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R.E.M. ―眠る世界へ贈る、目覚めの子守唄―  作者: 天宮夢二
旅立ち

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32/38

第19話 出会いはサンクチュアリで

 翌朝。

 

 旅館の前では、

 最後の荷物が車へ積み込まれていた。

 

「これで全部?」

 

 玲子先生が、

 後ろの扉を閉める。

 

「俺のもある」

 

 とっちゃんが、

 小さなバッグを差し出した。

 

「それ自分で持ちなさい」

 

「えー」

 

「えー、じゃない」

 

 とっちゃんが、

 渋々バッグを肩に掛ける。

 

 ケータは、

 旅館を見上げた。

 

 朝の光の中でも、

 やっぱり大きい。

 

 高い二階。

 

 深い屋根。

 

 昨日まで知らなかった場所なのに、

 少しだけ名残惜しい気がした。

 

「よし」

 

 玲子先生が、

 車の鍵を鳴らす。

 

「じゃあ出発――」

 

 

 

「玲子お嬢様ーーー!」

 

 

 

 玄関の方から、

 大きな声が飛んできた。

 

「まだやるの!?」

 

 玲子先生が振り返る。

 

 叔父が、

 何かを抱えて走ってきた。

 

「お忘れ物でございます!」

 

「なにそれ」

 

「朝ごはんの残り」

 

「普通に言うなら最初から普通に来てよ!」

 

 叔父が、

 楽しそうに笑う。

 

「ほら。

 道中で食べな」

 

「ありがとう」

 

 玲子先生が受け取る。

 

「それと」

 

 叔父は、

 三人を見る。

 

「またいつでも来いよ。

 今度はもう少しゆっくりしていけ」

 

「はい!」

 

「また来ます」

 

 ユキととっちゃんが、

 すぐに答える。

 

 ケータも、

 小さく頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「おう」

 

 叔父が笑う。

 

 そして。

 

 玲子先生を見る。

 

 

 

 少しだけ。

 

 その顔が変わった。

 

 

 

「いつでも帰ってきていいからな。

 玲子」

 

 

 

 さっきまでの調子とは違う。

 

 低くて、

 静かな声だった。

 

 玲子先生が、

 一瞬だけ目を丸くする。

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 小さく笑った。

 

「行ってきます」

 

「ああ。

 行ってこい」

 

 

 

 ケータは、

 何も言わずに二人を見ていた。

 

     *

 

 全員が車へ乗り込む。

 

 玲子先生は運転席。

 

 ユキととっちゃんは、

 その後ろ。

 

 ケータは、

 一番後ろの座席へ座った。

 

 シートベルトを締める。

 

 玲子先生が、

 エンジンをかけた。

 

「じゃあ今日は大刀洗を抜けて――」

 

 

 

「おはよー」

 

 

 

「うわああああああっ!?」

 

 

 

 ブォンッ!!

 

 

 

 車が、

 勢いよく前へ飛び出した。

 

「うわっ!」

 

「先生!?」

 

「きゃっ!」

 

 目の前には。

 

 

 

「うおおおおお!?」

 

 

 

 まだ見送っていた叔父。

 

「叔父さーーーーん!!」

 

 玲子先生が叫びながら、

 思い切りブレーキを踏む。

 

 キィィィッ!!

 

 車が、

 叔父のすぐ手前で止まった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 叔父が、

 ゆっくり車を見る。

 

「……玲子」

 

「ごめんなさーーーーい!!」

 

 玲子先生が、

 窓を開けて叫んだ。

 

「気をつけて行けって言おうと思ってたんだが」

 

「ほんとごめん!」

 

「先が思いやられるな……」

 

 叔父が、

 少し遠くへ避難する。

 

 

 

 ケータは。

 

 自分の隣を見る。

 

 

 

 白いウサギ。

 

 小さな帽子。

 

 懐中時計。

 

 

 

「……スクネ」

 

「うん」

 

 何事もなかったように、

 スクネが座っていた。

 

 

 

「おはよう」

 

 

 

「おはようじゃなーーーーい!!」

 

 

 

 玲子先生が、

 後ろを振り返った。

 

「なんで昨日来なかったのよ!」

 

「…………」

 

「ニンジンまで用意したのよ!?

