Chapter-17
朱鷺光の作業部屋、ではなく2階の居室。
まるまるワンフロアである作業部屋ほどの面積はないが、それでも8畳相当ある。
「R.Series以外の、高度な自律型ロボットだとかアンドロイドの可能性ねぇ」
朱鷺光は、未だ眠たそうに、目の下に隈を作ったまま、ポケットから禁煙パイプの箱を取り出し、口に咥えた。
すでに、窓の外は暗い。
母屋の階下では、例によって、腕白ざかり3人組の夕飯時で、戦争のような状況になっていたが、朱鷺光と弘介は、一度土浦警察署で情報の整理をしてきた淳志と友に、朱鷺光の部屋にいた。
折りたたみ足の卓袱台に、朱鷺光は、行儀悪く寄りかかっている。
資料の類は、基本的に階下の作業部屋に置いてある。それも、殆どは電子化されていた。そうでないと、コムスターが参照するのに困るからだ。
それでいて、この部屋にも本棚があったりするのだが、そこにはマンガやラノベなど、サブカル系の書籍がぎっしりと詰め込まれていた。
朱鷺光達は、ぎりぎり、滑り込みの昭和生まれだが、その中でも朱鷺光は、「一足遅れの遺物なんだよなぁ」と、自嘲するほど、この手の書籍に関しては、実際に紙の書物を手にしないと落ち着かないタイプだった。
もっとも、コムスターがサブカルに疎いわけではない。Web閲覧はお手の物だし、朱鷺光が許可すれば、電子書籍なども買っていた。
────閑話休題。
「存在が可能か否かで言えば、そもそもR.Seriesの存在自体が、可能である、ってことの証左だからなぁ」
朱鷺光は、困惑気に、咥えた禁煙パイプを揺らしながら、そう言った。
「でもさぁ、いきなり、R-Systemみたいな、自然なものが、できると思う?」
シータが、どこか不機嫌そうに、問いかけるように言った。
「うーん、超天才の俺がやって、コムスターの初稼働から、オムリンができるまでに2年、シータまでに7年だから、まぁ、前々からやってたところならそろそろ出来てもおかしくないんじゃないの?」
朱鷺光は、禁煙パイプを揺らすのをやめて、そう言った。
「パティア、つまり、姉さん相手に互角以上の戦闘ができるような?」
シータが、やはり不機嫌そうなまま、訊き返す。
パティアは、朱鷺光の隣に腰を下ろし、オムリンは、窓から、庭を見下ろしていた。
「まぁ、戦闘に振り切るか人格再現に振り切るか──で、虻蜂取らずにはなりそうな気もするけど、だからといってなんともならないか、と言われたら、完全にそうとは言えない」
「そんな、曖昧な」
困惑したように、禁煙パイプを咥えたまま、足首を持って背を反らしながら言う朱鷺光の答えに、シータが、やはり不満そうな声を出す。
「だが、問題はそれができる人間ないし組織が、朱鷺光と表立って敵対したり波田町のオッサン殺したりする意味がない」
「そうそれ、さっきから引っかかってんのはそこよぉ」
弘介が言うと、朱鷺光は、禁煙パイプを指で挟んで口から離しながら、そう言った。
淳志が、ポケットに手を伸ばす。
「この部屋でもダメ」
朱鷺光が、そう言って、それを制そうとするが、
「居間が使えないんだ、1本ぐらいいいだろう」
「しょうがねーな」
淳志が、不機嫌そうに言うと、朱鷺光はそう言って、ため息をついた。
シータが、PCデスクの上に置かれていた、卓上型空気清浄機を、卓袱台の中央に移動させる。オムリンが、カラッ、と、窓をわずかに開けた。
淳志が、ゴールデンバット・メンソール・シガーを1本咥えて、火を点ける。
「で、そのあたり、お前さんなんか解ったことがあるから、こうしてわざわざ来たんじゃないの?」
「ああ」
一度、じっくりと紫煙を堪能した淳志に、朱鷺光が問いかける。
すると、淳志は、肯定の声を返して、1部のA4ファイルを、卓袱台の上に置いた。
「なんじゃこら?」
朱鷺光は、そう言って、ファイルを手に取り、開く。
「ちょっ、おまっ!」
その途端、面食らったような声を出した。
「公安の資料じゃないの。良いのかこんなの」
「どーせお前には隠しようがないし、隠しても意味のないものだからな」
朱鷺光が、どこか気まずそうに言うが、淳志は、知ったこっちゃない、というような返事を返した。
朱鷺光が、どうなっても知らんぞ、と言わんばかりに、歪んだ表情で唇を尖らせながら、ぱら、ぱらとページをめくっていく。
弘介とシータが、その背後から、身を乗り出すようにして、覗き込んだ。
