結界術式を壊してしまった
どう捉えても苦し紛れの返しだった。
しかし、「やったー鬼ごっこ!」「やろうやろう」などと、多くの猫又が乗り気になる。妖しげな空気が一変した。無邪気に誰が鬼になるかのジャンケンを始める。マクラとそれなりに意思疎通出来ていた子が負けた。彼女がもう一人、と主張する。二度目のジャンケンが始まった。
精神年齢は外見相応らしい。微笑ましく感じる。パラダイスを提案してきた、丁寧な言葉遣いの子だけは膨れっ面だが。
「失礼と思ったら流してくれていいが。何歳だ?」「18です」
僕より一つ上だった。こちらが敬語を使うべきなのだろうか。年頃の女性がこうも積極的なのはとても明るいニュースだ。少子化が解決する日も近い。
「そうですお兄さん! 解決しましょう今すぐに。社会貢献です」
「つい最近疑いはかけられたが、不幸にも僕はロリコンじゃなくてな」
「毒を食らわば皿までって言うじゃないですか」「マクラが毒か。言えてる」
食ってはないが。食われようとしたのは僕だ。肉と魂を差し出した。そのせいでVOTEなどという権力争いに巻き込まれてしまっている。
短髪の快活そうな猫又が叫んだ。
「ちゅーもーく! 範囲はあの森ね。鬼は五分後に追いかけて。じゃあ私たちは逃げよう!」
鬼の二人以外は走り去っていく。足はそれなりに速い。猫らしい敏捷性だ。
側でひっそり待機していた案内役の黒猫に視線を投げた。「一緒に遊んでいいか」と尋ねる。「にゃーん」と答えてその場に座り込んだ。許可が出たらしい。
「マクラ。僕たちも行こうか」「マクラの晴れの舞台……」
まだ根に持ってるのか。呆れた奴だ。小脇に抱えて移動する。鬼ごっこなど、実際にやるのは初めてである。大妖怪ギツネからルールは聞いている。通学路上で小学生がやってたり、また童心に帰った高校生が時々嗜んでいたりするのも見かける。しかし、それだけでは勝手は分からないものだ。
舞台とされた森も、さっき一回歩いただけだ。地形など全然知らない。大妖怪ギツネ曰く「地の利がない」という状態だろう。真っ先に捕まってしまうかもしれない。
ふと、パフォーマンスとして放った【矢】の結末が気になった。木を折らぬよう注意したつもりだが、予期せぬ惨事を引き起こしている可能性もある。もしそうでも、今なら禊力で「治療」も出来る。
木のない空間を狙って、ゲートのあった祠あたりへと無意識に【矢】を放った。来た道を小走りで行く。祠そのものには当たってないはずだ。
当たってないよな? 信じてるぞ四、五分前の僕。
すぐに辿り着く。祠は壊れていない。ホッとする。五メートル先の地面が抉れているだけだった。足で埋め直す。作業の途中、「むむん?」と脇のマクラが首を傾げた。「どうした」と尋ねる。
「来た時と、どことなく雰囲気が違う」「え?」
マクラはかなり正確に妖気や妖力を察知する。そこだけは侮れない。彼女が違和感を覚えたなら、本当に何か変わった可能性が高い。祠の周囲を見回す。
「まさか」
口を押さえた。禊力を手に纏って、埋めた部分をもう一度掘り返す。【矢】の切先が届いただろう深さまで達した。硬い感触。
術式の刻まれた白い石板が発掘された。斜めに大きなヒビが入り、霊的な効果をなくしている。
「うわぁああ。あぁ。なんてこった」
膝を地面に突き立てた。天を仰ぐ。
「結界術式壊しちまった」
祠を眺める。あの中にあった水晶玉は、猫又にとって大切なものだったに違いない。邪なる者に水晶を奪われないため、そういう輩を弾く結界を施していたのだと思う。恐らく、似たような石板がまだいくつか地下に残っている。
冷や汗をかく。
「やっちまった。これはやっちまった。どうしよう。当瀬失敗フェスティバルの開催だ。ああマジでどうしよう」
「落ち着け。どうするも何も、ごめんなさいして弁償しかないと思うぞ。マクラはいつもそうしてる」
意外にもまともに返された。確かにそれは、最も穏便に事を済ます方法であると理解出来る。弁償して終わりならいい。だが世の中はそれで終わらないことの方が多いと聞く。
情けないのは分かっているが、僕は自分の落ち度で誰かに白い目で見られたくないし、怒られたくもなかった。施設にいた時から、常に傍観者か説教する側でいられるよう立ち回ってきたのに、こんなところでコケるとは。
キリッとした顔で言ってみる。
「どうやったら隠し通せるだろうか?」
「…………そんな浅ましい日文は見たくなかったぞ。マクラは」
悲しい目で見られた。そんな目で僕を見ないで欲しい。メンタルが弾け飛びそうだ。宣言するが、この精神状態が続けば胃の内容物を吐く。すでに胸焼けが激しい。
「日文にも汚点があるんだな」「汚点とかいうな」
「逆に安心したぞ。直せないのか?」「汚点をか?」
「いや。『けっかいじゅつしき』ってやつをだ」
ヒビの入った石板を眺めた。力なく首を振る。
「これは妖力で動くタイプだ。人間である僕にはどうしようもない。メカニズムぐらいなら分かるが、遮断された部分を禊力で補っても無意味だ」
「妖力はマクラが出すぞ」
そう言って、掌に緑の炎を灯した。
「マクラは日文の指示に従う」「……試してみる価値はあるか」
笑い合う。
マクラがこんなに頼もしく見える日が来るとは、想像もしていなかった。ヒビの端を指で示す。
「まずはここからだ。手を当てて。合図したら妖力を注ぎ込め」
禊力を緻密に操って、術式の型を作る。そこに妖力が流し込まれれば、遮断部分の補修が可能となるはずだ。禊力と妖力は決して混ざり合わない。
「今だ!」「うんっ」
まさに阿吽の呼吸。絆の高まりを感じる。落ち込んでいた精神に翼が生えた心地だ。単なる寄生猫とその宿主だった関係が、一歩進んだ瞬間だったのかもしれない。
マクラの妖力が注がれたのと同時に、石板は爆発した。
祠の周りでも連鎖的に土が跳ね飛ぶ。結界術式すべてがダメになったと理解するのに、そう時間はかからない。
咄嗟に禊力で防御したから、僕とマクラは無傷だった。不幸中の幸いだったと言える。だが、プスプスと焦げる大地に、僕らはしばし呆然とするほかなかった。
ビッとマクラに指を差した。僕は叫ぶ。
「これでお前も同罪だ!」
「なあっ!? 日文キサマァッ! マクラは指示に従っただけ! 悪いのは責任者でえすっ!」
「ふざけるな! 現場のミスだっ」
「はいタッチ」
背中を柔らかく叩かれた。振り向くと、可愛らしく微笑む長い黒髪の猫又が微笑んでいる。
「二人とも鬼ね」
当瀬の人間らしいところが出てます。