 何回呼んだと思ってるの!?

 ねえ!

 聞いてる!?

 スクネ君!」

 

 スクネは、

 玲子先生を見ない。

 

「ケータ」

 

「うん?」

 

「せっかくだから、

 大刀洗でも寄っていくといいよ」

 

「無視!?」

 

 玲子先生の声が飛んでくる。

 

「今村天主堂」

 

「天主堂?」

 

「教会だよ」

 

 スクネは、

 窓の外を見る。

 

「違う世界も、

 知っておいた方がいいからね」

 

 少しだけ。

 

 耳が揺れた。

 

「それに」

 

「それに?」

 

「面白い出会いもあると思うよ」

 

「出会い?」

 

「うん」

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 玲子先生が、

 シートベルトを外そうとする。

 

「昨日のこと聞かせてもらうから!

 そもそもあなた、

 どうやって醒界に――」

 

「じゃあね」

 

「待ちなさ――」

 

 

 

 ふっ。

 

 

 

 スクネの姿が消えた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 玲子先生が、

 固まる。

 

 

 

「また逃げたああああああ!!」

 

 

 

 朝の小郡に、

 叫び声が響いた。

 

     *

 

「……ほんとに来るとは思わなかった」

 

 玲子先生が、

 車から降りる。

 

「先生が行こうって言ったんやん」

 

「スクネ君に言われたからよ」

 

「素直やん」

 

「研究対象の提案を無視する研究者がどこにいるの」

 

「そこ?」

 

 とっちゃんが言った。

 

 目の前には。

 

 赤い煉瓦の建物が立っていた。

 

 

 

 二つの塔。

 

 その上に、

 十字架。

 

 

 

「……でか」

 

 昨日も聞いたような台詞を、

 とっちゃんが呟く。

 

「昨日も言ってたね」

 

 ユキが笑った。

 

「昨日もでかかったけど、

 今日もでかい」

 

「なにそれーー」

 

 ケータも、

 笑いながら建物を見上げる。

 

 星見宮とは、

 全然違う。

 

 鳥居もない。

 

 注連縄もない。

 

 屋根の形も違う。

 

 

 

 けれど。

 

 

 

 境内へ入ったときに感じるものと、

 少しだけ似ている気がした。

 

「……なんか」

 

「なに?」

 

 ユキが見る。

 

「似てる……」

 

「え?」

 

「見た目じゃなくて」

 

 ケータは、

 うまく言葉にできずに辺りを見る。

 

「なんか……

 空気とか似てる気がするーー」

 

 玲子先生が、

 少し驚いた顔をした。

 

「へえ」

 

「変?」

 

「ううん。

 結構鋭い」

 

 玲子先生は、

 天主堂を見る。

 

「教会には、

 サンクチュアリって呼ばれる聖域があるの」

 

「サンクチュアリ?」

 

 とっちゃんが、

 目を輝かせながら繰り返す。

 

「神社の結界に近いもの?」

 

 ユキが聞いた。

 

「機能としては近いわね。

 でも考え方も、

 作られ方も少し違う」

 

 玲子先生は、

 ゆっくり歩き出す。

 

「ここでは長い間、

 たくさんの人が祈ってきた。

 

 祈って。

 歌って。

 儀式をして。

 信じてきた。

 

 そういう積み重ねが、

 場所そのものを聖域にしていくの」

 

 赤煉瓦の壁へ、

 朝の光が落ちている。

 

「神社と似とるやん」

 

「そうね」

 

 玲子先生が笑う。

 

「違う道を通って、

 似た場所に辿り着くこともあるってこと」

 

