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Chapter-18

「すみません、今、カレー温め直してますんで」


 ファイがそう言った。


 台所では、両面焼グリル付ガステーブルの更に隣りにある、低い台に、うどん・ラーメン用の大火力鋳物コンロと並んだ、マッチ式の一口テーブルコンロが、カレーの入った大きな寸動鍋を温めている。


 低い調理台とガステーブルの、並んだ上の空間には天吊りキャビネットがなく、台所の奥側についた30cm径の金属フィルター型三菱コンパックが回って、排気をしているが、それだけでは足りないのか、それともリビングの換気扇が動いていて負圧がかかっているのか、ダイニング兼用のリビングにも芳醇なカレーの香りが漂ってくる。


 朱鷺光と弘介……と淳志は、朱鷺光の部屋から、ダイニング兼用のリビングに降りてきていた。


 一度腕白ざかり3人が夕食をとって戦場となっていた、キャスター付きのダイニングテーブルを、ファイが、一度台拭きで拭き取っている。


「てか……淳志、お前さん帰らなくていいの?」


 朱鷺光が、ダイニングチェアのひとつに腰掛ながら、テレビの前のローテーブルの方に座っている淳志に声をかける。


 すると、淳志は、ゴールデンバット・メンソール・シガーを1本咥え、火をつけようとしているところだった。

 朱鷺光が、少し険しい顔になる。

 弘介が、疲れたようにため息をついた。


「お前さんがお祭り騒ぎ起こしてんだ、定時に帰っても意味ないさ。時間外、きっちりもらわなきゃな」


 淳志は、火を付ける前のタバコを一旦、口から離して、そう言ってから、咥え直し、火を点ける。


「セッコ」


 弘介が、苦笑しながら言った。


 朱鷺光は朱鷺光で、龍角散エチケットパイプのグレープフルーツフレーバーの箱を取り出し、1本咥える。


「しかしこれで()()()()つながったな……」

「ああ」


 弘介の言葉に、朱鷺光はそう言いつつ、多少気怠そうに、椅子の背ズリに寄りかかっていた身を起こした。


「ウィクター・ドーンドリア大学、メロンパークシステムの実験、『Library STAGE』、そして打倒オムリンに執着していた波田町教授、と」


 朱鷺光は、指折り数えるようにして、そう言った。


 パティアは、立ったまま、吐き出しになっている窓から、夜の庭を見ている。


「どうにも波田町のオッサンとの繋がりが弱いなぁ、と思っていたんだが、オムリンを倒すだけではなく、それを回収しようとしていた──となれば説明はつく」


 朱鷺光は、エチケットパイプを咥えたまま、真剣な表情になって、言う。

 淳志が、紫煙を吐き出した。ローテーブルの方で作動音を立てている、空気清浄機に吸い込まれていく。


「だけど、オムリンの設計自体は漏れてしまったんじゃないのか」

「設計だけはな」


 淳志の問いかけに、朱鷺光は即答した。


「『Library STAGE/90』は、それ自体は今となっちゃ大してプロセスルールも細かくない、シーケンス制御用ERFPGAとその実装フローウェアリストを管理する、これも今となっては時代遅れのCPUから成立してる」


 まず、利き手で真円を描く、とする。

 人間は、まぁフリーハンドで描けば当然歪むが、それっぽいものは描ける。

 シータやオムリンは、コンパスで描いたような真円をかける。


 次に、反対側の手で正三角形を描く、とする。

 人間は、苦労して歪だろうが、まぁそれっぽい三角形を描くことになる。

 シータやオムリンは、定規で図ったような、全部の辺が一定で1つの内角が60度の正三角形をかける。


 最後に、利き手で真円を描きながら、同時に反対側の手で正三角形を描く、とする。

 多くの人間は、うまく行かない。別々の意識を両の手で同時に実行する事が難しいからだ。

 できるとすれば、それは、そのための訓練を受けた人間である。


 ではシータはどうなるか、と言うと、これがまたうまく行かない。

 人間同様、図形を描く、というフレーミング処理がどちらか一方に偏って、分散させることが難しいからだ。

 当然、ファイやイプシロンがやっても、同じ結果になる。

 ソフトウェア実装なので、強引に、分散しろー、という命令を加えることもできるが、それは、その時点で、人工知能による判断と呼べるものではなく、ただのシーケンサ制御である。


