6話「月明かりが照らす光景」
■ 月明かりが照らす光景
日も暮れてきた頃、僕はシノから軽い手当を受けていた。どうやらさっきの戦いで右手の甲を少し痛めたみたいで、彼女に包帯を巻いてもらっている。
「光刃を拳で弾き返す際に展開していたエーテルの強度が足りなかったのでしょう。私も幼い頃に似たようなことをして刀を一本駄目にしてしまったことがあります。尤も素手で光刃を弾き返すような芸当ができる者を私は片手で数えるくらいしか存じませんが」
「それってリン?」
「彼女の戦闘スタイルはジンもよくご存じでしょう?」
「まぁ、力こそパワーって感じではあったかな。でも、ああ見えて近接だけじゃなくて遠距離にも対応できるからなぁ」
「だから余計たちが悪いのです。あの脳筋兼腹筋女の戦闘スタイルは」
「腹筋の話は、本人気にしてるから絶対口にしちゃだめだよ(1敗)」
「知っています。昔それで大げんかになりました」
手遅れだった。やっぱり仲悪かったのだろうか?しかし、シノの動きも尋常ではなかったのを鑑みるに彼女の身体能力の高さも相当のものだろう。あの全身バネみたいな躍動感ある動きはしなやかで柔軟な筋肉があればこそだ。それこそ腹筋だって…あ、
僕の目線が自分の腹部に向けられていることに気付いたようだ。シノがジトっとした目でこちらを見ている。かわいいけど、ちょっと怖い。
「私は割れてませんよ」
「…まだ何も言ってないよ?」
「私はそんなに割れてません。むしろしなやかで柔軟な」
「わかった!わかったから!それ以上言わなくていいから!」
放っておくと大変なことになりそうだったので腹筋の話はほどほどにしておいた。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとう」
戦闘中は鋭い表情を見せていたシノだったが、今はおっとりとしている。こっちが彼女の素なのかもしれない。
「ところで、ここの…心苑だっけ?なんか僕が昔来たことある場所にそっくりなんだけど、これは一体?」
「この心苑はリンが形成したものなのです。さしずめ私はその管理人と言ったところでしょうか」
リンの記憶が元になっているってことかな。だから柱のキズとかも再現されていたのだろうか。心苑についてはまだまだわからないことが多いなと考えを巡らせているうちに今度はシノが別の話題を振ってきた。
「さて、ジン。リンに会うためには他の四大全員とジンの力が必要です、と伝えた件ですが」
「うん」
「端的に言うと、リンは400年前の大きな戦いでの負傷が原因で四大の力の多くを失い、現在は深い眠りについています。彼女が真に目覚め、完全に力を取り戻すには私を含め他の四大とジンの力を合わせなければなりません」
「負傷って、リンは大丈夫なの?」
「すみません。言い方が悪かったですね。彼女の場合、身体的な外傷がひどいというわけではなく、エーテルエネルギーを大きく消耗している状態なのです。それで彼女を完全に回復させるためには我々四大とジンの力が必要になる、といった具合です」
「具体的にはどうすれば?」
「それは…」
シノが言い淀む。少し気まずい雰囲気の中、彼女が口を開いた。
「すみません。ジンの力が必要な理由について今話すには色々と準備が足りていません。四大はこの世界の成り立ちや理に深く関わる存在なので、まずはジンにもこの世界のことについてもう少し知ってもらってから、ということで一旦納得してもらえませんか」
「わかった」
シノが深々と頭を下げる。
「日も暮れてきましたね。ご存じでしょうが、少し離れた先に小屋があります。今日はそこで休みましょう」
そう、自分の記憶の中にある山の修練場には寝床をはじめ割と生活用設備が整った小屋がある。僕とシノはまだ陽が沈まない内に小屋の方へと向かって歩き出した。
到着した小屋は僕の記憶そのままに三人分の寝床(布団)とテーブルに椅子等が備え付けられている非常に簡素なものだった。僕は自分の布団を敷いた後、同じく布団を敷いたシノにこの世界のことについていろいろと聞いているうちに夜は更けていき、怒濤の展開の疲れもあってほどなく寝落ちした。
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「ッ!」
今度は「気が付きましたか」の声は聞こえてこない。もう寝ちゃったのかなとシノの布団の方に目をやるが、もぬけの殻だった。
「どこに行ったんだろう?」
実は今日の出来事は全部夢だったのではないかと不安に駆られた僕は小屋を出て再び修練場へ向かった。
「誰もいないな」
修練場もまたもぬけの殻だった。しかし、昼間の闘いの爪痕が残っているのを確認して僕は軽く安堵するとともに今度はシノの行方が気になった。修練場にもいないとなると滝の方だろうか。月明かりが照らす光を頼りに僕は滝の方へと向かう。
滝の方へ向かう途中、僕は今日のシノとの出会いについて思いを馳せる。その印象は鮮烈で特に闘いの時の光景がなかなか頭から離れない。思えば自分が真っ向勝負で負けたのは師匠以来だなと今更ながらに思い出した。
コオロギやキリギリス等の虫の鳴き声が聞こえる山中を進んでいくとそれらをかき消すかのように滝の音が聞こえてくる。僕は茂みをかき分けて滝近くの水辺に出ようとしたところで慌てて身を隠した。というのもそこには水浴びをするシノの姿があったからだ。月明かりが周囲を照らしていて水辺で反射していることもあり、真夜中にもかかわらず視界は非常に良い。心臓がバクバクいってる。
気付かれないうちにこの場を立ち去ろうとするが、焦って足下の小石を蹴ってしまい、水辺に静かな、しかし明白な落下音が響き渡った。
「ッ!?」
ああ、バレたなこれは。ジンは観念して後ろ向きの状態で姿を現す。
「その、ごめん。目を覚ましたらいなかったから…」
「い、いえ、その、大丈夫です。気にしてませんから」
しばしの沈黙の後、シノは「少し離れた先で待っていてください」と告げ、ジンは言うとおりにする。暫く待っているとシノが戻ってきた。
「…」
「…」
気まずい。こういう時何て言えばいいんだろう。選択肢を挙げてみる。
「スタイルいいね!」
「眼福でした!」
「着痩せするタイプなんだね!」
だめだ、好感度上がりそうな選択肢が一つもない。直前の選択肢という意味では、そのまま寝てるのが正解だったまである。でも、それでバッドエンド直行になるゲームもあるんだよね。
「ジンも行ってきてはいかがですか。身体を清潔に保つことも大事ですよ」
「…うん」
「あまり気にしないでいただけると私としても助かります」
「はい。以後気を付けます」
「私は先に戻っていますね」
シノが天使に見えてきた。僕は言われたとおりに滝の方へ向かった。
滝に向かう途中、ジンはさっき見た光景を思い浮かべる。一瞬だが、彼女の首筋付近の背中に紋様らしきものを月明かりが照らすのが見えた。あれは一体?ちなみに、シノの腹筋はちょっと割れてた。
その後、帰路につくシノは何やら独り言をつぶやいていた。
「仕方ないだろ。不可抗力だ。それに貴様だって似たような経験の1つや2つくらいあるんじゃないのか?…なんだ、ないのか、フッ」




