第17話 公園の人形芝居
その週の金曜、レオンが市立初等校の角を曲がる前から、子どもたちの「もどれー」が聞こえていた。
工場の機械にも負けない声だった。門の前では、鞄を振る子、迎えの大人の袖を引く子、何も知らないのに一緒になって叫ぶ子までいる。レオンはまず時計を見た。遅れてはいない。次に周囲を見た。逃げた子どもも、追いかける先生もいない。
その騒ぎの縁に、ミラが立っていた。
鞄を胸の前に抱え、胸元の名前布を一度だけ見下ろしてから、レオンの方へ歩いてくる。走らない。それでもレオンを見つけた足は、最初の頃より迷わずこちらへ向いた。
ジュールがその後ろから顔を出した。
「ミラのレオン、今日も来た」
「今日も来たんじゃない。迎えに来たんだ」
「同じじゃん」
「同じに聞こえる時は、だいたい大人の事情がある」
ジュールは少しも分かった顔をしなかった。代わりに、教室の中へ向かって片手を振る。
「明後日、人形芝居あるぞ」
レオンは帽子の縁を直した。
「急に話が飛んだな」
「公園でやるやつ。木の人形が出てきて、ぽこんって叩かれて、逃げて、みんなで呼ぶと戻ってくる」
ミラの目が少し動いた。
「呼ぶんですか」
「うん。戻れって。声が大きいほどいいんだって」
ジュールは胸を張って、広場の真ん中にでもいるような声を出した。
「もどれー」
そばにいた子どもが笑い、別の子も真似をする。門の前の声が一段大きくなった。ミラは鞄の取っ手を持つ手を強くし、すぐに周りを見た。怒る大人がいないか確かめるような目だった。
ルシアンが横から静かに言った。
「公園なら、少し大きく言っても怒られない」
「先生は怒らないのか」
レオンが聞くと、ルシアンは少し考えた。
「先生は、公園にはいない」
「かなり強い理由だな」
ルノー先生が教室の入口から出てきた。名簿を閉じ、子どもたちを順に見てから、最後にレオンを見た。
「公園の人形芝居は、日曜の午後です。見に行くなら、帰りの時間と混雑に気をつけてください」
「入るのに紙は?」
「いりません」
「本当に?」
「公園です」
「公園、強いですね」
「何と戦っているんですか」
「財布です」
ルノー先生は目を細めた。
「財布に勝っても、子どもを見失ったら負けです」
「かなり大きい負けですね」
「大きいです」
レオンは素直に頷いた。先生の言葉は、たいてい短くて逃げ道がない。
帰り道、ミラはいつもより静かだった。
通りにはパン屋の焼けた匂いが残り、石畳の上を馬車の車輪がゆっくりこすっている。工場帰りの男たちの声が遠くから流れ、夕方の煙突は灰色の空に細い煙を上げていた。
レオンは歩幅を落としながら言った。
「人形、気になるのか」
ミラは鞄を持ち直した。
「みんなで呼んでも、いいんですか」
「公園ならいいんだろ」
「教室では?」
「たぶん先生に止められる」
「おうちでは?」
「うるさかったら、うるさいって言う」
ミラはレオンを見上げた。
「でも、追い出さない?」
レオンの返事が一拍遅れた。初めて部屋へ連れて帰った夜、自分が言った言葉を、ミラはまだ持っている。
「追い出さない」
「公園でも?」
「公園は俺の部屋じゃないから、追い出す権利がない」
ミラは少し考えた。
「公園は、怒りますか」
「公園そのものは怒らないだろ。怒るとしたら、公園にいる大人だな」
「大人は、怒りますか」
「悪いことをしたら怒る」
「声は、悪いことですか」
レオンは帽子の縁を指で押さえた。こういう時、自分の答えはたいてい途中で曲がる。
「公園で、人形に向かって呼ぶ声なら、悪いことじゃないんだろ」
「人形に向かって」