 

 

 ケータは、

 もう一度天主堂を見上げた。

 

     *

 

「これ誰?」

 

 とっちゃんが、

 像を見上げた。

 

 剣を持った、

 翼のある存在。

 

「大天使ミカエル」

 

 玲子先生が答える。

 

「大天使?」

 

「神様に仕える天使。

 ミカエルは、

 悪しきものと戦う存在として有名ね」

 

「強いと?」

 

「強いんじゃない?」

 

「先生、適当」

 

「私は天使研究者じゃないもの」

 

「メアじゃないと?」

 

 ケータが聞く。

 

「ミカエルそのものは違うわ」

 

 玲子先生が、

 すぐに答える。

 

「神に仕える天使。

 少なくとも教会ではそう考える」

 

「じゃあメアとは関係ない?」

 

「そこは別問題」

 

 玲子先生が、

 像を見る。

 

「何百年、何千年と、

 大勢の人が同じ存在を思い描いて、

 祈ってきたでしょう?」

 

「あ」

 

 ケータは、

 昨日聞いた話を思い出す。

 

「願いからメアが生まれる?」

 

「可能性はある」

 

「じゃあミカエルのメアがおるかもしれんってこと?」

 

 とっちゃんが食いつく。

 

「ミカエル本人とは別に、

 人々が思い描いた『ミカエル』をもとにしたメアが生まれてる可能性は、

 否定できないってだけ」

 

「ややこしい」

 

「世界は大体ややこしいの」

 

 

 

「大体?」

 

 

 

 知らない声がした。

 

 

 

 玲子先生の眉が、

 ぴくっと動いた。

 

 

 

「……嫌な予感」

 

 

 

 ケータたちが振り返る。

 

 そこには。

 

 三人の女の子が立っていた。

 

 その少し後ろ。

 

 黒い服を着た、

 若い男の人。

 

 細身。

 

 メガネ。

 

 きっちり整えられた髪。

 

 立っているだけなのに、

 なんとなく背筋を伸ばしたくなる。

 

 男の人が、

 メガネを指で上げた。

 

「『大体』という言葉で、

 説明を終わらせないでいただけますか。

 川中島」

 

 

 

 玲子先生が、

 ものすごく嫌そうな顔をする。

 

 

 

「……野見山」

 

 

 

「久しぶりですね」

 

「全然うれしくない」

 

「私もです」

 

「即答する?」

 

「事実ですので」

 

 男――野見山先生が、

 玲子先生から視線を外した。

 

 そのとき。

 

「玲子さん」

 

 三人の女の子のうち、

 一人が軽く頭を下げた。

 

「お久しぶりです」

 

「あら、澪ちゃん」

 

 玲子先生の声が、

 急に明るくなる。

 

「久しぶり」

 

「玲子さん、

 お久しぶりです」

 

 もう一人も、

 笑って頭を下げた。

 

「千鶴子ちゃんも。

 久しぶり」

 

 そして。

 

 最後の一人。

 

 少し後ろにいた女の子が、

 玲子先生を見る。

 

 

 

「……玲子」

 

 

 

 一度。

 

 言葉が止まった。

 

 少しだけ、

 照れくさそうに目を逸らす。

 

 

 

「……お姉ちゃん」

 

 

 

 玲子先生が、

 目を丸くした。

 

「春子ちゃん!」

 

 少し嬉しそうに、

 その名を呼ぶ。

 

「久しぶり」

 

「……うん」

 

 春子は、

 小さく頷いた。

 

 

 

 ケータが、

 三人を見る。

 

「知り合い?」

 

「うん。

 前に何度かね」

 

 玲子先生が答える。

 

「この三人が、

 野見山に連れられて研修なんかに来てたときに、

 何度か会ったことがあるの」

 

「研修ではなく、

 教会派の教育課程です」

 

「そこ今訂正する?」

 

「事実関係は正確に」

 

