第5話
これは、一匹狼の令嬢の話である。
王立学院の平等制度は弱体化し、
生徒が等しく勉める学び舎も、ついに弱肉強食の時代に突入した。
その危機的な教育現場の暴発に現れたのが、
愚と賢の令嬢
すなわち、一匹狼の女学生である。
例えばこの女。
群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い。
魔道具士のライセンスと、上級魔法のスキルだけが、彼女の武器だ。
魔道具士ゾーイ・アーリントン、
またの名を「善と悪の魔女」
★☆★
ステージから全校生徒を見つめたゾーイは、人がゴミのようだ、と思った。
とんだ喜劇だ。
全く、平等を掲げる学院でさえ、白を黒という世界に染まっているとは。
悦に入って糾弾したソーントン公爵令嬢だが、ゾーイがあまりに無反応ーーというかすっごい呆れた顔ーーだったので、さらに言い募る。
「ふ、ふふ。事実を指摘されて、ぐうの音も出ないようですわね」
「……………(やれやれだぜ)」
「な、何とか言ったらどうですの?!」
「何とか」
ようやく口にだした言葉に、「子どもかっ!」と全校生徒が心の中で突っ込んだ。
ゾーイは輝く美しい笑顔で、ソーントン公爵令嬢に問いただす。
「証拠はありますの?」
「証人がいますわ」
ソーントン公爵令嬢が頷くと、やや後方にいたシモンズ侯爵令嬢が朗々と話す。
「私はこの目で確かに見ました。ゾーイ・アーリントンが教室のカーテンを全て閉める姿を。そして教室を出たときは、気絶したリリアン嬢を抱えていた姿を!」
まるで歌劇のように歌い上げるように語る。ーー楽しそうだね。
次の証人は、暴行犯6人だ。
「俺たちはたまたま廊下を通りかかり、教室から妙な音がするから覗いてみたら、そこのお嬢さんが変な道具を使っていたんだ!」
「さらに脇には裸の女性と大男がいた!」
「大男は俺たちを見つけると、いきなり殴りかかってきたんだ!親父にもぶたれたことないのに!」
「そこのお嬢さんは、やっぱりなんか道具を持っていました」
「俺たちは…裸の女性を助けられなかった…怖くて…」
「その後、そこのお嬢さんと大男が裸の女性を抱えて、そそくさと教室から出て行く姿を見た」
暴行犯6人はよよと泣き崩れる。バカか?気持ち悪い。
ソーントン公爵令嬢は「得たり!」と得意になって、ゾーイを責めにかかる。
「どうです?これでも貴女はしらを切るのですか?」
「……………(やれやれだぜ)」
くっっっそくだらない!
ーーと、ゾーイは大声で叫びたいが、ここで逆襲する方が愉しかろう。
ところで兄はなぜステージにいるんだろう?お願いだから邪魔しないでね。
ゾーイは兄の方には決して目をくれず、腕組みをして反撃した。
「あらあら。ずいぶん一方的な証拠ですわね」
「事実を晒す証拠ですもの。一方向なのは当たり前ですわ」
「わたくしも、この事件の真相の証拠を持ち合わせておりますのよ。でも、まずは1つ1つ潰していきましょう」
ゾーイはそう言うと、まずはシモンズ侯爵令嬢に近付く。
「シモンズ嬢。カーテンを閉めたのは、西日がまぶしいからですわ。それと、気絶したリリアン嬢を抱えたのは、暴行犯がまだ教室にいたからですわ」
「そ、そんな言い訳が通用するとでも…?」
「ふふ、ではおうかがいしますわ。そこの男子生徒6人を、貴女はご覧になりまして?」
「み、み、見ていませんわ…」
「まあ!おかしなことですわね!」
片手を頬に当てて、ゾーイは大仰に驚く。
「先ほど、そこの男子生徒は『そこのお嬢さんと大男が裸の女性を抱えて、そそくさと教室から出て行く姿を見た』と仰りましたのよ?」
「あ…」
「同じ光景を見たのに、男子生徒を貴女が見ていないだなんて…矛盾しますわね」
「うう…」
がくり、とシモンズ侯爵令嬢はうな垂れる。そのすぐそばで、「ちょっと、うな垂れるのはまだ早いですわよ!」とソーントン公爵令嬢が諫める。
「そして、暴行犯諸君」
