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リチャードはちょっと考えていた。
「にほんの国王陛下にあいさつに行った方がいいのではないだろうか」
リンとレンはきょとんとした。
「にほんのこくおうへいか?」
「うん。ぼくは仮にもフォックスホール王国の王太子なわけだし、不慮の事故とは言え滞在しているわけだし、あいさつは必要じゃないかと思う」
リンとレンはしばらく見つめあっていたけれど、やがて大きく首を振った。
「いやいや、いらんいらん。っていうか王さまいないし」
「陛下はどちらかに外遊中なのかな?」
「……外遊。じゃなくて、日本に王さまはいないのよ。民主主義国家だから」
今度はリチャードがきょとんとした。
「みんしゅしゅぎ……」
「そうそう、民主主義。リチャードの国は王さまがひとりで仕切ってんの?」
「うん。大臣や宰相はいるけれど」
「へえー」
「王がいなければ、政は誰が取り仕切っているの?」
「……まつりごと」
リンとレンはふたりそろって首をひねった。
「政治ってこと?」
「だな」
「三権分立?」
リンはうっすらと思い出した。
「そう! それだ!」
レンはコピー用紙を1枚持ってくると、ダイニングテーブルの上に置きっぱなしになっていたボールペンを握った。
コピー用紙に書いていく。司法、立法、行政。三角形に書く。
「あっ、字が読めないんだったな」
そう、書いたところで、だ。
「まあ、いいや。これが日本の政治の仕組みだ。司法が裁判をするところ。立法が法律や国の予算を決めるところ。行政が役所だな。実際に国民の生活に直結したなんやかんやをするところだ。税金とか福祉とか」
うーん。わかったような、わからないような。
「分かれているのか?」
「そう。そこが大事。それぞれが独立していて、干渉することはないんだ」
ほおー、そういえばそんな話だったな。やはりリンはうっすらと思い出した。
「なぜ、分けるの?」
今度はリチャードが首をかしげた。
「権力が集中しないようにだよ」
「権力の集中」
リチャードがつぶやいた。
「それは悪いことなのかな」
「よくないね。独裁者になる」
「独裁者」
「王さまが公平さを欠いたら、誰かが犠牲になる」
『レン先生の政治経済の授業』
たとえば王さまが「この人は知り合いだから、刑を軽くしてくれ」と言ったとする。裁判所がその通りにする。
同じ罪なのに、王さまの知り合いだけが刑が軽くなる。それは公平じゃない。
「父上はそんなことはしない」
「可能性があると言うことだよ」
同じように、王さまが知り合いだからと言って、そっちの予算を多くしたら、経済は公平じゃなくなる。
あるいは、王さまの都合がいいように法律を変えてしまう。
王さまの目が国の隅々まで届いているうちはいいだろうが、国土や国民が増えたらそうもいかない。王さまひとりの限度を超えてしまう。
なるほど。とリチャードがうなずいた。わかるのか。さすが王太子だな。リンはちょっと見直した。いや、見くびっていたわけじゃないが。ちょっと頼りない感じがしてたから。
「そうならないように大臣たちがいるんだけれど、たしかに危ういな。誰かのさじ加減一つで天秤は傾くわけだ」
「実際にあるんだよ。極端な民族主義で大量虐殺が起こったりね」
リンもナチスは知っている。
「日本ではね、細かいことまで法律で決められているんだ。自転車は左側通行。赤信号では止まって待つ」
ああ、そうだったのか。リチャードは納得した。なぜこんなにたくさん車や人が通っているのに、渋滞しないのか不思議だったのだ。
王都では、馬車が我先にと走り、鉢合わせしたり出合い頭にぶつかりそうになったりと、御者同士のけんかも珍しくないのだ。
「そうか、決めればいいのか」
「みんなが同じように守らなくちゃいけない。例外は緊急車両だけだ」
「緊急車両?」
「救急車や消防車、パトカーなんかだね」
「ああ、この間の」
「そうそう。緊急事態だっただろう? 急いで来てもらわないと犯人が逃げちゃう。火事が広がっても困るし、病人は死んじゃうかもしれない。サイレンが聞こえたら、道を譲る。そういう法律だ」
「お兄、先生みたい」
リンが小さく拍手した。
「おう、この前習ったばかりだからな。忘れる前でよかったぜ」
レンはニッと笑った。
「そんな風にいろんなことが法律で決まっている。法を犯せば罰がある。みんな公平にだ。金持ちも貧乏人も、外国人もだ」
「貴族だから優遇されることはない?」
「日本に貴族はいないけど、誰かが優遇されることはない」
「……すごいな」
「それが法治国家だ。ちゃんと説明できた。すげえな、おれ」
あんたがかよ。
「法律を決めるのは議員だけど、議員を決めるのは国民の選挙だ」
「せんきょ」
「投票だな。得票数が多い順に当選だ。選ばれた議員が法律を決める。予算もだな。これも多数決で決める。間接的に国民が決めるってことだ」
「そうか、基本多数決なんだな。それなら偏ることはないのだな。すごいな、民主主義」
「だろー?」
なんで、あんたが自慢する。
「そういうことで、王さまは存在しないわけだ」
「うん、わかった」
「だから、会わなくてもオッケーだ。黙っていればいいさ」
「うん、わかった」
納得してくれてよかった。総理大臣にしたって、なんの伝手もなく会おうと思って会えるもんじゃないし。