「朝から面倒くさ……」

 

「聞こえていますよ」

 

 野見山先生は、

 一度息を吐く。

 

 そして。

 

 ケータたちへ向き直った。

 

「失礼しました。

 野見山聖司と申します。

 この三人の引率を担当しています」

 

 

 

 声が、

 急に丁寧になった。

 

 

 

「……普通やん」

 

 とっちゃんが、

 小声で言った。

 

「聞こえていますよ」

 

「すみません」

 

「私以外にはまともなのよ」

 

 玲子先生が、

 いかにも不満そうに言った。

 

「あなたが言いますか」

 

「ほら」

 

「何が『ほら』ですか」

 

 

 

 また始まりそうだった。

 

 

 

 三人の女の子は、

 慣れた様子で二人を眺めている。

 

 その中の一人が、

 ケータたちへ向き直った。

 

「気にしなくていいわ」

 

 落ち着いた声だった。

 

「たぶん、

 しばらく終わらないから」

 

「やっぱり?」

 

 ケータが聞く。

 

「うん」

 

 女の子が、

 少し笑った。

 

「私は、蒲池澪(かまち みお)」

 

 澪はそのまま、

 隣の少女へ視線を移した。

 

「そしてこっちは千鶴子」

 

「野津千鶴子(のず ちづこ)です」

 

 千鶴子が、

 軽く頭を下げる。

 

「で――春子」

 

「……自分で言える」

 

 ぼそっと声がした。

 

 最後の少女が、

 少しだけ前へ出る。

 

「……山野春子(やまの はるこ)……です」

 

「俺、ケータ」

 

「高津ユキです」

 

「雅楽川としふみ」

 

 とっちゃんが、

 少し胸を張る。

 

「とっちゃんでよかよ」

 

「……なんで?」

 

 春子が、

 小さく聞いた。

 

「みんなそう呼ぶけん」

 

「……そう」

 

 

 

 澪が、

 少し目を細める。

 

「三人とも、

 夢見学園に行くってことでいいかしら?」

 

「うん」

 

 ケータが答える。

 

「今日も向かっとる途中」

 

「私たちも」

 

「え?」

 

「同じ学校」

 

 千鶴子が笑った。

 

「じゃあ同級生?」

 

 ユキが、

 嬉しそうに聞く。

 

「たぶん」

 

「おお」

 

 とっちゃんが、

 すぐに距離を詰める。

 

「何すると?

 教会の人って」

 

「何って?」

 

「学校で」

 

 澪が少し考えた。

 

「私は、

 昔からシスターになるって言われてて、

 今は見習いからやらせてもらっています」

 

「シスター?」

 

「うん」

 

「昔から?」

 

「うん、小さい頃から」

 

「え?」

 

 ケータが聞き返す。

 

「小さい頃?」

 

「うん」

 

 澪は、

 当たり前のように頷いた。

 

「教会では、

 小さい頃から祈りとか、

 いろいろこの世界のこと教わるから」

 

「俺らはつい最近知ったよ……」

 

 ケータが呟く。

 

「俺ら、

 十歳になったときやけんね」

 

「十歳?」

 

 今度は澪たちが驚く。

 

「そんなに遅いの?」

 

「遅い!?」

 

 とっちゃんが声を上げる。

 

「遅いかー……

 遅いよなー」

 

 千鶴子が、

 くすっと笑った。

 

「ほんとに違うんだ」

 

 

 

 神社と。

 

 教会。

 

 

 

 同じように祈る場所なのに。

 

 育ち方まで、

 全然違う。

 

 

 

「春子は?」

 

 とっちゃんが聞く。

 

 春子が、

 少しだけ目を逸らす。

 

「……祓魔師(エクソシスト)」

 

 

 

「エクソシスト!?」

 

 

 

 とっちゃんの声が、

 天主堂の前に響いた。

 

「声大きい」

 

「悪魔祓うやつ!?」

 