「お待たせしましたー」
その時、イプシロンが、コーヒーの入ったカップを3つ、お盆に乗せて、室内に入ってきた。
「淳志さんには、ちょっと濃いかもしれませんが」
「いや、疲れてるし、丁度いいよ」
多めの豆に、普段“マイルド”で抽出しているところを“レギュラー”にセットして淹れたコーヒーを、イプシロンは、そう言いつつ、朱鷺光、弘介、淳志のそれぞれの座っている前に置いた。
「MELONPARKシステムの構築と実験……UWD(University of Wictor=Dhondria)の研究、つうか実験だな」
「メロンパーク?」
朱鷺光の言葉に、弘介が訊き返す。
「あれー、お前知らなかったっけ?」
「聞いたことはある、UWDのハードウェア・ニューラルネットワークによる人工知能構築実験だろ」
朱鷺光が、スットボケたような声を出したのに対して、弘介は、少し不機嫌そうにそう言ってから、イプシロンが用意してくれたコーヒーに、砂糖をひとさじ落として、かき混ぜ、口に運ぶ。
「ぷはっ」と、弘介はコーヒーカップを下ろしてから、
「たしか、人体実験まがいだってんで、お前が散々嫌そうな顔してたやつじゃないか」
と、不愉快そうな表情で言った。
「そう」
朱鷺光は、そう言って、険しい表情になる。
「その辺、俺にもちょっと説明してもらえるか? その資料だけでは、ちょっと俺には、ぼんやりとしかわからなくてな……」
淳志が言った。
「今の所人工知能の開発の最大の問題がフレーミング問題の解決だ。が、厳密に言うと俺達、ソフトウェア実装の疑似ニューラルネットワーク派閥は、俺に限らず9割9分方解決してんのよ」
「と、言うと?」
朱鷺光の言葉に、淳志が訊き返す。
「超高速大容量のハードウェアとビッグデータ持ってきて、ディープ・ラーニングである程度ニューラルネットワークを成立させちまえばいい。ハードの順当な高性能化とWebの普及がそれを可能にしたからな」
「実際、コムスターやオムリンはこれでつくられてるんだ」
朱鷺光の言葉に、弘介が付け足した。
「ソフトウェアっつー人間からもコンピューターからも書き換えやすい相手だから、楽なのよ」
と、朱鷺光は言いつつ、ページを巡る。
「それに対して、フローウェア実装によるハードウェア・ニューラルネットワーク派閥はちょっと出遅れててな、フローウェア解析のたんびに手間かけて再実装してたんじゃどんだけ時間あっても足んねぇわけ」
「なるほど? でも、それと人体実験って単語と、どうつながるんだ?」
淳志が訊き返す。
すると、朱鷺光は、砂糖2さじとスキムミルクを落としたコーヒーを一口煽ってから、
「すでに成立している既存のニューラルネットワークからフローウェア実装可能な要素をコピーしちまえばいい」
と、ゆっくりした口調で言った。
「? それと人体実験と、どういうつながりがあるんだ?」
「わかんないかなぁ」
淳志がなおも訊き返すと、焦れたような声を上げたのは、シータだった。
「成立してる既存のニューラルネットワークをコピーする、でもあっちの陣営はまだそもそも成立してるフローウェア実装可能な人工ニューラルネットワークを持ってないわけ、だから、メロンパークシステムに使われている、既に成立している既存のニューラルネットワークっていうのはねぇ……────」
「!」
そこまで言われて、淳志も気がついた。
「────生きた人間の脳か──!」
「ま、べつにコピー元の人間が廃人になっちまうとか、そういう話は出てきてはいないんだがな。ただ、個人のプライバシーとか良心とか、全部筒抜けって話になるから、人権的にどうなのよ、って話」
朱鷺光は、資料のページをめくりながら、淳志に視線も向けずにそう言った。
「まぁ、でも、実際この程度の資料、俺にはたしかに今更……」
と、朱鷺光は言いかけて、
そこで、表情を歪めた。
「おい……シロ、見てくれ、これ……」
朱鷺光は、それを指差して、イプシロンにそれを見せた。
「え…………」
イプシロンも絶句する。
弘介やシータ、それにパティアやオムリンまで、何事かとそれを覗き込んだ。
────Project MELONPARKの諸問題に対する解決案
──小型高性能FPGA管理システムの導入。
──有力な実在する候補:Library STAGE/90




