1話「銀世界」
目を覚ました仁はさっきまでとは似ても似つかない場所にいた。
「ここはどこなんだろう?異世界ってやつ?いや、まさかね」
そこは雪山だった。かなり吹雪いてる。ちょうど冬前の衣替えの時期で助かった。とはいえ、このままだと寒さで凍死しそうだ。体がガタガタ震えてる。僕は雪に足を取られておぼつかないながらも必死に歩を進める。
「凜、大丈夫かな?」
寒さとパニックでどうにかなりそうな中、僕はついさっきまで一緒にいた幼馴染みの少女に想いを馳せる。彼女もこの雪山のどこかを彷徨ってるのだろうか?無事だと良いけど。
「あ」
吹雪で視界が悪くてほとんど何も見えてなかったからぶつかる直前になるまでわからなかったけど、どうやら行き止まりみたいだ。てっぺんが見えないくらい高い絶壁がある。
途方に暮れつつ引き返そうとして時計回りに180度ターンする。そして次に首だけ反時計回りに90度ターンして目を見開いた。
「洞窟だ」
正面の岩壁に大型トラックが余裕で通れそうなくらい大きな穴が空いていた。僕はひとまずその中へ避難し、壁にもたれ掛かって息をついた。それにしてもこの穴、かなり大きいな。あと、あちこちに結晶が出来てる。
結晶は自然に出来たとは思えないくらい規則正しくカットされた宝石のような形をして輝いていた。 洞窟の奥へ目を向けると天井だけでなく両端にも結晶群が形成されていて中央は奥へ続く道になっている。
奥にある結晶は入り口付近のそれに比べると微かに発光しているように見える。そのせいか洞窟の中は思ったより明るい。
「ちょっと奥の方も見てみるか」
極寒による体力の消耗が激しい体を起こして洞窟の奥深くへ足を踏み入れていく。
-----
洞窟の奥へ進んでいくほど周囲の結晶の輝きが増していく気がする。それに微かに息づかいのような音が聞こえてくる。…なんだろう、ものすごくいやな予感がしてきた。引き返そうかと思った矢先、目の前に巨大な結晶の塊……ではなく生物が現れた。
「…竜?」
目の前にいる生物は漫画やアニメで見たことのある姿形をしていた。全身が硬そうな青白い鱗と結晶で覆われていて、背中には二対の羽が生えている。さっきから聞こえてた息づかいはこいつの寝息か、って冷静に分析している場合じゃない!やばい!やばい!やばい!このデカさはやばい!
どうする……落ち着け、まずは音を立てずにゆっくりと後ずさりを…って、うわっ!
地面がグラグラ揺れている。かなり大きい揺れだ。地震、いやもしかして雪崩か?僕は地に伏せて揺れが収まるのをじっと待った。
「…収まった?」
立ち上がって体勢を整え、ふう、と息をついたところで自身の置かれた状況が非常にまずいことに気付く。
「あ」
目を覚ました竜がこっちを見てる。心なしか睨んでるように見える。「我の眠りを妨げるのは何者だ!」みたいな。僕は一目散に洞窟の入り口へ向かって走り出した。
-----
「ああ、そんな。冗談であってほしい…」
洞窟の入口が雪の塊で塞がっていた。どうやらさっきの揺れはやっぱり雪崩によるものだったようだ。そして、背後にはさっきの竜が迫ってきていた。
「…やるしかないか」
僕は覚悟を決めて戦闘態勢に入る。常人とは異なるレベルの身体能力とその自覚があるとはいえ、こんな巨大な竜相手にまともに闘えるのだろうかという考えが一瞬頭をよぎったが、僕はそれを振り払う。
「グルルルゥ…」
全神経を研ぎ澄ませ、竜の動きを観察する。こちらを睨んだまま前足を地面について動かないが、殺気に似たようなピリピリした空気を感じ取る。 そして次の瞬間、けたたましい咆吼が鳴り響き、続いて青白いブレスが放たれた。
僕は咆吼にひるむことなく、ブレスを回避する。そして無防備になった竜の顔面に豪快な跳び蹴りをお見舞いした。
「グガァァァ────!!!」
蹴っ飛ばされた竜は壁に叩きつけられ、苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちる。
「…あれ?一撃で倒しちゃった」
それなりに強く蹴り飛ばしたつもりではあったが、一撃で竜を撃退した以上に自分の動きが以前よりもキレッキレなことに驚きを隠せなかった。
竜が吐いたブレスの方を見ると岩壁が溶けていた。うわー、怖い…回避できてよかった。