「……たぶん」

 

「十字架使う?」

 

「……知らない」

 

「聖水は?」

 

「知らない」

 

「悪魔と戦う?」

 

「……だから、

 まだ詳しく知らない」

 

「学校で習うと?」

 

「……たぶん」

 

「分かったら教えてよ!」

 

「……なんでそんな気になるの」

 

「かっこよかやん!」

 

 春子が、

 困ったように澪を見る。

 

 澪は。

 

 少し笑っていた。

 

「なに」

 

「春子が、

 初めて会った人とこんなに喋るの珍しい」

 

「……喋らされてるだけ」

 

 千鶴子も笑う。

 

「でも返事してる」

 

「……うるさい」

 

「なんか俺怒られた?」

 

「たぶん違うと思う……よ?」

 

 ケータが答えた。

 

     *

 

「だから、

 サンクチュアリを単純に結界と同一視する説明は不正確です」

 

「機能が近いって言っただけでしょ」

 

「聞き手が誤解する可能性があります」

 

「十歳の子に初手から定義論ぶつける方がどうかしてるのよ」

 

「誤った知識を与えるよりはましです」

 

「誤ってない!」

 

 

 

 先生たちは。

 

 まだやっていた。

 

 

 

 野見山先生が、

 メガネを押し上げる。

 

「そもそも、

 あなたは昔から説明が感覚的すぎるんです」

 

「研究者に言ってる?」

 

「だから問題だと言っています」

 

「じゃあ聞くけど、

 あなたメアの分類論どこまで追えてる?」

 

「今はサンクチュアリの話です」

 

「逃げた」

 

「論点をずらさないでください」

 

「はいはい」

 

「その返事もやめてください」

 

「細かい!」

 

 

 

 とっちゃんが、

 感心したように呟く。

 

「ほんと仲悪いんやな」

 

 澪は、

 二人を見る。

 

「……前に会ったときも、

 だいたいこんな感じだったわ」

 

「いつも?」

 

 ユキが聞く。

 

「玲子さんがいるときは」

 

 千鶴子が、

 小さく笑った。

 

「聖司先生、

 玲子さんのことだけすごく細かいから」

 

「他の人には?」

 

「普通。

 すごく丁寧」

 

「へえー」

 

 三人が、

 揃って野見山先生を見る。

 

「……何ですか」

 

「なんでもないです」

 

 ケータが答えた。

 

 春子も、

 ちらりと野見山先生を見る。

 

「……玲子お姉ちゃんにだけ、

 ちょっとうるさい」

 

「春子」

 

「……ほんとのこと」

 

「へえー」

 

 とっちゃんが、

 もう一度言った。

 

「何ですか、その反応は」

 

「なんでもないです」

 

 

 

「そういえば川中島」

 

 野見山先生が、

 何かを思い出したように言った。

 

「まだ反転には至っていないそうですね」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 玲子先生の目が、

 細くなる。

 

「何?

 急に」

 

「確認です」

 

「絶対違うでしょ」

 

「私は先日、

 反転まで到達しましたので」

 

「顔!」

 

「何ですか」

 

「めちゃくちゃ嬉しそうじゃない!」

 

「気のせいです」

 

「腹立つーー!」

 

 

 

「……反転?」

 

 

 

 ケータが、

 小さく首を傾げた。

 

「なんそれ?」

 

 とっちゃんも聞く。

 

 玲子先生が、

 振り返る。

 

「あー……

 それは学園でちゃんと習うから、

 今は気にしなくていいわ」

 

「今説明しても構いませんが」

 

「絶対いらない」

 

「なぜです?」

 

「あなたが説明したら、

 一時間かかるからよ!」

 

「内容を正確に理解するために必要な時間です」

 

「ほら!」

 

「何が『ほら』ですか」

 

 野見山先生が、

 メガネを押し上げる。

 

「いずれにせよ、

 私は反転まで到達した。

 あなたはまだ。

 これは事実です」

 

「だから嬉しそうな顔するな!」

 

「努力の差ですね」

 

「研究職と同じ物差しで比べるな!」

 

「言い訳ですか?」

 

「殴るわよ!」

 

「反転もできないのに?」

 

 

 

「野見山ぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 玲子先生が、

 一歩踏み出す。

 

「先生!」

 

 ケータが慌てて止める。

 

「教会の前!

