第1話 特別な日常-後編
1話後編です
感想などいただけましたら、とても励みになります。
午後。
真夏の陽は、
空の高いところにあった。
星結神社では、
来週の準備が進んでいる。
その神楽舞台に、
父がいた。
「父ちゃん!」
「おう。おかえり」
「今日も神楽やる?」
「ああ」
「見る!」
「毎日見てとるやん」
「何回見てもいいやん」
父が笑った。
「稽古までまだ時間あるけん、遊んでこい」
「はーい」
父は舞台へ戻る。
その背中を、
ケータは少しだけ見ていた。
舞台に立つ父は、大きい。
いつか。
自分も、
あんなふうに舞いたい。
「けーたーん!」
「今行く!」
ケータは父の背中に手を振って、
友達のところへ走った。
*
「俺はプロ野球選手」
とっちゃんは即答した。
「やっぱり?」
「当たり前やろ」
稽古までの暇つぶしに、
来週発表する夢の話になっていた。
「ユキは?」
「私はテニス続けたいなー。できればプロ!」
「プロテニス選手?」
「うん! けーたんは?」
「俺? いっぱいあるよ」
「いっぱい?」
ケータは指を折る。
「宇宙飛行士、サッカー選手、神楽、宮司。それから医者もいいし、世界中にも行きたい」
「多っ!」
とっちゃんが笑った。
「まだあるよ」
「そんなにどうすると?」
「全部やればいいやん」
「身体一個しかないやん」
「順番にやればいい」
「何歳まで生きる気や!」
ユキが笑った。
「でも、とっちゃんも野球だけじゃなかろ?」
「俺はプロ野球選手」
「神楽は?」
「やるよ。神楽んときは手伝う」
「囃子方は?」
「ならんって」
とっちゃんは笑った。
「俺はプロ野球選手。神楽んときは手伝うけどさ」
「笛も太鼓も?」
「やるやる。けーたんが舞うなら、俺が囃す」
「じゃあ俺、舞う方!」
「いつもやっとるやん」
「もっと上手くなりたい」
「はいはい」
三人で笑った。
いつの間にか、
西日が境内を照らしていた。
神楽の稽古が始まる時間も、
もう近い。
「……ん?」
神楽舞台の向こうを、
白いものが横切った。
「今の……」
「どうしたと?」
「なんかおった」
「どこ?」
「あそこ」
ケータが指差す。
何もいない。
「白いやつ。猫かな?」
「どこどこ?」
そのとき。
また、
白いものが横切った。
「あ!」
白い。
速い。
「ちょっと見てくる!」
「けーたん?」
ケータは駆け出した。
*
ちらり。
白い影が木々の間を駆け抜ける。
「速っ……!」
白い毛。
長い耳。
「ウサギ……?」
また見えた。
ずっと先。
「待てー!」
もちろん、
待たない。
白い影は、
何かを急ぐように先へ先へと駆けていく。
「けーたん!」
後ろからユキの声。
「どこ行くとー!」
「ウサギ!」
「どこどこー!?」
ケータは走った。
白い影を追って。
走った。
全力で走った。
**
みんなの声は、
聞こえなくなっていた。
「……あれ?」
白い影もいない。
「とっちゃーん!」
返事はない。
「ユキー!」
木々が揺れる音だけ。
「……どこ行ったん?」
辺りを見回す。
そして――
「……うわ」
巨大な岩があった。
岩というより、
崖だった。
圧倒されるほど大きな岩肌。
そこには、
いくつもの何かが彫られている。
獣のようなもの。
鳥のようなもの。
人のようにも見えるもの。
どれも、
何なのかよく分からない。
「……なんや、これ」
知らない。
こんな場所、
来たことなんてない。
そのはずなのに――
初めて見る気がしない。
ずっと昔に、
ここへ来たことがあるような。
「……んなわけないか」
ケータは大岩を見上げた。
気がつけば、
追いかけていた白い影のことも忘れていた。
やがて、
その根元に腰を下ろす。
木漏れ日が、
大岩の足元まで差し込んでいた。
「……みんな、一個なんやな」
さっきの話を思い出す。
「俺、多すぎるんかな」
どれも、
やめたいとは思わない。
これから、
もっと増えるかもしれない。
「でもなあ……」
膝を抱える。
「一個に決めんでもいいやん」
母の顔を思い出した。
――母さんは、全部応援するわ。
「……うん」
膝を抱いたまま、
しばらくぼんやりしていた。
ケータの影が、
足元に短く落ちている。
「……帰らんとな」
立ち上がろうとして――
ケータは止まった。
大岩の前に、
何かいる。
「…………」
白いウサギだった。
真っ白な毛。
黒いタキシード。
頭には、
小さなシルクハット。
そして――
銀色の懐中時計。
ウサギは、
その時計を覗き込んでいた。
「…………え?」
長い耳が、
ぴくりと動く。
ウサギが顔を上げた。
目が合った。
「…………」
ケータが目を見開く。
ウサギも、
目を見開いた。
「えっ!?」
「えっ!?」
謎のウサギと初遭遇
このウサギはなんなんでしょ
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
8/29 19:00 第3話更新予定です
感想などいただけましたら、とても励みになります。




