ちくわ
「あれはどういうことだ?」
明るくファンシーな部屋に入った途端、我慢出来なくなって口を開く。
「誰がやったんだ」「知らないよ」
部屋の主は憮然とした口調で答えた。荷物を学習机の横に置き、回転椅子の上に座る。
「分かるのは、私の訓練が中止になったってことだけだよ」
現在僕たちVOTE組は、町代の家に集まっていた。大蜘蛛の遺体は丁重に弔ったが、そのまま町代の訓練に移るというわけにはいかなかった。死んだのはかなり力のある妖怪で、現場にはその妖気が淀み溜まっていた。今の柔道場裏はパワースポット過ぎるのだ。陽の気・陰の気の制御は難しくなり、暴発の危険性が高まっている。初心者の練習には向かない。
しばらくあそこは使えないだろう。
それを伝えた時から町代はずっと不機嫌気味だ。修行が好きなのだろうか。早く代わりの場所を見つけなければならない。白々燐にメッセージを送ると『調べてみるわ』と秒で返信が来た。出来る女だ。
とはいえ今日の練習はキャンセルだ。「というわけで解散」と切り出す前に、マクラが町代の家に行ってみたいと言い出した。同年代の人間女子の部屋がどんなものか気になるらしい。そう言えばこいつは自己申告で十七歳、つまり僕たちと年齢は同じだった。見かけは十二か十三くらいだが。
訪問の許可はあっさりと出た。
「当瀬くんも座りなよ。ベッドの上とか」
「ああ。分かった」
ぶっきらぼうに返した。が、内心ドキドキだ。女の子のベッドに腰掛けるのは生まれて初めてなのだ。真島柿は雑魚寝だった。『マクラにももっとドキドキしろよ』と内側から聞こえてくる。無理な相談だ。
「マクラちゃん、私の部屋どうって?」
『ふっ。マクラの仕事部屋の方が可愛いな。50点だぞ』
「素晴らしいセンスだ。目が癒される。今度シルヴァ◯アファミリーで遊ぶ時にぜひ参考にしたいと言っている」
猫又の評価があまりに失礼だったので嘘を吐いた。実際、僕自身は綺麗なものだと素直に感心していた。真島柿の雑然としていた部屋よりもだいぶ好感度が高い。
「えへへ。そうかな」「そうだとも」
町代の機嫌が回復してきた。「ところで」と扉を指差す。
「誰かが部屋の前で聞き耳立ててる気配がする」
「お母さん!?」
のしのしと歩き、扉を勢い良く開く町代。その向こうには、彼女を少々おっとりさせたような顔の、妙齢の美女がいた。あれがお母さんか。一方、顔のパーツにほとんど差はないのに、町代からは美しいという印象を受けない。不思議だ。
母親は「その、ね?」と言い訳を始める。
「いつおっぱじめるのかなと思って」
「おっぱ……っ!?」
町代は呆然と立ち尽くした。そこで区切らないで欲しい。弾力性の高い想像をしてしまう。
「彼氏でしょ?」「違うよ!」
「えー。人生の先輩としてアドバイスしとくよ。彼を良く見て。しっかりしてそうだしかっこいいし、あれは捕獲した方がいいよ。がっしりと」
「時代遅れな助言はやめて! 今時はみんな、そういうの隠してやるんだから! 隠そうとし過ぎて結局行動しない人も結構いるし! 恋愛事に他人の干渉は不要なんだよ!」
「そうなの? じゃあ余計に、変に抑えずあけっぴろげな方がいいわよ? 愛欲、性欲は上手く使えばね、自分の価値を高めるのに最も大きな原動力になるもの」
思わず「おお」と唸りそうになった。一理ある意見だ。町代の家に来た甲斐があった。「うるさい出てけ!」と怒る娘を無視して、「どうも」とこちらに挨拶してくる。
僕も軽く会釈した。
「おやつどう? ちくわ食べる?」「ちくわ?」
「プレーンのちくわに、チーズちくわ、野菜スティックちくわ、キムチちくわなんてのもあるわ」
攻めたお薦めを提示された。個人的にはキムチちくわに興味がある。町代のボルテージはさらに増加する。
「ちょっと!? ちくわなんておかしいよ! 特に当瀬くんにそういうのはやめて! 予定外の来客にラズベリークッキーと瓶入りのジュース出してくれる人なんだからさ!」
「あら。彼くんの家にもう行ったの? ふふ」
「そういう意味じゃなくてね!? あーもう!」
彼くんという呼ばれ方はむず痒い。「当瀬日文です」と名乗っておく。「いい名前ね」と返された。養護施設内での僕のナンバーだった120をもじられただけなのだが。当瀬に至っては完全にテキトーである。
「まあ」
町代はこちらをチラリと見たのち、顔を赤らめもじもじと続ける。
「悪くはないんだけどさ……」
「そういう態度を取られると勘違いしてしまう」
町代娘は狼狽え、町代母は目を輝かせた。「ごゆっくり〜、あっ後でちくわ持ってくるね」と出ていく。嵐が去っていった。町代は頭を下げる。
「ごめんね。変な母親で」「健全の範疇だろ」
実のところ、人間家族の一般的な関係は学んだことがないので、あのお母さんの態度が普通かどうかは知らない。肯定するのは変だと思ったため、一応お母さんのフォローをしておく。
「ちくわ、多分特売とかで買い過ぎただけだから気にしないで」
「少なくともちくわパーティまではお暇するわけにはいかなくなったが、何をする? 蜘蛛殺害事件の推理でもするか?」
「ミステリーはお呼びじゃないよ。犯人なんて皆目見当もつかない。あの蜘蛛さんを倒せそうな人の心当たりは、それこそ当瀬くんか白々燐さんぐらいだし。でも違うでしょ?」
「いい夢を見させてもらったんだ。僕はあの蜘蛛に感謝してる。だから違うな。もし白々燐がやったとしたら、柔道場裏で南極体験が出来たはずだ」
「シロクマに会ってみたいね」「そりゃ北極だ」
町代は恥ずかしそうに口を噤んだ。ベッドの隅にあるシロクマ人形が目に入る。デフォルメされていて可愛い。
「いや、南極にもいるかもしれない」
「もう。騙されそうになるからやめて。賢い人の意見にはつい巻かれそうになるの。当瀬くん、定期試験も模試もいつも一位の人じゃん。遠い世界過ぎて今まで忘れてたんだけど」
尊敬の眼差しを受けた。少し照れる。
普通の高校でやる範囲は、施設で十歳か十一歳ぐらいの時にすでに経験し、その後詰め込まれるさらなる発展的な内容で当然の知識として要求されるため、息を吸うように出来る。つまずく理由がない。勉強に限定されたフレームワーク内では、僕は間違いなく同世代でトップだ。906番にも負けない。
「あっそうだ。勉強教えてよ。目指せ東大! なんちて」
町代はペロリと舌を出す。「ふむ」と頷いた。現在、高校二年冬。のんびりしている暇はない。文系な町代の今の学力から、最近人気の文二合格レベルに必要なプロセスを考え、勉強プランを紙に書き出す。
町代に突きつけた。
「よし。早速始めようか」
学習机の上に勉強道具を用意する。町代の顔は青くなった。
2021/04/16
「マクラの部屋の方が可愛いな」を「マクラの仕事部屋の方が可愛いな」に修正しました。
マクラの住んでた部屋は汚いという設定を忘れてました。