「通りの馬車に叫んだら別だ」
「馬は、驚きます」
「そういうところは正確だな」
ミラは前を向いた。納得しきれない時ほど丁寧に頷く癖が出かけて、途中で止まる。
「小さい声でも、聞こえますか」
「聞こえる相手ならな」
「木の鳥も?」
「うちの鳥は、聞いてる顔だけはしてる」
ミラは口元をゆるめた。
公営労働者アパートの中庭へ戻ると、テレーズが洗濯場で水桶を並べていた。腕まくりをし、濡れた布を絞る音がする。エリーズは籠を抱えて、マノンのほどけた髪ひもを直していた。
マノンがミラに駆け寄ってきた。
「ミラ、日曜の人形芝居、行く?」
ミラはすぐには答えず、レオンを見上げた。
レオンはその視線を受けてから、少し得意げに言った。
「行くか。木の鳥がいけるなら、木の人形もいけるだろ」
ミラは真面目に聞き返した。
「人形も鳥ですか」
「そこは違う」
「じゃあ、なぜですか」
「木つながりだ」
「木は広いです」
エリーズが小さく笑った。
「雑なつなげ方ね」
「木はだいたい何かになるから強い」
「強いのは木じゃなくて、あんたの言い切り方よ」
テレーズが水桶を置き、ミラへ顔を向けた。
「公園は人が多いからね。レオンの袖をつかんで歩くんだよ」
「はい」
「嫌になったら、ちゃんと言いな。あいつは見ているようで、焼き栗の屋台に負けることがあるから」
「俺への信用が低いですね」
「財布と鼻のどっちも弱い男を、信用だけで歩かせられるかい」
ミラはレオンの袖口を見た。
「栗は、強いんですか」
「匂いが強い」
「財布は負けますか」
「今日は戦わない予定だ」
「予定は強いですか」
エリーズがすぐに言った。
「あんたの予定は弱いから、ミラが袖を持っていなさい」
レオンは言い返そうとしたが、ルノー先生の言葉を思い出してやめた。財布に勝っても、子どもを見失ったら負け。その負けは、たしかに大きすぎる。
日曜の朝は、警笛の代わりに共同廊下の足音で始まった。
部屋の中は平日の朝より静かで、窓の外の煙突も、まだ細い煙をゆっくり上げているだけだった。レオンは床の上で古い外套にくるまったまま、いつもより少し遅く目を開けた。背中は相変わらず床に文句を言っているが、今日は急かす音がない分だけ、文句の声も小さく聞こえる。
寝台の上では、ミラがもう起きていた。
机の端に置かれた木の鳥を見ている。以前、レオンが作ったというには少し雑で、鳥だと言い張るには少し勇気のいる木片だった。だが、ミラはそれを鳥として扱っている。そうなると、部屋の中では鳥だった。
「今日は、人形の日です」
「鳥に予定を聞いてたのか」
「鳥は、返事をしません」
「聞いてる顔はしてるだろ」
「はい。聞いている顔は、しています」
レオンは体を起こし、首を回した。嫌な音が少し鳴ったので、ミラがこちらを見る。
「壊れましたか」
「今日はまだ使える」
「人形の方が、よく動きますか」
「日曜の朝から木の人形に負けたくないな」
ミラは小さく笑った。
朝食は硬いパンと薄い豆のスープだった。特別な日だからといって、鍋の中身が勝手に増えることはない。レオンはパンを割り、ミラの前へ置いた。それから自分の財布を取り出し、中をのぞく。
ミラも覗き込んだ。
「財布は、元気ですか」
「歩けるくらいには」
「走れますか」
「走ったら中身が転ぶ」
「栗とは戦えますか」
「今日は芝居だけだ。栗とは目を合わせない」
ミラは真面目に頷いた。
「匂いとは?」
「匂いとは、なるべく遠くで戦う」
その答えが正しいのかどうか、ミラは少し考えたようだったが、丁寧には頷かなかった。分からないことを、分かった顔でしまわない癖が少しずつついてきている。
