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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会

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初めての妖怪京都


 電車に揺られておよそ五十分。乗り継ぎなし。近場で最も大きな駅にたどり着いた。改札を降りて辺りを見回す。大勢の人が駅横のショッピングモールに吸い込まれていく。土曜日だからだろうか。

 雑踏を抜ける。人通りが少なくなる。大きな道路から脇道に入ると、途端に誰もいなくなった。妖怪京都に行くためのゲートが、ここからさらに奥まった場所に出ているらしい。猫又の里直通のゲートは、僕の住んでる地域付近には風水的に出現しない。妖怪京都経由で行くのが最短なようだ。

 迷う時間はもったいないから、案内人、いや案内猫をつけると招待状に書かれていた。黒い毛並みが自慢の子だと。この辺りに待機しているはずだ。探すとすぐに見つかった。お辞儀してくる。マクラよりよほどしつられていた。


『マクラと下賤な四足歩行を一々比べるのはやめて欲しいぞ』

「にゃー」


 てくてく上品に歩き出した。ついていく。曲がりくねった道を十分ほど進んだ。誰も立ち入らなさそうな建物の隙間に、空間の歪みとしか表現出来ない揺らぎがあった。これがゲートか。

 黒猫は躊躇なく足を踏み入れた。僕も続く。


「おお」


 景色が一変した。色鮮やかなレトロ風の街。建物は日本風寄りなのが多いけれど、文化としては和洋折衷入り乱れている。大通りの端には、小物や装飾品などを売っている露店がたくさんあった。浮き足だった喧騒が耳に心地よく染み込んでくる。どこからともなくノスタルジーが湧いてきた。なんだかそわそわしてしまう。田舎者と侮られなければいいが。

 暑くなってきた。コートを脱ぐ。春のような陽気だ。人の世界の季節は反映されないのだろうか。僕の疑問に、『そうなのかな?』とマクラが反応した。答えてもらった気がしない。

 黙って猫に付き従う。すれ違う者は皆妖怪だ。狐系狸系犬系猫系。大きなガマガエルのおっさんが印象的だった。動物の特徴がないのは付喪神か。あるいは妖精の類かもしれない。

 ふと、おフランスっぽい料理店から出てきた一団が、すぐ側のゲートを潜って消えていくのを観測した。車要らずだ。思わず呟く。


「ゲートは便利だな。妖怪を駆逐して運送業をやりたいくらいだ」

『あんまりそういうのは言わない方がいいと思うぞ。マクラでも分かる』


 おバカな猫又に注意されてしまった。いくらなんでも浮かれ過ぎだ。気を引き締めよう。固めた決意は即座に緩まる。


「あれは、古き良き団子屋じゃないか!」


 三色団子の絵が濃いタッチで強調された看板が、瞳に飛び込んできた。店の名は「三色かふぇ」。ネーミングセンスは伝統からずれているが、見た目は完全に昔ながらの団子屋だ。

 大妖怪ギツネに大衆文化を教わってから、こういうところで休憩するのが密かな夢の一つだった。脳でアドレナリンが暴発する。「猫くん猫くん」と前を行く黒猫に声をかけた。


「実は朝ご飯を満足に食べてないんだ。あそこで寄り道してもいいかい?」

「にゃーん?」「まったくこのおねだり上手め。奢ってやる」


 絆された。財布の紐が緩む。財政緩和だ。『マクラは?』と尋ねられた。里に着くまで我慢して欲しい。『ケチ! ケチ!』と騒がれるが無視する。

 暖簾を潜った。


「いらっしゃいまし」


 恐らくだがイタチ耳の、若い女性に出迎えられる。具体的な名詞に言及はしないが、かなり大きい。虚を衝かれたが平静を取り繕う。赤い野点傘の下に腰掛けた。


「三色団子二本に抹茶一杯。あと、猫にとっての最高級の朝食を」


 往来を眺めつつ、スマホの電源を入れた。電波は問題なく入っている。団子の写真をイ◯スタにアップしても大丈夫だろうか。


「隣いいかね?」「どうぞ」


 画面から目を離す。横に座ったのは、僕と同年代くらいの男だった。茶髪のスタイリッシュな少年。背は高い。178の僕よりも五センチは大きかった。目を見開いて話しかける。


