0話「荒っぽい招待」
季節は秋。紅葉の時期が過ぎ去って肌寒さから冬の訪れを感じる今日この頃。
神台高校の三年生である神坂仁は下校途中に村の外れにある高台の神社に向かって走っていた。
このままだと1分遅刻である。人によっては許容範囲かもしれないが、待ち人は時間にうるさい。仁もそれはわかっているので少しでも遅刻時間を短くするために走る。
高台の麓にある鳥居とともに不機嫌そうにこちらを見る待ち人の姿が見えてくる。到着と同時に僕は少しわざとらしく息を切らして疲れた素振りを見せた。
「おそい」
「ごめん。桂先生に呼び止められてさ。ふぅ…」
「進路の話?」
「あー、まぁそんな感じ」
「私も先週似たようなことを聞かれたわね、テキトーに流したけど。父さんの言いつけもあるし」
こんなことを言いながら軽くため息をつく待ち人の名前は八神凜。
容姿端麗で運動神経抜群、髪型は黒髪ロングのストレート、高身長でスラッとした背筋にキリッとした目つき、一言で言うとかなりの美少女である。
僕は下校途中なので制服を着ている一方、彼女はすでに帰宅していたらしく、今は私服姿だ。
上半身におへそがちらっと見える白いクロップドブラウスの上に黒色のブレザー、下半身に同じ黒色のフレアパンツを纏うその姿は彼女の端麗さとスタイルの良さをより際立たせている。なお、腹筋が割れていることを指摘すると拳が飛んでくるので要注意(1敗)。
「行くわよ。あと、この後軽く稽古に付き合いなさい」
僕は軽く頷いて凜と一緒に高台の階段を登っていく。
「今朝の話の続きだけど」
「ん?」
「父さんがいなくなる直前に神社に入っていくのを見たのよね?」
「うん。暗くてよく見えなかったけど、あれは間違いなく師匠だったと思う」
凜が父さん、僕が師匠と呼んでる人、八神焔から僕達は常日頃、武術や闘いの心得みたいなのを学んでる。つまり武術の先生だ。
かなりきついけど、武術自体は実践的で楽しいし、体も鍛えられて強くなれるからいじめとは無縁の学校生活が送れてよい。かわりに一部で怖がられてるっぽいけど。
「そういやさ」
「何よ?」
「うちの道場って何で門下生僕たち二人しかいないんだろ?」
「稽古に付いてこれるのが私たちだけだからに決まってるでしょ」
「…そだね」
師匠の稽古は過酷である。その過酷さや我が子を千尋の谷に突き落とすが如く、それ以上はちょっと形容し難いもので最近はともかくかつては凜と一緒に泣きながら課題をこなしていた。 いや、泣いてたのは僕だけだったかも?凜は大体怒ってた。怒ると怖いんだよね、この子…
で、今日この神社に来たのは最近姿が見当たらない師匠を探すためだ。師匠は時折ふらっと家を留守にするので、最初は僕も凜もそのパターンだと思ってたんだけど、さすがに2週間経っても帰ってこないのはおかしいと思い、最後に師匠を見たこの神社に探しに来た、というわけだ。
百段以上ある階段を登った僕達はそのまま境内を歩き回り、師匠を探した。
この神社には本殿と拝殿に社務所、あとは住んでる村を一望できる展望台がある。拝殿や無人の社務所の周りを一通り回ってみたけど、師匠の姿は見当たらず。
僕と凜は展望台にあるベンチに腰掛けて軽く休憩を取ることにした。うーん、風が気持ちいい。
「師匠、どこ行っちゃったのかな」
「さすがに留守にしてはちょっと長いわよね」
普段は人前だと弱みを見せない凜も今日はどことなく不安そうな顔をしている。
実際のところ、僕も不安だったが、そこはちょっと格好付けたい年頃なので顔に出さないようにしていた。
「…」
「…」
幾ばくかの沈黙の後、凜が話を切り出す。
「ねぇ、仁」
「うん?」
「私たちって普通の人間なのかな?」
「まずは普通の定義について話痛っ!」
デコピンされた。
「茶化さないで。真面目な話してるの!」
「…わかった!わかったからその構えを解いて!」
凜は臨戦態勢に入ったままジトッとした目で僕を睨んでくる。顔が近い。デコピンされるのも嫌だけど、それ以上に目の前にいる凜の顔を直視できなくて僕はつい顔をそらしてしまった。だってかわいいんだもんこの子。
顔どころか耳まで赤くなってるのを気付かれないように手で軽く耳を覆い隠しながら頭をポリポリかくしぐさを見せつつ、質問に質問を返す。
「いつから自覚してた?」
「小学校に入ったあたりかな?それまでは私って運動神経いいんだなーってくらいに思ってた」
「あー、僕もその頃だなぁ、気付いたのは」
僕と凜は運動神経が良い…と言うのは非常に控えめな表現で、異常なくらい身体能力が高い。熊は軽々倒せるし、大岩だって素手で破壊できる。他にも色々あるけど、わかりやすいのだとそんなところだろうか。
「もしかしたら私たち別の世界から来たのかもね」
