第11話② タカツユキ
――ドン。
とっちゃんの太鼓が、境内に響いた。
そこへ笛と鉦が重なり、ケータは舞う。
さっきまでとは、少し違っていた。
何度も一緒に神楽をやってきたから、とっちゃんがどこで音を置くのか分かる。次の一歩を踏み出す、その少し前から、背中の向こうで太鼓が待っている。
ケータが踏み込む。
――ドンッ。
腹の底に響く一打と、足がぴたりと重なった。
振り返らなくても、とっちゃんが笑ったのが分かった気がした。
ケータも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
*
星結は続いた。
一人、また一人と名前を呼ばれ、子供たちが神前へ進んでいく。一礼すると囃子が静まり、淡い光が身体を包む。
「消防士になります」
「動物のお医者さんになります」
「ケーキ屋さんになります」
あの日、途中で止まった子供たちの星結が、一つずつ結ばれていった。
とっちゃんの太鼓も、最初こそ少し硬かったものの、何人かを送り出す頃には神楽の中へ馴染んでいた。力強く打つところもあれば、ケータの舞を邪魔しないよう、そっと添えるような音もある。
舞台の脇では、ユキも忙しく働いていた。
白衣に緋袴。長い髪をきちんとまとめ、祭具を運び、次の子供を神前へ案内する。置かれたものが乱れていればすぐに直し、そのたびに近くの巫女の動きをちらりと見て確かめていた。
さっきまで、とっちゃんの宣言に目を丸くしていたのが嘘みたいだ。
もう、すっかり巫女らしく見える。
「ユキ。足」
「え?」
「開いとる」
「……あ」
ユキが慌てて両足を揃えると、そばにいた巫女が満足そうに小さく頷いた。
ケータは舞いながら、ちょっとだけ笑った。
*
陽は、朝より高くなっていた。
蝉の声は相変わらず騒がしかったが、風に混じる焦げた匂いは、鳥居をくぐった時より薄くなった気がする。
星結を終えた子供たちは、それぞれ家族のもとへ戻っていた。
残っているのは、あと一人。
舞台の脇で、ユキが最後の祭具を元の場所へ戻した。位置を確かめ、白衣の袖を整えたところで、名前が呼ばれる。
「高津ユキ」
「はい!」
ユキが振り向いた。
さっきまで他の子供たちを送り出していた場所から、今度は自分が神前へ向かって歩いていく。
ケータは、その姿を見ながら舞った。
ユキの夢なら知っている。
テニス選手になって、世界で戦うこと。プロになって、大きな大会に出ること。
何度も聞いてきた。
だから今度こそ、次に出てくる言葉を知っているつもりだった。
――ドン。
とっちゃんの太鼓が低く鳴った。
ユキは神前で足を止める。
両足を揃えた。
今度は、ちゃんと揃っている。
深く一礼すると、もう一度太鼓が鳴り、その余韻だけが境内へ残った。
風が白衣の袖を揺らす。
やがて、神前から淡い光が降り始めた。
とっちゃんの時よりも白く、朝の光へ溶けてしまいそうなほど淡い。
一筋が肩へ触れ、もう一筋が白衣の袖をなぞる。その周囲を細かな光がふわりと舞い、風もないのに袖がわずかに持ち上がった。
白から金へ。
見る角度によっては、七色に薄く滲んでいる。
光そのものが羽衣になって、ユキを包んでいるようだった。
ケータは舞いながら、しばらく目を離せなかった。
ユキは目を閉じたまま、静かに立っている。
周囲を巡っていた光が少しずつ胸元へ集まり、最後に小さな光が額の前で瞬いた。
光が消える。
ユキがゆっくりと目を開け、顔を上げた。
ケータは待った。
テニス選手。
きっと、そう言う。
「わたしは――」
ユキが一度息を吸った。
「ケータの神楽を支える巫女になります!」
「…………!」
ケータの足が、今度こそ少しずれた。
……お前もかい!
すぐに鋭い太鼓の音が飛んできて、慌てて足を戻す。
とっちゃんを見ると、向こうも目を丸くしていた。
どうやら、とっちゃんも知らなかったらしい。
ユキはそんな二人に気づいているのかいないのか、神前へもう一度深く頭を下げた。
それから舞台の方へ振り向く。
目が合った。
ユキは、にこっと笑った。
いつもの顔だった。
とっちゃんの時と同じ。
ユキが鈴を手に取る。
――シャン。
澄んだ音が境内へ広がり、その余韻に太鼓が重なった。
ケータは二人から目を戻し、正面を向く。
もう一度、舞い始めた。
*
太鼓に合わせて足を運び、鈴の音に乗せて袖を返す。
そこへ笛と鉦が加わると、それまで別々だった音が、少しずつ一つの囃子へまとまっていった。
とっちゃんが囃す。
ユキが神前を支える。
その真ん中で、ケータは舞った。
父はいない。
母も、ここにはいない。
舞台もあの日とは違い、境内にはまだ焼け跡が残っている。
それでも、神楽は続いている。
ケータはもう、とっちゃんもユキも見なかった。
見なくても、分かる。
二人とも、そこにいる。
最後の舞へ入る。
身体を返し、袖を翻し、踏み込む。
――ドンッ。
腹の底へ、太鼓が響いた。
その余韻を追うように、鈴が鳴る。
ケータは最後の一歩を踏み、静かに動きを止めた。
しばらくして、蝉の声が戻ってきた。
風が境内を抜け、木々の葉をさらさらと揺らしていく。
ケータが顔を上げると、舞台の向こうにとっちゃんとユキがいた。
三人の目が合う。
とっちゃんが、にっと笑った。
ユキも笑う。
ケータも、少しだけ笑った。
星結は、今度こそ終わった。
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