昼を過ぎてから、二人はアパートを出た。
中庭では、テレーズが干した布を取り込んでいた。エリーズは薄い外套を羽織り、マノンと一緒に待っている。ルルは木の匙を持ったまま、トトの背中をなでようとして、犬にうまく避けられていた。
「ちゃんと手をつないで歩くんだよ」
テレーズが言った。
「先生にも似たようなことを言われました」
「言われる前に分かりな」
「最近、言われる前に分かることが増えて困ります」
「困るところじゃないよ」
エリーズがミラの襟を少し直した。
「人が多かったら、無理に前へ行かなくていいからね」
「はい」
「声が大きくて嫌だったら、レオンの袖を引っ張りなさい」
ミラはレオンの袖を見る。
「袖は、取れませんか」
「取れたら、俺がエリーズに怒られる」
「縫います」
「怒ったあとにね」
エリーズはそう言って、レオンを見た。
「ミラを見てなさいよ。芝居より先に」
「芝居を見に行くのに?」
「だから、あんたは言われるのよ」
マノンがミラの手を取った。
「早く行こう。前の方、子どもがいっぱいになるよ」
ミラは一度レオンを見た。レオンが頷くと、マノンの隣に並ぶ。レオンはその少し後ろを歩き、途中でミラが振り返るたびに、まだいるぞという顔をした。自分では頼れる顔のつもりだったが、エリーズに見られていたら何か言われたかもしれない。
公園は、日曜の午後らしく人でにぎわっていた。
裸の枝が広場の端に影を落とし、落ち葉の上を子どもたちが走っている。焼き栗の屋台から甘い匂いが流れ、薄い外套の大人たちがその匂いに少し足を止める。紙の旗をつけた小さな舞台が広場の真ん中に立っていて、その前にはもう子どもたちが集まっていた。
レオンは屋台の方を見ないようにした。
すると、ミラが見上げてきた。
「見ています」
「人形の舞台をな」
「栗は、あっちです」
「知ってる」
「知っているのに、見ないんですか」
「知ってる相手ほど、見ない方がいい時がある」
「栗は、知っている相手ですか」
「財布の敵だ」
エリーズが横から言った。
「財布の敵より、迷子の敵を見なさい」
「迷子の敵って何だ」
「よそ見よ」
レオンは素直にミラの位置を確認した。ミラはマノンの隣にいて、袖はレオンの指が届く場所にある。少なくとも、今は負けていない。
舞台の前には、ジュールとルシアンもいた。
ジュールはレオンを見つけると、すぐに手を振った。
「ミラのレオン、来た!」
「公園でまでその呼び方か」
「ミラが来たから」
「俺も来ただろ」
「だから、ミラのレオン」
言い返せるようで、言い返せない。レオンが帽子の縁を押さえていると、ルシアンが隣で静かに言った。
「前は子どもの方が見える」
「俺が立つと後ろが見えないか」
「うん」
「正直だな」
レオンは子どもたちの後ろへ回った。舞台は少し遠くなるが、ミラの頭は見える。金髪がマノンの髪の隣で、日差しを少し受けていた。
やがて、小さな太鼓が鳴った。
舞台の幕のような布が揺れ、赤い帽子をかぶった木の人形が出てきた。鼻が少し長く、足は人間より妙に速く動く。人形は小さな椅子を倒し、鍋のふたを頭にかぶり、皿を落としそうになって大げさに驚いた。
子どもたちが笑った。
レオンも少し笑い、隣のエリーズに小声で言った。
「あいつ、うちの部屋に来たら初日で怒られるな」
「鍋のふたをかぶらなければ、あんたより片づけるかもしれないわよ」
「人形に負ける日が増えていく」
舞台の上では、赤い帽子の人形が、別の木の人形に追いかけられていた。小さな棒が振り上げられ、赤い帽子の頭にぽこんと当たる。乾いた音が、公園の空気に軽く弾けた。
