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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会

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意外と弱いメンタル


 日曜日も同じく町代とマクラの練習に当てた。月曜日がすぐやってくる。

 真島柿がいなくなった影響は、少しずつだがなくなってきている。僕を取り巻いていた、空気のぎこちない圧力が弱まっていく。今日は未交以外にも、男友達が一人だけ話しかけてくれた。

 人は忘れる生き物だ。それは心地良くもあり、また切なくもある。

 放課後になった。町代との約束の場所に赴く。去年廃部になった柔道部の道場の裏。偶に男女の告白イベントがある体育館の裏と違って、ここには本当に誰も来ない。妖怪未満の良くないモノがうろついているのを、本能的に察知するのだろう。

 そうであっても、人気のない所に二人の男女が歩いていく現場を見られては敵わない。時間をズラして行く。ルートも別々だ。

 道の途中にある花壇で、ヤマボウシに水をやる未交に遭遇した。


「にゃっほー。当瀬くん。こんな場所で会うなんて珍しいね。どこ行くの?」

「ただの散歩さ。冬の学校を楽しんでるんだ。来年は受験だろ?」

「進学するの?」「未交はしないのか?」「どうだろね」


 ゾウを象るジョウロの水が止んだ。


「葉はないみたいだが。冬でも水をやるのか?」

「先週の雨以来、降ってないからね。冬でも水をあげないと枯れちゃうよ」

「殊勝だな。美化委員の仕事だろ」

「今年の委員長は冬の水やりシフトを組んでないの。ヤマボウシは頑張って立ってるのにね」


 やれやれと嘆く未交。指でジョウロをくるくる回す。水滴が飛び散った。


「この木はホントによくやってるよ。缶コーヒーを差し入れたいくらい」

「枯れるぞ?」


 植物の生育に明るくはないけれど、缶入りのコーヒーが肥料として適しているとはとてもじゃないが思えない。「冗談だよ」と未交は笑った。

 話を続ける用事もない。すぐに別れる。交わした会話の影響からか、近くの自販機でコーヒーを二本買った。妖怪の分はいらない。カムイは言わずもがな、マクラもコーヒーが好きな感じじゃない。そもそも猫にコーヒーを与えてはいけない。『猫又の中には飲んでる物好きもいるけどな』と内側から補足が入る。体が壊れる刺激を楽しむのだそうだ。麻薬の領域である。

 柔道場の裏に来た。先に到着する予定だったが、町代はすでに来ていた。


「なんかジメジメしたとこだよね。冬なのに」

「瘴気の吹き溜まりになってるのさ。一種のパワースポットであるのには間違いがない。はいコーヒー」

「え? あ、ありがと」


 準備体操を始める。マクラを出そうとしたら『ここは気持ちが悪いぞ』と言って内側に止まった。カムイも同様らしい。妖怪にとって、瘴気はアルコールみたいなものだ。好む者もいれば、そうでない者もいる。

 腕時計は十六時を示していた。「今日はバイトがあるから、十七時半までな」と町代に言う。学校の規則としては十七時までに敷地から出なければならないことになっている。が、結構な数の生徒が十九時まで残っており、学校も黙認している。さすがに十九時以降は追い出されるが。

 昨日のうちに、町代は安定して陽の気を取り出せるようになった。それを禊力に転ずる方法の直感的な説明はすでにしてある。僕の役割は、暴走しないよう見守りつつ適宜アドバイスを入れるだけ。

 かなり暇だ。土日はジムに行ってない。運動不足を防ぐため、町代の横で軽く筋トレをする。


『白々燐さんはよくここを知ってたな』


 スクワットをしていると、マクラが話しかけてきた。腹、腰、太もも、ふくらはぎに負荷をかけながら、「ああ」と答える。


「弟分の通う高校だから、きちんと調べてやったんだとさ」

『優しいな』「燐はいい友達さ」

『いい友達か』「姉っぽくもあるかもしれない」

「ふぅ」


 町代が一息吐いた。気温は低いにもかかわらず、額に汗を滲ませている。感覚を掴めていないうちは、陽の気を禊力に変換しようとする試みは非常に疲れる、という話だ。僕は一発で出来たから分からないが。

 水筒の麦茶を飲んだ町代が、「当瀬くんってさ」と口を開く。


「ひょっとして鈍い?」

「鈍くないさ。感覚は鋭い方だと自負している」


 間髪入れずに返した。沽券に関わる悪評だ。施設の「最優個体」だった906番には遠く及ばないかもしれないが、僕の異変を察知する能力は高い。少なくとも、町代よりは断然。危機が迫っている場合は尚更だ。


「そういう意味じゃなくってね」


 もう一度麦茶を含んだのち、町代は苦笑いした。


「まあいいや」「何がいいんだ」


 それ以上取り合わず、町代は修行を再開した。煮え切らない態度だ。「町代の真意が分かるか」とマクラに問い合わせてみる。


『確かに日文は鈍いな』「どういう意味でだよ」

『マクラの腹が減った時、直ちにドライフルーツを用意してくれないからな』


 血管が弾けそうになった。

 何様気取りだこの駄猫。こいつの空腹はすぐに分かる。眦の少し下がった、悲しそうな顔をするからだ。それでなぜ、僕が一々お前のためにおやつを用意せねばならない? 買い置きを勝手に漁ればいい。


『まったく、気が利かないなー。そんなんじゃモテないんだぞ』

「僕は今、死にかけのお前に助けの手を差し伸べたことを猛烈に後悔している。バイトの帰りに保健所に寄ろうか」

『生類憐れみの令を発動するぞ!』

「憐んで欲しいのかお前は。マクラは哀れだなぁ。本当に哀れだ」

『ムキー! マクラを哀れむなボケ!』

「あの、当瀬くん」


 町代が修行を中断する。いくら彼女が集中しやすい体質だからといって、うるさくし過ぎたかもしれない。「すまない」「うるさいのはいいんだけどさ」と町代は続ける。


「一人で虚空に向かってコントしてるみたいで、その……気持ち悪いよ」


 人生で初めて、他己評価として「気持ち悪い」と言われた。

 目の前が真っ暗になる。高校に入学してから積み上げてきたクールなキャラとしての僕の株が、一瞬で大暴落したかのような錯覚に見舞われた。打ち捨てられた柔道場の汚い壁に手をつく。補助なしでは立っていられない。もし内臓に損傷があれば、僕はきっと血反吐をぶちまけていた。


「ごめん大丈夫!? そんなにショックを受けるとは思わなくって!」

「いいんだ。僕は気持ちの悪い非常識な男だ。はは」

「メンタル弱っ……ごほん。えっと、当瀬くんはかっこいいよ! イケメンだし! 大人だし! お部屋に呼ばれた時はドキッとしちゃったもん!」


 フォローが入った。

 哀れなのは僕だった。

 一周回って冷静になる。ふと、柔道場裏に寄り付く良くないモノたちの気配が少なくなっていることに気づいた。違和感。だがもう遅かった。

 自閉の異界に連れ込まれた感覚。


「……え? 今の何?」


 町代も気づいたようだった。やはり才能がある。「またか」と僕は呟いた。


「どうやら牢獄に取り込まれてしまったらしい」


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