 教会の前!」

 

「離してケータ君!

 今日だけはあいつに一発――」

 

「暴力はいけません」

 

「原因が言うな!」

 

 

 

 六人は、

 顔を見合わせた。

 

 

 

 澪が、

 小さく息を吐く。

 

「やっぱり、

 しばらく終わらなそうね」

 

「そうやね」

 

 ケータも頷いた。

 

     *

 

「じゃあ、

 学校でまた会えるんよね?」

 

 ユキが聞く。

 

「うん」

 

 千鶴子が答える。

 

「たぶんすぐ」

 

「今度、

 教会のこともっと教えて」

 

「じゃあ神社のことも教えて」

 

「いいよ」

 

 ケータも頷いた。

 

「俺も聞きたい」

 

 澪が、

 少し笑う。

 

「じゃあ交換ね」

 

「春子!」

 

 とっちゃんが呼ぶ。

 

「……なに」

 

「エクソシストのこと分かったら教えてな!」

 

「……覚えてたら」

 

「約束な!」

 

「……勝手に決めないで」

 

「じゃあ学校で!」

 

「……うん」

 

 

 

 その少し離れたところでは。

 

 

 

「あなたは安全性を軽視しすぎなんです!」

 

「軽視してない!

 状況に合わせて判断してるの!」

 

「それを場当たり的と言うんです!」

 

「融通が利かないよりマシでしょ!」

 

 

 

 まだ終わっていない。

 

 

 

「玲子先生ー!」

 

 ケータが、

 駐車場の方から呼ぶ。

 

「もう行くよー!」

 

「今行く!」

 

「話はまだ終わっていませんよ」

 

「こっちは次の予定があるの!」

 

「逃げるんですか?」

 

「違う!」

 

「では続きを――」

 

「次会ったときね!」

 

 

 

 玲子先生が、

 早足でこちらへ戻ってくる。

 

 野見山先生は、

 呆れたようにメガネを押し上げた。

 

 

 

 ケータたちは、

 もう一度三人を見る。

 

「じゃあ」

 

「うん」

 

 

 

「学校で!」

 

 

 

 六人が、

 それぞれ手を振った。

 

「玲子さん。

 また学校で」

 

 澪が言う。

 

「うん。

 またね」

 

「玲子さん、

 気をつけて」

 

 千鶴子も笑う。

 

「ありがとう」

 

 最後に。

 

 春子が、

 小さく手を上げた。

 

 

 

「玲子お姉ちゃん。

 またね」

 

 

 

 玲子先生が、

 少しだけ目を細める。

 

「うん。

 またね、春子ちゃん」

 

 

 

 神社で育った三人と。

 

 教会で育った三人。

 

 

 

 祈り方も。

 

 教わってきたことも。

 

 きっと、

 まだ知らないことばかり。

 

 

 

 でも。

 

 

 

 そんなことは、

 今はたいした問題じゃなかった。

 

 

 

「次はどこ行くと?」

 

 とっちゃんが、

 車へ乗りながら聞いた。

 

「とりあえず日田方面」

 

 玲子先生が答える。

 

「山?」

 

「違う」

 

「ほんと?」

 

「ほんと!」

 

「よかったー」

 

 車の扉が閉まる。

 

 

 

 ケータは、

 最後にもう一度。

 

 赤煉瓦の天主堂を見た。

 

 

 

 違う世界も知った方がいい。

 

 

 

 スクネの言葉が、

 少しだけ頭に残っていた。


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