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それからの一週間は何事もなく過ぎて行った。日々是好日。最初が衝撃的過ぎたのだ。
朝にみんなが出かけて行って、お昼にリンが帰宅していっしょに昼ごはんを食べる。ママが用意していってくれる時もあるし、リンとふたりで近所のコンビニに買いに行くこともある。
コンビニにはだいぶ慣れた。音が鳴ってもびくっとしなくなった。女の子たちに囲まれてパシャパシャされることもない。
老人たちに会うこともある。みんな声をかけてくれる。
「リンちゃん、リチャードくん、こんにちは」
そして褒められる。
「おかげで不審者がいなくなったわ。リチャードくんのおかげで安心して暮らせるわ」
よかった。
ごはんを食べた後は、話をする。
リチャードが疑問に思ったことを聞いて、リンは知っていることを答える。リンがわからないことは、あとからレンやママやパパが答えてくれる。
ゲームも教えてもらった。「すいっち」というものだ。とても楽しい。自分の思い通りに絵が動く。すごい。どんな仕組みだ。
リチャードは夢中になってしまった。
夢中になっていろんなことを忘れられる。
いけない。程々にしないと。
午後から夕方にかけてレンが帰宅し、夜になってママ、パパの順に帰宅する。
それからママが夕ご飯の支度をして夕食。ちょっとだけリンが手伝う。リチャードも手伝った方がいいかと思い、ちょっと手伝う。かえってじゃまになっている気がする。
感覚がだいぶ庶民寄りになっている。食事の支度の手伝いなんて、しようと思ったことがない。
食事は座れば出てくるものだったから。
でもすぐ近くで見ていたら、手伝った方がいいのだと思った。新しい自分の発見だ。
レンも手伝った方がいいと思う。
パパが間に合わないこともよくある。
そういうときは、パパはひとりでごはんを食べている。ママが話し相手だ。
レンは食事がすむと部屋へ行き、リンはリビングでテレビを見たり、スマホでメッセージやSNSを見たり、ゲームをしたりする。
リチャードはテレビを見る。テレビを見て、この世界を知る。
魔物はいないが、戦争はあるこの世界を。
魔法はないが、魔法よりもすごい技術のあるこの世界を。
めまぐるしく移り変わるこの世界を。
一週間後、リンの夏期講習とレンの課外授業が終わった。ふたりともずっと家にいる。
お昼ごはんのローテーションに、レンが作る焼きそばがくわわった。ソース味。ソースはうまい。お城で出されたソースに近い味がする。
焼きそばには、マヨネーズをかけるとさらにうまくなる。
ある日リンが友だちを連れてきた。ごっちゃん。ごっちゃんは学校の友だちで、ちょっとぽっちゃりした黒縁メガネの女の子だ。あごラインのおかっぱで、眉毛の上で一直線に切りそろえた前髪が特徴。
「ごっちゃんはね、ラノベが好きなの」
リンが言った。
らのべとは。
「リチャードとは逆に、こっちからあっちへ行って、いろいろたいへんな思いをして勝ち抜くファンタジーなお話よ」
「ふぁんたじー」
「そっち界隈にくわしいから、助けを頼んだってわけよ」
そっちかいわい?
ごっちゃんは、メガネの真ん中を中指でくいっと持ち上げながら、リチャードの顔をじいーっと見つめた。
「なるほど。たしかに王子さまみたいだね。金髪碧眼。王子のテンプレだ」
「みたいじゃなくてほんとうに王子さまなんだって」
「エアリズム着てるのに?」
「買ったんだよ。着替えいるじゃん」
「リンちゃんを疑っているわけじゃないよ。ただファンタジーというものはフィクションなのよ。異世界というのもフィクションなわけ。だからね、いくらわたしが異世界ファンタジーのラノベが好きだからと言って、魔法が使えるわけじゃないし、帰り方がわかるわけでもないのよ」
「えー、わかんないのかー」
「勝手にがっかりされるのも不本意だな。ではSiri先生に聞いてみよう」
「もう聞いたんだよぉ」
ふたりはスマホを出してそれぞれ話しかけた。
そうしたらなんと、スマホが答えたではないか!
リチャードはまたまた驚いた。電話じゃなく!?
スマホって会話もできるのか。リチャードにしてみたら、魔法よりもすごいことだ。
そうしてしばらくスマホと話していたふたりだが。
「やっぱりファンタジー小説のことしかないようだね」
ごっちゃんはまた眼鏡の真ん中をくいっと持ち上げた。
「名前が英語っぽいから、ヨーロッパの神話とか昔話にヒントがあるかもしれん」




