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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会

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優しいは褒め言葉じゃない


「猫又の里旅行、明日からだよね?」


 尋ねながら、町代はゴテゴテしいジャンバーを羽織る。時刻は午後五時三十五分。冬至はだいぶ前に過ぎたが、春分の日もまだ先だ。辺りは薄い暗がりに包まれている。場所は学校敷地の端。倉庫とフェンスに挟まれた空間だ。フェンスの向こう側には裏山がある。獣道を突っ切れば線路に出るらしい。風向き次第で、時々電車の走る音が聞こえてくる。

 雪女に教えてもらった、柔道場裏の代わりだ。あそこほどではないが、霊的価値はそれなりにある。練習場としてはちゃんと機能する。


「そう。旅行と言われると違う気もするが。ペットの散歩さ。長めのな」

「猫ってあんまり、散歩のイメージないけどね。犬と違って」

「カムイの散歩はしてるのか?」「しないよ」


 手提げバッグを持ち上げながら、町代は眉を顰めた。


「犬に飼い主面されるもん」「どっちが主人か教えてやれ」

「まだ無理だよ。出力が不安定だし……」


 手をグーパーさせて、少し憂鬱げに言った。町代の訓練を始めてから、今日でちょうど二週間だ。僕の想定よりも早く、彼女は陽の気を禊力に変換出来るようになってきている。成功は十回に一回。十分だ。逆に無理してるんじゃないかと心配になる。

 突発的にスタートした東大合格プログラムも順調に行っている。元々町代に得意意識があった箇所については、すでに出来が上向き出した。だが最も素晴らしいのは、彼女が勉強に対して好ましい感情を抱きつつあることである。

 ちょっと背伸びしなければ対応出来ない問題にアタックさせ、絶妙なタイミングでヒントを出す。閃く楽しさに脳を酔わせる。このやり方が、町代に上手くハマったようだった。

 面白い。だから進んで努力する。下積みが増えるほどにまた面白くなる。いいスパイラルが生まれてきている。すぐに苦手も克服するようになるだろう。僕はそう確信している。


「ああ。土日の二日はゆっくり休めよ。休息は人生で最も大事なものの一つだ。例えば好きな映画を見たり、例えば好きな漫画を見たり。ゲームをしてもいい。プラモデルを作ってもいい。ぼーっとしててもいい。あまり言及したくないが、性的欲求を晴らすのもいいな。本当に好きな教科があるなら、それを勉強しててもいいが」


 僕がいない間のカリキュラムを話した。大妖怪ギツネに教わった、「満足度を高めるための生き方」の流用だ。養護施設にも休憩時間はあったが、強いて娯楽と言えそうものは学術書以外になかった。


「そういえば、町代の趣味とか全然知らないな。僕は最近、歌を聞くのと天候の予測モデルを弄るのが楽しい。町代は何をしてる時が楽しいんだ?」

「えっと」


 町代は俯いた。もじもじし出す。


「わ、笑わない?」「笑うと思うか?」


 首を振る。「思わない」と小さく呟いた。


「あのね」「ああ」

「か、かか、書いたりなどしています! しょ、小説を!」


 勇気を振り絞った言葉だった。大きく頷く。


「素晴らしいじゃないか。創造的な行為は脳をクリアにする。自分以外の視点が拓ける。だが誰にでも出来ることじゃない。それを楽しめるとは、人生が実に豊かな証だ」


 初めて英語記事の要約をさせた時から、町代はちゃんとした文章が書けていた。執筆がいい練習になっていたのかもしれない。「いえそんな」と、町代は俯き加減を強くした。語気も弱まる。


「ファ、ファンタジーな世界での愛とか恋とかそんなのばかりだし。当瀬くんから見れば、その、すごい低俗だと思う……」

「低俗で何が悪い? 逆に高尚だから何がいい? 多くの人間にとって、そういうのはあまり価値とは関係ない。重要なのは、誰かにとって面白いか、役に立っているかだ。その誰かは自分だけでもいい。自分にさえプラスに働くなら、作品にはもう十分価値がある」

「積極的に肯定してくるね。優しい。私なんかに本当に優し過ぎるよ。そんなに優しくされると、本当に靡いちゃうよ、私。…………でも」


 山からカラスの鋭い鳴き声がした。冬場の少ない餌を取り合っているのか。町代は一度黙った。続く言葉があるはずだ。待つ。


「……亡くなったばかりなんでしょ。恋人さん。私って、いい迷惑だよね」


 交友関係の少ない町代でも、二週間も過ぎれば耳に入るか。カラスは遠くに行ったみたいだ。代わりに電車の音がする。肩を竦めてニヒルに笑う。


「優しいは褒め言葉じゃないと聞いたことがある」

「うん。褒め言葉じゃないってことにしといてよ」

「迷惑だとは思ってないからな。絶対にだ」「ありがとう」


 被害妄想に過ぎる。僕もまた助けられているのに。生きてる君とマクラから、心を支えてもらっている。それに真島柿以上に、町代は常識的だ。僕の方が「人間」を教えてもらっている。

 そういえば。マクラも町代も真島柿も、全員「ま」から始まる。面白い共通点だ。


「カムイを呼び出してくれ」「うん」

「候補者状況が知りたい」

「うむ。我がスマートフォンだ。書籍アプリを見るなよ」


 他人のプライベートを勝手に覗いてはいけない。こちらも身に染みている。町代は恥ずかしそうに目を逸らした。

 リストを睨みつける。脱落者は二人から四人に増えていた。だが新たに二名、候補者が増えている。数の上ではプラマイゼロだ。白々燐は相変わらず「タッグなし」。僕以外に人間の友達はいないだろうから、仕方がない。異文化とのコミュニケーションは、VOTEに参加する妖怪にとって最初の関門だ。人の協力者を見つけられない程度では、棟梁を任せるに足らないということだろう。

 バッグから和紙で作った人形を七つ取り出した。町代に渡す。


「えっと。これは?」

「式神だ。二週間弱じゃそれだけしか作れなかった。僕の留守中、他の候補者に襲われた場合に使って欲しい。一つにつき十五分保つ」


 箒で殴りかかってきた時よりはだいぶマシになったが、町代-カムイペアがカモである状況はまだ変わっていない。禊力が安定して使えるようになれば本格的な戦闘訓練も始めるという予定であって、つまり町代は素人だ。戦わせるわけにはいかない。


「来てとか来いとか、とにかく英語のcomeに当たる言葉とともに地面に叩きつければ使える。僕っぽい姿をしているが、会話は出来ない。僕の八割程度の力は期待出来る」

「当瀬くんっぽい姿……!?」

「おお! なんて素晴らしい! 定期的に供給してくれ! 金は払う!」


 カムイが早とちりに喜んだ。待てと制する。


「ただし牢獄は無理だ。他の注意として、もし式神が相手の候補者に勝てば、恐らく僕の方に票が入る」

「なんだよ」


 いじけた。そう都合良くはいかない。「あとこれ」と、和紙で包んだ赤い粉薬も渡しておく。


「本当にいざとなればこれを糸に振りかけろ。人間には無害だが弱い妖怪には致死性だ。カムイは死ぬ。すると他の候補者に襲われる理由はなくなる」

「なんてものを!?」

「分かったよ当瀬くん。大事に使うね」


 町代は躊躇なく受け取った。式神も粉薬も、土日の後に取り上げる予定はない。これで彼女たちの主従関係もはっきりと付く。カムイは泣いた。負け犬の遠吠えである。


 当瀬の過保護な部分が出てます。

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