 が、オムリンは出来てしまう。

 主演算をつかさどるCPUの他に、『Library STAGE』によるシーケンサ制御を、並行して行えるように作られているからだ。


 実際、シータやファイ達をアンドロイドと定義するなら、オムリンは、厳密には、人工知能による自律型(アンド)完全人間形態ロボット(ロイド)ではない、のである。

 朱鷺光も、世界初のアンドロイドはシータである、というのを公式の立場にしていた。


「問題はそれを管理するソフトウェアの経験値よぉ」


 朱鷺光はそう言った。


 『Library STAGE』のシステムを円滑に動かすには、これまでの(ライブラ)験から収集(リング)したフローウェアリストから、最適のものを選んで実装する管理システムの能力が必要だった。


「簡単に言っちゃうと、オムリンは自我たるA.I.の他にもうひとつ原始的なA.I.を積んでんのよ。まぁ、昔の自動学習プログラムに毛が生えた程度のようなもんだけどな」


 朱鷺光は、まず自分の頭を指して言い、その指先を延髄のあたりに動かしながら、そう説明した。


「メロンパーク計画の連中は、そいつが欲しい──わけか」

「ソフトの出来はどうあれ、今までに蓄積されたデータは早々簡単に再現できないだろうからな」


 淳志が、タバコを咥えたまま表情を険しくして言うと、朱鷺光もまた、挑戦的に笑って、そう言った。


「バックアップは存在しないのか?」

「それを間違っても盗み出されないよう、あるいは盗んでも活用できないよう、ダミーを分散して転がしてあんのよ」


 淳志が訊き返すと、朱鷺光はにたりと笑ってそう答えた。


「なるほど、木の葉を隠すなら森の中、か」

「そうそれ」


 淳志の言葉に、朱鷺光は指差しながら答えた。


「教授も、その判別は左文字朱鷺光か、R-1自身にしか出来ないと言っていた」

「波田町のオッサンをしてね、なるほど効果は抜群だ」


 パティアが、室内の方を振り返って言うと、淳志は、そう言いながら、短くなったタバコを、来客用の灰皿で、もみ消した。


「ホンっと、性格悪いよな、お前」

「やっかましいわ」


 弘介の呆れたような言い種に、朱鷺光は言い返す。


「さて、皆さん、準備できましたよ」


 シャツとズボンにエプロン姿のファイが、そう言って、カレー皿に、大盛り気味のご飯に、ルーそのものからファイ手製のカレーがかけられて、3人前、ダイニングに持ってきた。


「さて、メシ、メシと」


 淳志もローテーブルからダイニングテーブルの方に移動し、弘介とともに、スプーンを持ってカレーに手を付けようとする。


「そいやファイ、祖父さんどうした?」


 朱鷺光が、スプーンを手に取りつつも、ファイにそう訊ねた。


「さぁ……夕食後は自室に戻られたようですが」

「姉さんこっちにいたからね」


 ファイに続いて、シータが言う。


「自分の部屋で艦◯れでもやってんじゃないの?」


「朱鷺光、そのツラで道歩いてたら、俺ならまず職質かけるぞ」


 ニタッと笑う朱鷺光に対し、淳志がそう言った。


「いやなに、さっき上げた中で、まだしっかり繋がってない連中がいるだろ」

「なんかあったっけ?」


 朱鷺光が言うと、弘介が訊き返す。


「…………ストラト・フォーか」

「そうそれ」


 淳志の言葉に、朱鷺光が不敵に笑いながら言う。


「まぁ連中のバックボーンもなーんとなくは見えちゃいるが」


 朱鷺光は、顎を擦るようにしながら、言う。


「影のCIAだかなんだか知らねぇが、所詮は民間企業よ。どこの誰にケンカ売ったんだか、ちょーっとご理解いただこうと思ってな」


「焦土化はよせよ、公安から文句が来る」

「そこまではやらないよ」


 淳志が、慌てたように言うが、朱鷺光は、妙に楽しそうに笑いながら、言う。


「どうだかな……」


 淳志は、ジトーっとした視線を向けながら、そう言った。


「ただ、まぁ弱点は日本もアメリカも一緒さ、メディア束ねてっとこにちょっと鼻薬を効かせりゃ、ね?」


 朱鷺光はそう言うが、淳志は不審そうに朱鷺光を見るのをやめない。


「さて、とりあえず、まずは冷めないうちに、メシ、メシと」


 朱鷺光は、それを誤魔化す意図かそうでもないのか、言いながら、カレーに手を付け始めた。


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