第17話 帰還は下山?
スクネが消えてから、
しばらくして。
玲子先生が、
金色面を丁寧に包み直した。
「さて」
立ち上がり、
三人を見る。
「私たちも帰りましょうか」
「……帰るって」
とっちゃんが、
周囲を見渡す。
岩。
木々。
切り立った山肌。
けれど。
帰り道らしきものは、
どこにも見当たらない。
「……どうやって帰るの?」
「ああ、そこからね」
玲子先生は、
少し考えてから説明を始めた。
「そうね。あなたたちは今、半分寝てて、半分起きているような状態なの」
「……え」
「だから、醒界へ戻るには完全に起きる。覚醒する必要があるわ」
とっちゃんが、
自分の身体を見る。
「え、今俺、寝てんの?」
「そうね。そう思ってくれていいわ」
「寝ながら山登りしたと?」
「その理解だとだいぶ違うけど、今はそれでいいわ」
「どっちなん」
「詳しく説明すると長くなるから授業でね」
「便利やな、その言葉」
玲子先生は聞かなかったことにした。
「覚醒の仕方はいろいろあるの。慣れてる人なら自分で戻れるし、強い刺激で醒めることもある」
「強い刺激?」
「痛みとか」
「嫌や」
「だから、安全に帰るための方法がちゃんとあるのよ」
「あ」
ユキが声を上げた。
「レム層に来る前の謎の儀式」
「そう、それ」
玲子先生が指を立てる。
「宝満山に入るとき、あなたたちに水と花をつけたでしょ?」
「うん」
「でも、どうするの?」
「簡単よ。まずは――」
玲子先生が、
ユキの前に立つ。
「じっとしてて」
額へ手を伸ばし。
布で、
そっと拭った。
「ケータくんも」
ケータの額。
とっちゃんの額。
肩につけていたものも、
順番に拭き取っていく。
「これで終わり?」
「まだ」
「あと何すると?」
「これ」
玲子先生が、
荷物の中へ手を入れた。
取り出したのは。
小さな容器。
益影の井で汲んだ水。
「……先生?」
にこっ。
「おやすみなさい」
「え?」
バシャッ。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
「冷たっ!」
**
「――おはよう、三人とも」
「……ん」
ケータが、
ゆっくり目を開けた。
最初に見えたのは、
木の葉の隙間から差す陽だった。
鳥の声。
水の流れる音。
遠くから聞こえる、
誰かの話し声。
さっきまでのレム層とは、
違う。
醒界。
「……あれ?」
身体を起こす。
隣では、
とっちゃんも目を擦っていた。
「ほんとに寝とった……?」
ユキも、
ゆっくり辺りを見る。
「ここ……」
三人の前には、
古い鳥居が立っていた。
ケータは見上げる。
「ここって……最初の鳥居?」
「そうね」
玲子先生が答える。
「一の鳥居よ」
三人が、
揃って振り返った。
ついさっきまで。
宝満山の山頂にいたはずだ。
「……いつの間に降りてきたん?」
とっちゃんが言う。
「俺ら、上宮におったよな?」
「いたわね」
「じゃあ」
目が輝く。
「ワープしたん?」
「それより」
ユキが鳥居を見る。
「もう醒界――現実に戻ってきたってこと?」
「ええ」
玲子先生は、
満足そうに頷いた。
「無事に戻ってきたわよ」
ケータが、
鳥居の向こうを見る。
人の声。
普通の山道。
風に揺れる木々。
確かに。
もうあの不思議な静けさはない。
「出口って、山頂じゃないん?」
「レム層の出口は一つじゃないの」
玲子先生が説明する。
「入った場所からそのまま出るとは限らないし、どこに出るかも完全には分からない」
「危なくない?」
「だから入る前に、ちゃんと帰るための準備をしたの」
「あの水?」
「そう」
玲子先生は、
一の鳥居を指さした。
「今回は運がよかったわね。ここをくぐれば結界の外。ほとんど下山完了よ」
「なんでそんな都合よく?」
「さあ」
玲子先生は、
山頂の方を見上げた。
「天狗さんのおかげかしら」
とっちゃんが、
もう一度周囲を見回す。
「つまり……」
拳を握る。
「ワープやん!」
「そこに戻るの?」
「だってワープやろ!? 山頂から一瞬でここやろ!?」
「理屈は全然違うけど――」
「ワープやん!」
「……もう、それでいいわ」
玲子先生が諦めた。
*
鳥居をくぐる。
ほんのわずかに、
空気が軽くなった。
聖域を抜ける。
そこから先は、
本当にすぐだった。
駐車場へ戻るころには、
日もすっかり高くなっている。
「さて」
玲子先生が、
車の鍵を取り出した。
「ワープによって時間も節約できたことだし――」
そこで。
玲子先生が、
ぴたりと止まった。
「……って、私までワープって言ってるじゃない」
「ほら!」
とっちゃんが、
嬉しそうに指をさす。
「先生もワープって認めた!」
「認めてない! あなたがずっとワープワープ言うから移ったの!」
「ワープ先生」
「やめなさい」
玲子先生は、
気を取り直すように咳払いした。
「とにかく。時間も節約できたことだし、さっさと行きましょう」
「次どこ?」
「小郡」
「太宰府は?」
ユキが聞く。
「本当は太宰府天満宮にもお参りして、少しゆっくりする予定だったんだけど」
玲子先生は、
三人を見る。
一瞬だけ。
ケータとも目が合った。
「今日は、いろいろあったからね」
ケータは、
何も言わなかった。
ただ。
小さく頷いた。
「太宰府天満宮は、また今度にしましょう」
「えー」
ユキが、
分かりやすく頬を膨らませた。
「梅ヶ枝餅食べたいー」
「そっち?」
「そっちも大事」
「大丈夫よ」
玲子先生が笑う。
「梅ヶ枝餅なら道中でも買えるから。買って車で食べましょう」
ユキの顔が、
一瞬で明るくなる。
「やったー!」
「切り替え早っ」
とっちゃんが呆れる。
「そこまでして食べ――」
ユキが、
とっちゃんを見る。
「…………」
とっちゃんの口が閉じた。
「食べ?」
「……食べた方がいいよな。せっかく太宰府来たし」
「うん!」
「意見変わるの早いな」
ケータが、
小さく笑った。
ほんの少しだけ。
それを見たユキも、
何も言わずに笑った。
「はいはい、乗ってー」
玲子先生が、
運転席へ向かう。
「梅ヶ枝餅買ったら、そのまま小郡へ行くわよ」
三人も、
車へ乗り込んだ。
宝満山が、
少しずつ後ろへ遠ざかっていく。
次の目的地は。
小郡。
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