周りの子どもたちは笑った。
けれど、ミラは笑わなかった。
肩がほんの少し上がり、両手が外套の前で固まった。レオンはすぐにその顔を見た。人形は倒れず、舞台の端まで逃げ、また大げさに頭を押さえている。痛いふりをしているだけだと、子どもたちは分かっている。だから笑う。
ミラは、その笑いを確かめていた。
怒る大人はいない。泣く子もいない。人形遣いは舞台の後ろで陽気な声を出し、赤い帽子の人形は叩かれた頭を振りながら、今度は相手の足元をくぐって逃げた。
レオンはミラのそばへ行こうとして、一歩だけ近づいた。エリーズが横から小さく言った。
「押さないで」
「押してない」
「行きたい顔をしてる」
「顔だけなら邪魔にならないだろ」
「顔が大きい時があるのよ」
レオンは帽子を少し下げた。代わりに、ミラがこちらを見た時に分かるよう、立つ位置だけを変えた。ミラは一度だけ振り返り、レオンがいるのを見ると、また舞台へ顔を戻した。
赤い帽子の人形は、今度は大きな箱の中へ逃げ込んだ。人形遣いの声が、わざと困ったように響く。
「出てこないぞ。呼ばないと戻ってこないぞ」
ジュールが真っ先に叫んだ。
「もどれー!」
マノンも続く。
「出ておいでー!」
周りの子どもたちが次々に声を出した。大きな声、小さな声、笑いながらの声。公園の真ん中に、子どもたちの声がふくらんでいく。
ミラは口を開きかけた。
けれど、声はすぐには出なかった。
レオンは子どもたちの後ろから、少し身をかがめた。無理に前へ押し出すのではなく、ミラの横顔に届くくらいの声で言う。
「人形に言えばいい」
ミラは舞台を見たまま、小さく聞いた。
「聞こえますか」
周りでは、ジュールが二度目の「もどれー」を叫んでいる。マノンは手を振っていた。ルシアンは声こそ大きくないが、きちんと舞台へ向かって呼んでいる。
レオンは、箱から少しだけ見えている赤い帽子を見た。
「俺には聞こえる」
ミラはすぐには動かなかった。
それから、両手を外套の前で握り直し、舞台へ向かって小さく言った。
「戻ってもいい」
周りの声に、ほとんど消えるくらいの声だった。
けれど、レオンには聞こえた。
箱が揺れた。
赤い帽子の人形が、そろそろと顔を出す。子どもたちが歓声を上げる。人形は一度引っ込みかけ、もう一度呼ばれると、今度は大げさに胸を張って舞台へ戻ってきた。
レオンは舞台を見たまま言った。
「効いたな」
ミラは返事をしなかった。
ただ、外套を握っていた指が少しゆるんだ。舞台の上で赤い帽子の人形がまた転び、子どもたちが笑う。ミラは笑わなかったが、もう周りを確かめる目はしていなかった。
芝居が終わると、人形遣いの男が帽子を持って回ってきた。
大人たちは小銭を一枚ずつ入れたり、何も入れずに軽く頭を下げたりしている。レオンは財布を出し、中を見て、しばらく考えた。
エリーズが言った。
「栗には勝ったんでしょう」
「勝った」
「じゃあ、芝居に払えるわね」
「財布の戦争が別の場所で始まった」
「戦争にしない」
レオンは小銭を一枚、帽子に入れた。入れたあとで、財布が急に正直な重さになった。気のせいではない。
ミラは人形遣いの帽子を見ていた。
「返すお金ですか」
「見せてもらった分だ」
「人形に?」
「人形を動かした人に」
「声も、入りますか」
レオンは一瞬考えた。
「声は、さっき払ったんじゃないか」
ミラは分かったような、分からないような顔をした。けれど、丁寧には頷かなかった。
帰り道、焼き栗の匂いがもう一度流れてきた。
レオンは顔をそちらへ向けないようにした。ところがミラが先に気づいた。
「栗です」