溶けた岩壁を見て肝を冷やす。そして、振り返ると目の前に先ほどの竜の顔があった。
「ッ!」
再び戦闘態勢に入ろうとする僕だったが、さっきまでとの空気の違いに気付いて構えを解く。竜はさきほどまでの好戦的な雰囲気とは打って変わって、キラキラと目を輝かせながら僕を見ていた。
「なんだろう?懐かれたのかな」
竜が思いっきり顔を近づけて来た。
「近い近い、もうすこし離れてく、ヒェ…」
顔を舐められた…くすん、もうお嫁、いや、お婿にいけないよぅ。竜は次に顔を擦りつけてきた。なんだこれ、もしかしてじゃれてるのか?さっきまでと違って目の前の竜には敵意が感じられない。むしろ好意的ですらある。なんというか長年待ち続けていたご主人様が突然帰ってきた、そんな雰囲気。
それからしばらく竜は僕に一方的にじゃれていたが、急に離れたかと思うと尻尾で僕を掴んで背中に乗せ、洞窟の奥の方へ歩き出した。そして寝ていた場所まで来たあたりで真上に飛び出した。さっきは気付かなかったけど、竜の寝床の真上は空洞になっていたようだ。
竜はそのまま上昇していき、洞窟の空高く上空へ飛び出した。相変わらず視界は悪いが、そこにはあたり一面美しい銀世界が広がっていた。天気が良ければその光景に情緒を感じる余裕があったかもしれないが、今は吹雪である。加えて上空なのでさっきよりも一段と寒い。 相変わらず寒さにガタガタ震えっぱなしの僕だが、竜はそんな僕などお構いなしに高速で雪山の上空を駆けていく。
-----
20~30分くらい飛んでいただろうか。竜は雪山の山頂らしき場所に向かっているようだ。視界に何か建物のようなものが写った。
「あれは…城?」
山頂は広々とした大地になっており、氷と巨大な結晶に覆われた古城を中心に広大な庭が広がっている。半径数kmはありそう。
あちこちに結晶の山みたいなのがある。竜は古城の入口前に着陸し、僕を降ろした。そして、僕に古城の中に入るよう促すかのように顎をくいくい動かす。
それより暖取ってくれないかな。しかし、さっき吐いたブレスは人を暖める類のそれとは違ったので期待薄である。まともに喰らったら原形留められなさそう。
「城の中に何かないかな」
竜は入口付近から動かない。ここで立ち止まっていても埒があかないので、僕は凍り付いた古城の中へと足を踏み入れた。
-----
古城の中へと足を踏み入れた僕は最初何かしら寒さを凌ぐための道具や食料を探していたが、すぐに断念した。
「城というより廃墟だな、これじゃ」
古城の中はかなり荒廃しており、ボロボロだった。放置されてかなりの月日が経っているように見える。
一方で、あちこちに散らばる結晶が青白い光を放っていてさっきの洞窟と同じで周囲は結構明るい。
「この結晶さっきの洞窟でも見かけたけど、あの竜の体の一部か何かなのかな?」
古城の中の結晶は竜の体を覆っていた結晶にとてもよく似ていた。
古城の奥に進んでいくと、だだっ広い部屋にたどり着いた。中央に鳥居みたいな門が見える。
「何でこんなところに鳥居が…」
西欧風の古城にはなんとも場違いな建造物だった。今にもシャン、って感じの音が聞こえてきそうだ。
「文字が彫ってあるな。ええと、なになに?」
「何人たりとも我らの心苑に立ち入ることなかれ」
…どういうことだろう?いや、それよりも、どうしてこの文字が読めるんだ?
それは僕が知る文字ではない、はずだった。少なくともひらがなやカタカタ、漢字、アルファベットの類ではない。しかし僕には読めた。
「うぐっ」
なんだか頭痛がする。知恵熱が過剰に出てるような感覚を感じると同時に身体が白い光を発し始めた。
「ハァハァ…」
ほどなくして軽い息切れと動悸に襲われてこれはヤバいと思ったその時、目の前の鳥居が自身の身体が発する光と共鳴するかのように光を放ち始める。それと同時に鳥居の向こう側の空間が歪んでいるように見えた。
「入れ、ってことかな?」
僕は何かに吸い寄せられるように鳥居をくぐった。目の前には光の靄がかかった風景が広がっていてどこまでも続いているように見える。
通常なら引き返したくなるところだが、さっきまでの身体の不調が和らいできたのを感じた僕は意を決してそのまま光の靄の中を進む。しばらく歩いているとあたりの様子が一変し、そこには見慣れた風景が広がっていた。




