だぞ」
「お前は食べないのか?」「あんまりそういう気分じゃないぞ」
「なあ」
至近距離で声をかけた。「ぬおっ!?」と素っ頓狂に叫ぶマクラ。無遠慮に過ぎたか。だがこれは確かめておくべきだ。
「マクラ。よく見たら顔色が悪いぞ」「そ、そうか?」
「今少し良くなったが」
「大丈夫だ、大丈夫なんだぞ。たぶ――」
口元を押さえた。マクラは慌てて洗面台に駆け込む。急いで追いかけた。
「おえ、おええ」「大丈夫じゃなさそうだ」
背中をさする。
昼間のカレーであたったのだろうか。しかし、古くなっていたならまだしも、作りたてのカレーで食中毒というのは聞いたことがない。あるいはノロウイルス? 妖怪もかかるのか? 頭をフル回転させる。
つわり。自分で考えた可能性に小さく笑った。
まさかな。首を振る。ありえない。
マクラの腹が、ボコリと膨らんだ。
「まさかの!?」「おえええええ」
まさかはまさかで終わってくれた。マクラの腹はすぐに凹む。代わりに口から、ポンと丸い物が出てきた。かなり大きい。
洗面台にゴロンと転がる。完全なる球である。体液まみれだが透き通っていた。
背筋が凍る。見覚えがある。流水で洗い手に取った。
今度は僕が吐きそうになる。
「気持ち悪くなくなったぞ。わーい」
「マクラ。ちょい。マクラちゃん」「なんだよ日文くん」
「これ、あの祠の水晶玉だ」「……え?」
キョトンとしたのち、マクラは再び青くなった。きっと僕も青褪めている。糸を通してマクラの「やばい」という感情が伝わってくる。それが僕の「やばい」をさらに強めてしまう。向こうも同じだろう。「やばい」の共振現象が局地発生していた。
沈黙に包まれる。ついに耐えきれなくなった被告猫又は、こう主張した。
「盗んでなんかないぞっ!??」
「嘘吐け! 自分から証拠を吐き出しといてよく言う。ブツを飲み込んで持ち出すとか。麻薬密輸を目論む筋金入りのヤクザくらい気合いが入ってるじゃないか!」
「やってない! マクラはやってない! お願いだっ信じて欲しいぞ」
涙混じりの目で見つめられた。溜息を吐く。信じてやるしかない。もし故意の犯行としても、僕の監督責任だ。肩を竦める。腹を決めた。
その時、水晶が光った。中から何かが飛び出してくる。そして木っ端微塵に割れた。出てきたのは金髪の猫又だ。
髪色以外、顔立ちや背格好などすべてマクラにそっくりである。あまりに怒涛の展開に、僕は卒倒しそうになった。




