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そうして弟のヘンリーとくらべる。
リチャードは3人兄弟である。ひとつ下の弟ヘンリーは側室の子。7才下のチャールズとリチャードは正室の子である。
当然リチャードが王太子になったのだが、このヘンリーがちょっと曲者なのだ。
なにしろ、側室共々野心家だ。王太子の座を狙っている。なにかとリチャードの足を引っ張り、引きずり降ろそうと、虎視眈々と狙っているのだ。
リチャードは常日頃から気を張っている。ちょっとの油断が命取りになりかねない。
完璧な王子とは建前だ。その下は少々気弱な青年である。足元をすくわれないように、必死に取り繕っているだけなのだ。
生来リチャードは争いごとを好まない。ヘンリーとも敵対するのではなく、協力し合って国政を担いたいと思っているのに、彼はそうは思わない。
すべてを自分の手中に収めたいと思っている。
自分には足りないなにか、ヘンリーに足りないなにか、チャールズに足りないなにか。
それらをおたがいに補い合って、3人で国政を担っていけばいい。チャールズは幼いながらも、それがいいと言ってくれる。
なのにリチャードのその思いはヘンリーには届かない。
リチャードは独裁者になるつもりはない。
言ってみれば穏健派。対してヘンリーは強硬派。表立ってはいないが、ヘンリーを王太子に推す声も根強い。
リチャードは「王太子」という仮面をかぶる。なにを言われても、どんな嫌味を言われても、鉄壁の王太子スマイルではね返す。
けれど塵も積もればなんとやら。心は疲弊していく。
みんなの期待に応えなくては。
もしかしたら、そんな隙をつかれたのかもしれない。
子どものころからの友だちで、今では側近を務めるアンドリューとアーサーの目の前で、転移魔法陣を踏んでしまった。
いくら巧妙に隠されていたとはいえ、うかつだった。
心配しているだろうな。あまり自分を責めないでいてくれるといいのだが。
なんとしても、帰る方法を見つけなくては。
それにしても、この世界は驚くことばかりだ。
ばすにすいか。ゆにくろにこんびに。
馬がいないのに走るとは、いったいどういう仕組みなのだ。レンに言わせれば、魔法のほうがよほど「どういう仕組み」なのかわからないと言う。
そうなのか?
そして、どこへ行っても耳慣れないピコンとかティリャンとか音がする。
びっくりする。
でもびっくりしているのはリチャードだけで、ほかの人はみんな平然としているのだ。
どこで、なにが鳴っているのかもわからないのに、なぜ驚かない。
お店というのにも初めて入った。向こうの世界でもお店はある。庶民が入るものだ。リチャードは行ったことがない。
買い物は商人がお城に来るから。呼べば来るから。
あんなに同じ服が、大量にならんでいるのをはじめて見た。どうしたらあんなにたくさんの服が出来上がるのだ。
服は仕立て屋が仕立てるものだ。仕立て屋が来て採寸をし、仕立てあがったら持ってくる。
そういうものだろう?
レンが言うには、服は洋服屋で買うものだという。注文なんて、ごく一部の金持ちがすることなのだ。
しかも安い。
たしかに、今リチャードのために買ってくれたのは、Tシャツとハーフパンツが3枚ずつ。ボクサーパンツが4枚。
通貨価値はわからないが、札一枚でこれだけ買えるのは安いってことだろう。
あちらの世界でもそんなことができたなら、さぞや便利だと思う。経済も活発になるに違いない。
なんとかその仕組みを知りたいものだ。
それに「れじ」とやら。かごを置いただけで、会計ができる。人がいないのに、誰が計算しているのだ。
字が出る画面を指でピッと押す。すると画面が変わるのだ! お金を投入する。おつりが出る。会計おしまい。
わけわからん。
「え? 終わり?」
思わず聞いた。
「終わりー。ほらレシート」
見せられたすまほには文字が出ている。れしーともわからん。
「会計しないで出ていく人はいないの?」
ちょっと心配になる。
「いるかもしれないね。でも悪いヤツは捕まるんだよ」
「けいさつに?」
「そう、警察に」
「呼びに行っている間に逃げられないか?」
「スマホで電話すればいいじゃん」
「でんわ」
「そう、電話」
すまほってなにをする機械なんだろう。機能がたくさんあるな。
ゆにくろに入ってから、女の子たちがこそこそと騒ぎながらすまほを向けている。
かしゃっと音がする。
会計でもない、電話でもないすまほの機能。
気がついたら囲まれていた。こういうのは慣れている。こういう視線も慣れている。
お城でもあったし、公務で出かけた先でもあったから。
「あー、もう。肖像権の侵害って知ってる? 勝手に上げたら慰謝料請求するからね」
レンが彼女らに言うと、さーっと引いていった。そしてリチャードたちは店を出てきたのだった。
しょうぞうけんもいしゃりょうもリチャードにはわからないが。
「悪かったな。ここまでひどくなるとは思わなかった」
レンが言った。レンがあやまることじゃない。
「いいよ、慣れてるから」
「……慣れてるのか」
「うん」
「さすが王子さまだな」
そうなのかな?
そしてコンビニ。やっぱり「ティロリロリン」と音が鳴った。どこから?
びくっとなるのを堪えてレンについていく。
「アイス買おうぜ」
「あいす」
大きな箱の中にたくさんの「あいす」が詰まっている。
箱の中は冷たい。どんな仕組みだ。
「黒いガリガリ君がある!」
「おう! コーラ味だな」
「夕べ飲んだもの?」
「そうだな」
迷わずそれにした。ガリガリ君は「めっちゃ」うまい。「めっちゃ」は覚えた。とても、とかすごくとかいう意味だ。
レンはマンゴーのアイスを買った。マンゴー。見たことのない果物だ。どんな味なんだろう。あざやかなオレンジ色。でもオレンジとは違う。
こんびにには店員がいた。見たことのない機械をあいすに当てる。ピッて音が鳴る。
ゆにくろみたいに、機械にお金を入れる。細長い紙が出てきて会計終わり。
すべての買い物が終わった。
すごいな。
リチャードは、レンの隣にぼーっと突っ立っているだけだった。