コツ、とわざと靴音を立ててゾーイは近付く。揃いも揃って男どもはビクッと身体を揺らした。
「変な道具とは、どのようなものでしょう?」
「て、手のひらくらいの水晶だよ」
「まあ、おかしいですわね。教室の小さな窓から、そんな小さな道具が見えますかしら?」
「み、見えた!」
「わたくしは、それをどう使っていましたの?」
「そ、それは…。は、裸の女性に突きつけていた!」
「ふふ、それはね、こう使うのですわ!」
ゾーイは魔道具に光魔法を当てて、ステージに張ってあった暗幕に投影する。
「確固たる証拠とは、こちらを指すのですわ!」
「あ…あ…」
全校生徒はステージに釘付けだった。暗幕に映し出された映像は、そこにいる男子生徒の暴行シーンだ。
「お、すげー美女!」
「結構スタイルもいいぜ」
「ヤル気出る~!」
ひひっと下卑た笑いが響く。
「なにかご用ですか?」
「おお。お前たち二人を犯せ、とご所望でな」
「どうせなら、お互い気持ち良くなろうぜ」
「お断りいたします」
このやりとりのあと、男子生徒6人はリリアンとゾーイに襲いかかり、二人の女性の身体をまさぐっている。ーー女性は、泣き叫ぶ。
ゾーイが襲われている映像がうつると、ステージにいた兄がピクリと身体を震わせた。
皆が食い気味に見ていると、突如大男が現れた。
「悪い子は居ねがー?」
鬼だ!ーー全校生徒は思った。
「月に代わってお仕置きよ☆」という声が遠くから聞こえる。
男子生徒6人は涙と尿でグチョグチョだった。思わず皆がステージの6人を見つめる。男どもは顔を白黒させてうな垂れた。
「ぼ、僕たちに、リリアン嬢とアーリントン嬢を襲えと命令したのは、ソーントン公爵令嬢とシモンズ侯爵令嬢です」
「お金を貰いました」
「やらなかったら、父親に言って退学させると脅されました」
「やれば、成績優良で卒業させてやると取引されました」
「お前たち、ヤっておしまい!と言われました」
「もう、許してください」
ーーそこで、映像は終了した。
しぃん……と静けさが戻る。最初にその空気をぶち壊したのは、ソーントン公爵令嬢だった。
「う、嘘よ嘘よ嘘よ!こんなの、認めませんわ!」
「あらまあ。貴女以外はもう認めているようですけれど」
チラッとソーントン公爵令嬢が確認すると、確かに侯爵令嬢も男子生徒も俯いて震えている。ステージ下の全校生徒は、非難の目をソーントン公爵令嬢たちに向けていた。
「う、うう…」
「そこまでです、ソーントン公爵令嬢」
スッと滑るように近付いたのは、ゾーイの兄だった。
ーーあ!一番オイシイところを横取りされた!
サイテー、兄サイテー!とゾーイは思いっきり睨む。そんなゾーイに美しい笑顔をふるまってから、兄はソーントン公爵令嬢に向き直った。
「ソーントン公爵令嬢、残念です」
「で、殿下…」
「か弱い女性を集団で襲わせ、なおかつそれを他人の仕業とでっち上げ、全校生徒の前で堂々と糾弾するとは。ーー恥を知りなさい」
「い、いいえ、いいえ!違います、殿下!こんな、こんな怪しげな道具など!」
「彼女は非常に優秀な魔道具士ですよ。怪しげな道具ではありません」
ーーいえ、作る魔道具の半分は怪しげな道具です。という言葉を、ゾーイは賢明にも飲み込んだ。
「殿下はなぜそのような女の味方をするのです?お二人の関係は…?!」
「ああ。彼女は私の大切な女性ですよ」
そう言って、兄はゾーイの腰を取って引き寄せた。ーーヲイ、ヤメロ。何てことぬかしやがる!
案の定、あちこちからキャーッ!と嘆きの悲鳴が上がる。
「そ…そんな…。殿下…!」
「…なぜお美しい貴女が、このような暴挙を…?」
「だって、殿下が!その女から頬に…く、口づけをされるから…!わたくし、わたくし…!」
あー、そういや先日、中庭で仲直りのキスをさせられたな。アレを見ていたのか。ーー違うな。この令嬢が見ているからわざとさせたんだ。確信犯か!こんちくしょう!
