気品あるもてなし
「昨日の昼休み、町代は教室に戻ってなかったようだが。どこにいたんだ?」
「ほ、保健室。頭の犬耳がしばらく消えなくて。ベットに籠ってたの。あと、ホントに気分が良くなかったし」
「カムイが宿っての妖気酔いかもな。慣れてない人間は、妖気をモロに浴びると気持ち悪くなるんだ」
帰り道。町代を伴い進む。彼女の歩みはどこかぎこちない。肌を切り裂く寒さが理由じゃないだろう。ストッキングは暖かそうだ。
一人暮らしの男子の部屋に行くのに、緊張しているようだった。配慮のない提案だったなと後悔する。とはいえ、妖怪を交えての会議を安心して行える場所なんてそうはない。僕のアパート以外には、ホテルの一室か雑木林の中かぐらいしか思いつかないが、いずれも金か時間がかかる。
学校から三十分、僕が間借りしている集合住宅に辿り着く。エレベータに乗り込み、三階のボタンを押した。扉が閉まり、十秒も経たずにまた開く。僕の302号室は、エレベータの右隣にある。
「……ねえ。着替えてきちゃダメ?」
「この期に及んでか? 町代の家は駅二つ分離れてるんだろ? 時間がかかる」
「せ、制服の方が燃える、とか?」「燃えていいのか?」
「いっいえ。冗談です……お邪魔します」
玄関に彼女を入れる。控えめに、最小限の動作で靴を脱ごうとした町代だったが、もたついてバランスを崩した。左手で支える。
「わっ、あ、ありがとう……」
「靴なんて、脱ぎやすいように脱げよ。揃える必要もない。自分がこの部屋の王と思ってくつろいでくれ」「それはさすがに」
空いた右手から、マクラがスルッと出てきた。「ドライフルーツだぁ!」と叫び、一目散にお菓子置き場に走る。彼女と繋がる右手の糸を引っ張った。
ゴロンと、後ろに転倒する。
「帰ったらまず手を洗え」
「マクラはお腹を壊さない!」
「うるさいバカ猫。菌まみれの手でベタベタ物に触る。それはもはやバイオテロだろうが。手がなくなるまで洗ってやる」
嫌がるマクラの襟首を引っ掴み、洗面台へと引きずる。町代も、おずおずとついてきた。丹念にマクラの手を洗ったのち、町代を洋室に招き入れた。
ちゃぶ台を出し、その上にジュース瓶とコップ、クッキーを置く。
「紅茶やコーヒーの方がいいなら淹れる」
「お気遣いなく……」「町代は謙虚だな」
「え。普通だと思うよ」
真島柿はもっと堂々としていた。恋人関係になる前から、僕を扱き使える場面では躊躇なく扱き使った。コーヒーか紅茶かと言おうものなら、どちらも出させて、気分じゃなかった方を丸々残す奴だった。
あれが社会の平常なのだと考えていたが、そうでもないらしい。
コップにジュースを注いでやる。出されたものに手をつけないのは気が引けるのか、町代はすぐ一口飲んだ。ラズベリージャムのクッキーも食べる。ともに、近所のスーパーに置いてあった輸入品だ。同格の国内製造品に比べて少し高いが、容れ物のセンスがいい。
「おいしい。それに気品があるね」「分かってるじゃないか」
うんうん頷く。真島柿には、食品の「オーラ」に払う金の重要性が理解されなかった。町代への評価を上げる。マクラが首を傾げた。
「キヒンってなんだぞ?」「お前にはないものだ」
「マクラちゃん、だっけ? すごく可愛い猫ちゃんだよね。銀髪が綺麗で神々しい。気品、ちゃんとあるって」
町代がマクラを擁護する。
気品あるらしい猫又を一瞥した。確かに見た目は神秘的だ。しかし、出会ってまだ三日目だが、中身がポンコツなのは間違いない。外見と実質に著しい乖離がある。
「アルミ製の似非プラチナだ」「口縫うぞ」
「マクラのことはどうでもいい。カムイを出してくれ」
毛を逆立てるマクラの後ろに、ドライフルーツの袋を投げた。反射的に飛びかかっている。これでしばらく静かだろう。
「うん。出ておいで、カムイ!」
町代の右手から、四足歩行の犬が現れた。超然とした美しさ。エレガントな毛並みだ。アフガン・ハウンドを彷彿とさせる。
僕らと同じく、青緑に輝く糸が彼らを繋いでいた。
「初めまして。ボクが名はカムイ。高貴なる狛犬の次期族長だ」
優雅かつ尊大に言う。「高貴なんてよく言うよ」と町代は呟いた。この妖怪もまた、外見と実質に不一致がある。
周囲を見下す姿勢のカムイ。喉元を盛大に晒していた。お望み通りに、紫色の禊力を纏った左手で首根っこを掴んでやる。隣で、町代が驚いていた。
「ぐわっ!? 何をする!?」
「物陰から僕を襲うよう、町代に指示したのはお前だろ? 目には目を、歯には歯を、罪には裁きを。当然の報いだ」
気管を五秒ほど圧迫したのち、手を離した。カムイは咳き込み、荒々しく息を吐く。当初のエレガントさはカケラもない。
「清算は終わった。さて、ヴォートについて教えてもらおうか。カムイ」
「待て! このボクに無礼な仕打ちをしておいて! 素直に話すわけないだろっ」
「よし。白菜が余ってる。今夜は犬鍋だ。町代も食っていけ」
優しく謙虚な町代だが、カムイを庇う様子はない。むしろ積極的に首肯していた。騙され、巻き込まれ、相当フラストレーションを溜め込んでいると見える。
「ギャーッ!? やめたまえ! 分かった話そう! 話せば分かり合える!」
快く、フレンドリーに従ってくれた。
大妖怪ギツネから学んだ血抜き術を披露出来ずに残念だ。
「演説のための台を用意しようか? まな板というんだが」
「鬼畜な奴め。禊力も使えるときた。君と組みたかったよ。牢獄も使えるのか?」
「使えるが、勝手が悪い。その話はヴォートの後だ。町代がついてこれない」
「ふん。ったく。才能ある素人ってのは厄介だね」
「ポンコツ妖怪よりマシだろ」
カムイは町代を睨みつけ、フンと鼻を鳴らした。次に、ドライフルーツに夢中なマクラを眺め、深々と嘆息する。
それからようやく、仏頂面で口を開いた。
「君の発音がかなりムカつくから最初に言っておくがね、VOTEの言い方は英語に準ずる」「そうなのか」
「そうなのさ。初めにVOTEなんてやり出したのは、そこのラズベリークッキーと同じく、海外産のヴァンパイアなんだよ。美女さ」
「美女だったのか」
興味があるな。
「まだ生きていて、現在進行形で美女のようだ。まあこんなのは前置きだよ。本題に入ろう。VOTEというのは、君も知っての通り、妖怪棟梁を決めるためのバトルロワイヤルだ。人間とタッグを組んでな」