「驚いた。人間か?」「そう。祓い屋見習いなのさ。君は?」

「猫又の里に招待されたんだ」「なるほど」


 祓い屋の見習いは納得したらしい。なぜ招待されたのかを聞いてくる様子はない。VOTEの件はテキトーに誤魔化そうと思っていたが、正直助かる。だから、祓い屋見習いがどうしてここにいるのか僕も尋ねない。

 彼は調子良く喋りかけてくる。


「高校サッカー見る?」

「昨日は桜西対鏡下が一番熱かったんだろ? ニュースで紹介されたくらいだ」

「あーそっちかー。実は方頓対円来で目立たないけど神プレーがあって。いや、得点には繋がらなかったんだけどさ。注目してる選手がいて、妨害をなんのそののパス回しが……」

「急にペラペラとよく回る口じゃないか。何か隠したいことがあるかのように。お前」


 一度言葉を区切る。小音で続けた。


「あのお姉さんの胸元ばかりチラチラ見てやがるな」


 男は怯んだ。数秒の沈黙。「……そうだよ」と重苦しく肯定する。


「最高の形をしてやがる。抑えようとしても、つい目で追っちまうんだ。畜生が。醜い欲望があのおっぱいに顔を埋めたいと叫びやがるんだよ。なあ。軽蔑するか?」「軽蔑なんかしない。心の底から分かる」


 ゆっくりと頷く。


「僕も同感だよ」


 握手を求めた。男は逡巡するが、やがて救われたような面持ちになって、手をグッと握り返してきた。互いに感極まっている。確かな友情が生まれていた。


「なあ」「なんだ」

「俺、あのお姉さんにアタックしてこようかな」

「やめとけ。綺麗でスタイルのいいお姉さんにはすでに恋人がいる。世の鉄則だ」「あ〜……」

「せめてここに通うぐらいはしなきゃならない。お前常連じゃないだろ? 前情報もなしであの高嶺の花に愛を告げるのは、勝算が無さ過ぎる」

「だよなぁ」


 がっくりと項垂れた。同じタイミングで団子が運ばれてくる。楚々と離れていくお姉さんの後ろ姿を、祓い屋見習いは名残惜しげに眺めた。


「祓い屋の学校に出会いはないのか?」

「男女比半々だからないはずないんだけど。俺は避けられてるみたいだ」

「なぜだ? お前は気さくで取っ付きやすい。嫌われるタイプには見えないが」

「なんでだろうな。ホント。とほほ」


 団子を齧りながら考える。なぜ目前の男が避けられるのか。気さく。見目はいい。見習いと名乗っているが、祓い屋としての実力も高そうだ。過度の変態でもない。男が女性の豊満な胸に飛びつきたがるのは結構普通だと思う。小さい方が好みなのもいるが。

 どうして敬遠される。結論は出ない。仕方ないか。僕の人間関係的な経験は、お世辞にも豊富とは言えない。


「僕の名は当瀬日文。連絡先を交換しよう。何かあれば相談に乗れるかも」

「! ありがとう。こんなに優しくされたのは本当に久しぶりだ。俺の名前は石済(いしずみ)灰學(はいがく)。よろしくな」


 もう一度握手を交わした。十五分ほど雑談してたら、黒猫に急かされる。いつかカラオケでも行こうと約束し、祓い屋見習いの石済灰學と別れた。

 しばらく歩き、猫又の里へと繋がるゲートの前に辿り着く。マクラの実家はどんな場所なのか。少しだけ楽しみにしながら潜った。


石済灰學はこの作品において非常に重要な人物です。

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