大当たり!と言うように、優しく兄がゾーイの頭を撫でる。その様子を見て、ソーントン公爵令嬢からほとほと涙が滴り落ちた。
「殿下、どうか目を覚まして下さいませ!その女はたかが男爵令嬢。殿下にふさわしい身分ではありませんわ!」
「たかが、ね…。私にふさわしい身分、ね…」
兄の美しい深い青色の瞳が妖しく光る。あ、スイッチ入った、とゾーイが及び腰になった。
逃げようとするゾーイの腰を改めて引き寄せ、互いの頬を合わせて兄は言い放った。
「この子は、男爵令嬢ではありませんよ。アーリントン男爵。女男爵です。姓名は、ゾーイ・ソーンダイク」
ソーンダイク?
いま、この麗しいお口が、王家の姓を申し上げたのか?
「すなわち、私の異母妹です」
言い切って兄はゾーイの頬にキスをする。ゾーイは目の前で、思いっきりキスされた頬を拭ってやった。兄が苦笑する。
「つまり、貴女の好きな身分で言えば、彼女より身分の高い女性は、ここにはいません」
「ああ…そ、んな…そんな…わたくし、は…」
ガクリと膝から崩れ落ちるソーントン公爵令嬢。そんな令嬢に冷たい視線を放ち、すぐさま側近に連れて行くよう命じる。
計画犯も実行犯も全員連れ出された。これから凄まじいお灸が据えられることは、間違いない。
最後に、兄は教師へツンドラの冷気を込めた一撃を放つ。
「貴方がた教師はなぜ一生徒の暴挙を許し、あまつさえ全校集会までさせたのか。ここはすべからく平等ではないのか?この学院を開校した私の先祖が、さぞや墓場の下で涙を流していることだろう」
教師陣はうっと言葉に詰まり、俯いた。ゾーイを全校生徒の前で糾弾する、という規模の大きな虐めを実行したのは、他ならぬ学院の教師たちだ。
「私はこの事態を重く受けとめている。ーー貴方がたの処分が軽い物になるとは、考えないように」
そう突き放して兄は振り向きもせず、ゾーイを連れてホールを出て行った。
爽やかな風が吹き抜ける中庭で、兄妹は立ち止まる。
「余計なお世話ですわ、お兄様。正体までばらしてしまって!オマケにオイシイところを全部かっ攫って!こんちくしょうと思いやがれです!」
「はは、ゾーイは可愛いなあ」
ぎゅっと兄に抱きしめられた。離せこのドちくしょう!ともがくけれど、ビクともしない。
「お前が身体をまさぐられている映像を見て、黙っていられなくてね。全く、この身体を触って良いのは私だけだよ」
「違いますー!この身体を触って良いのは、私とじいやだけですー!」
「はは、可愛いなあ。照れてるね」
馬鹿野郎!照れるわけあるか!今度ばかりは本気でおこ!なんだからね!
兄の腕の中でジタバタもがくと、背中を優しく撫ぜられる。……うう、幼少の頃から、これに弱いのだ…。
「ごめんね、ゾーイ」
「………………」
「ほら、仲直り」
「ん…」
兄はゾーイの頬に柔らかなキスをする。何のかんの世話になっている兄には弱いのだ。
抱きしめる腕をほどいて、兄は軽やかに告げる。
「奴らの処分は任せてね。ゾーイに触れた手なんて、切り落としてやるからね」
……シスコンもほどほどにね。ゾーイはそっと呟いた。
寮に戻ると、赤い彗星が待っていた。
「お早いお帰りでしたね」
「うん。もう帰ろう。私たちの家に。ーー私には、じいやがいればいいよ」
「そうですか。ではそのように」
「うん!」
ゾーイはじいやに抱きついて安心を得る。
帰ろう。
家に。
私たちの家に…。
☆★☆
翌日、理事長が出勤して最初に見たものは、
ゾーイ・アーリントンの退学届であった。
END
パロディを一杯書けて楽しかったでーす!
設定をたくさん考えたのに、ほとんど出せずにただのパロディ小説で終わってしまいました。
まあいいか。続きが書きたくなったら、しれーっと再開してるかもしれません。
ありがとうございました!m(_ _)m