「知ってる」
「見ませんか」
「勝って帰る」
「誰に?」
「栗に」
ミラは口元をゆるめた。
「人形は、戻りました」
「ああ」
「声を出したあとも、戻りました」
レオンは歩く速さを少し落とした。公園の外へ出ると、石畳の通りに戻る。馬車の車輪の音、夕方の店じまいの声、遠くの工場の煙突。芝居のにぎやかさは後ろへ遠ざかっていく。
「お前も戻ってる」
レオンが言うと、ミラは自分の靴を見た。
「おうちへ?」
「そうだ」
「栗に勝ったから?」
「それもある」
「栗に負けたら、戻れませんか」
「栗を持って戻ることになる」
「それは負けですか」
「財布には負けだな」
ミラは少し考えてから、また小さく笑った。
アパートの中庭に戻ると、テレーズが洗濯物をたたみながら待っていた。ルルは眠くなったのか、木の匙を抱えたままテレーズの足元に座っている。トトはその隣で丸くなり、片目だけこちらへ向けた。
「どうだった、芝居は」
テレーズが聞いた。
レオンは胸を張った。
「人形がよく働いてました」
「あんたは何を見てきたんだい」
「木なのに、かなり動いてました」
「感想が工場寄りなのよ」
エリーズがミラを見る。
「怖くなかった?」
ミラはすぐには答えなかった。
マノンは「赤い帽子の子、最後に鍋をかぶったんだよ」とルルに説明している。ルルは分かっていないが、木の匙を振って喜んでいた。中庭には夕飯の匂いが落ちてきて、共同廊下では誰かが洗濯物を取り込む音を立てている。
ミラは少し考えてから言った。
「戻りました」
エリーズは、そこで余計に聞かなかった。
「そう。よかったわね」
「はい」
ミラの返事は丁寧だったが、学校で聞き分けのいい子に見せる時の声とは少し違っていた。
部屋へ戻ると、夕方の光は窓の端に細く残っていた。
レオンは黒い鍋を火にかけ、薄い豆のスープを温め直した。特別な芝居を見ても、夕飯の鍋が急に立派になるわけではない。ミラは外套を脱ぎ、机の端に置いてある木の鳥を両手で持った。
「人形は、戻りました」
ミラは木の鳥へ向かって言った。
レオンは鍋をかき混ぜながら聞いていた。
「声を出したあとも、戻りました」
木の鳥は返事をしない。けれど、いつものように聞いている顔だけはしている。
「そいつにも教えてやれ。木の先輩だ」
「鳥が先輩ですか」
「この部屋では、木の鳥の方が先にいる」
「でも、人形の方が動きました」
「そこは先輩が負けたな」
ミラは木の鳥を机の端へ置いた。さっきの舞台を見せるように、窓ではなく部屋の内側へ向ける。
レオンは椀にスープをよそった。
「熱いぞ」
「はい」
ミラは椅子に座り、椀を両手で持つ前に、もう一度木の鳥を見た。
「戻ってもいい」
その声は小さかった。
公園の中で言った時よりも、はっきりしていた。
レオンは椀を置きながら、その声を聞いた。
「そうだな」
うるさいとは言わなかった。聞こえたので、返事をした。
窓の外、共同廊下でテレーズとヴィクトルの声がした。掲示板に町の知らせが貼られているらしい。十一月十一日、共同墓碑、黙祷。そんな言葉が、廊下の向こうから切れ切れに聞こえてくる。
ミラが顔を上げた。
「町の紙ですか」
「たぶん、来週の知らせだ」
「何の知らせですか」
レオンは椀を持ち、窓の方を見た。
「町が少し黙る日だ」
ミラは木の鳥を見たあと、スープの湯気へ目を落とした。
「町も、黙りますか」
「少しだけな」
レオンはそう言って、パンを割った。
公園で見た人形の赤い帽子も、子どもたちの声も、もう部屋にはない。あるのは薄い豆のスープと、硬いパンと、部屋の内側を向いた木の鳥だった。