「それは漫画やアニメの観過ぎでは?」
「実際に漫画やアニメでしか観れないようなことやってるじゃない、私達。それにエーテルなんて扱えるのは私達以外にいないみたいだし」
子供は大抵の場合、最初は知識を得ることよりも経験によって物事を学ぶ。物理法則とか自然現象の原理とかそういうのを本格的に学ぶのはある程度学年が進んでからだ。
こういう経験はないだろうか、バトル漫画の主人公がめちゃくちゃ高いところから飛び降りてるのに何事もなかったかのように無事着地してたり、敵に吹っ飛ばされて壁にめり込んでるのにピンピンしてたり、正面から思いっきり剣で切られてるのに新章に突入する頃には完治してるのを見た結果、「人間って結構丈夫なんだな」と勘違いしてしまう、そんな経験。しかし、僕と凜そして師匠にはそれが可能なのだ(いや、みんな剣で切られたことはないけど…多分)。
そういうこともあって僕と凜は師匠に「普段、特に学校では力の限り加減しろ。あと、体を動かす行事やイベントには出るな」と仰せつかっている。なお、「力の限り加減しろ」って矛盾してない?って言ったら「細かいこと気にすんじゃねぇ!」って言いながら怒られた。ひどい。
「父さんは何も話してくれないけど、それなりに事情は知ってると思うのよね。あの人もちょっと…いえ、大概おかしいし」
「口下手なんだよ。師匠は最終的にはいつも拳で語り出すし」
「それはあなたの時だけでしょ」
話が逸れてきたのでそれとなく本筋に戻ろうとしてみる。
「で、どうしたの急に」
「… 」
凜は一呼吸おいて神妙な面持ちで口を開く。
「父さんがこのまま帰ってこないんじゃないかと思うと…」
凜は目にうっすら涙を浮かべながら僕の肩に身を預ける。
「仁はいなくならないでね」
凜が潤んだ目で見つめてくる。僕には両親が、凜には母親がいない。正確に言うと、僕は元々師匠の友人の子供で身寄りのない自分を師匠が引き取った、らしい。
凜の母親は僕や凜が物心がつく前に亡くなっている。凜はきっと不安なんだろう。僕も凜も師匠もさっき話してた事情から周囲とは一定の距離を置いて暮らしてきた。だから僕達の人生において師匠の存在は非常に大きい。そんな人がいなくなってしまうのではないかという不安で少し心のバランスを崩してしまっているのかもしれない。
「ぼ、ぼくはずっと凜といっひょ…一緒にいるよ。だから、安心して」
心臓がバクバク鳴ってるのを悟られないように頑張って言ってみたけど、盛大に噛んだ。うん、慣れないことはするもんじゃないね。
顔だけでなく耳まで真っ赤になってるのもバレただろうか。凜はクスっと笑ってそっと両目を閉じる。ああ、この子目を閉じちゃったよ。うーん、いいのか、いいんだよね?そもそもなんか凜の弱みにつけ込んでるみたいで、悪い気もするんだけど、女の子に恥をかかせるのは良くない、うん、きっと良くない。
何度か深呼吸してから僕は凜に向き直る。しかし、
「…」
凜がジト目でこっちを睨んでいた。あれ?もしかして時間切れ?と思ったその瞬間凜が僕の制服のネクタイを掴んでグイっと強引に引き寄せる。
「うわっ」
歯が当たったみたいでちょっと痛い。凜がすっと僕から顔を離して一言。
「…意気地なし」
ちょっと拗ねた顔だった。かわいい。
「私は…仁が好きよ」
「意気地なしなのに?」
「そういうとこも含めて…好き」
今度は笑顔になった。やっぱりかわいい。
「凜、僕は…ッ!!」
突如、僕と凜の周囲が銀色の光に包まれる。それと同時に体がものすごい力で上空に空いた穴に引き寄せられるのを感じる。
僕はとっさに凜の手を掴んで光の照射範囲から脱出を試みるが、時すでに遅し。僕と凜はスカイダイビングしているときのような体勢のまま本来落下するのとは逆方向に引っ張られていく。
「仁!」
「凜!掴まって!」
僕は凜の手を握る右手により一層の力を込め、凜も強く握り返す。二人は互いにもう片方の手も掴もうと試みるが、謎の光はさながら竜巻のように荒れ狂いはじめてそれを許さない。しばらく粘っていると上昇が止まり、銀色のもやがかかったような空間に到達した。 しかし二人が息をついたのも束の間、ジェットコースターの如く横方向に強く引っ張られる。
「今度は何!?」
「わかんないけど、さっきより力が強いっ!」
仁と凜は互いに手を離すまいと抵抗するが、空間内で発生する力場はすさまじく、二人は為す術もなく離ればなれになってしまう。
「凜!」
「仁!私は──」
凜の姿が見えなくなり、僕はさっきまでいた光の空間とはうってかわって薄暗い暗闇の中に投げ出された。今度はゆっくりと沈んでいく感じだ。
同時にどことなく意識が薄れていくのを感じる。僕は展望台での凜とのやりとりや直前の言葉を思い浮かべながらまどろみの中へと沈んでいった。




