第9話② シンソウヘノテガカリ
ピッ。
ピッ。
病室には、
重い沈黙が残っていた。
しばらくして。
「……今度は」
玲子が、
口を開いた。
「私から、
一つ聞いてもいい?」
ケータが、
顔を上げる。
「俺に?」
「うん」
玲子の表情から、
少しだけ柔らかさが消えた。
「ケータくん」
「…………」
「あのとき、
何をしたの?」
「……何を?」
「最後の夢獣が、
封印される前」
「…………」
「覚えてない?」
「何が?」
玲子が、
とっちゃんとユキを見る。
「二人は、
見たよね?」
「……うん」
とっちゃんが、
頷く。
「何を?」
ケータが聞く。
「ケータンが……」
とっちゃんが、
頭を掻いた。
「急に、
変になったっちゃん」
「変?」
「目!」
ユキが、
自分の目元を指さす。
「真っ赤になった」
「俺の?」
「うん」
「髪も、
ぶわってなって」
「…………」
「それで」
とっちゃんが、
両手を広げる。
「カチッて聞こえたと思ったら、
ケータンがおらんくなって」
「おらんくなった?」
「消えた」
「…………」
「で」
とっちゃんが、
少し身を乗り出す。
「あのでっかいやつが、
ドゴーンって――」
「待って」
ケータが、
手を上げる。
「俺が?」
「うん」
「あのでっかいのと、
戦ったと?」
「…………」
とっちゃんとユキが、
顔を見合わせる。
「戦ったっていうか……」
「めっちゃ強かった」
ユキが言った。
「ケータンが、
ずっと押さえつけとった」
「俺が……?」
「うん」
ケータは、
玲子を見る。
「本当なん?」
玲子が、
ゆっくり頷いた。
「二人の話と、
私たちが確認した状況は一致してる」
「…………」
「あの大型夢獣を押さえ込んだのは――」
玲子が、
ケータを見る。
「あなたよ」
「…………」
何も。
覚えていない。
「だから、
私も知りたいの」
「…………」
「何か覚えてない?」
「誰かの声を聞いたとか」
「何かを見たとか」
「自分じゃない誰かが、
いたような感覚とか」
「……分からん」
「本当に、
何も覚えとらん」
「…………」
「思い出そうとしたら……」
ケータが、
頭に手を当てる。
「また、
痛くなりそうで」
「そっか」
玲子の表情が、
柔らかく戻った。
「ごめんね」
「今は、
それでいいよ」
それ以上。
玲子は、
聞かなかった。
ケータは、
自分の手を見る。
細かい傷の残る、
小さな手。
この手で。
あのでかいのを。
「…………」
何も、
覚えていない。
それが。
少し、
怖かった。
「ケータくん」
「……ん?」
「今、
私から言えることは多くないの」
「…………」
「昨日、
何が起きたのか」
「夢獣が何なのか」
「夢害が何なのか」
「お母さんに、
何が起きたのか」
そして。
「あなた自身に、
何が起きたのか」
「…………」
「私にも、
分からないことがある」
「話せないことも、
たくさんある」
「…………」
「じゃあ」
ケータが、
玲子を見る。
「どうしたら、
分かると?」
「…………」
玲子は、
少しだけ黙った。
「知りたい?」
「…………」
ケータは、
すぐには答えなかった。
父ちゃん。
母ちゃん。
あの獣。
そして。
自分。
「……知りたい」
「そっか」
玲子が、
静かに頷いた。
「なら」
「そういうことを学べる場所があるわ」
「場所?」
「学校」
「…………」
「学校?」
とっちゃんが、
眉を寄せる。
「うん」
「夢見学園」
「…………」
「そこでなら、
今よりずっと多くのことを知ることができる」
「昨日のことも?」
「うん」
「母ちゃんのことも?」
「…………」
玲子は、
少しだけ間を置いた。
「少なくとも」
「今よりは、
真実に近づけると思う」
「…………」
「私も、
そこで働いてるの」
「先生ってこと?」
「うん」
玲子が、
少しだけ笑った。
「今年からだけどね」
「新人?」
「二年目」
「新人やん」
「二年目」
「…………」
「そこ大事だから」
とっちゃんが、
小さく笑った。
ユキも、
少しだけ笑う。
ケータは、
笑えなかった。
でも。
さっきまでより、
ほんの少しだけ。
息がしやすかった。
「今すぐ、
決めなくていい」
玲子が、
椅子から立ち上がる。
「今日は、
もう十分だから」
「…………」
「ゆっくり考えて」
玲子は、
病室の扉へ向かう。
その途中で。
足を止めた。
「それと」
「……?」
「星結の日」
ケータの指が、
わずかに動く。
「あの日は、
まだ終わってないの」
「…………」
「としふみくんとユキちゃんをはじめ、
昨日、儀式を終えられなかった十歳の子たちには」
玲子が、
振り返る。
「もう一度、
星結の儀を受けてもらうことになる」
「……もう一回?」
とっちゃんが、
目を丸くする。
「うん」
「また神楽もすると?」
「もちろん」
「…………」
玲子が、
今度はケータを見る。
「神楽を舞うのは、
ケータくんよ」
「…………」
「俺?」
「うん」
「なんで俺?」
「それは、
また今度」
「禁則事項?」
「これは違う」
「じゃあ今教えてよ」
「今日はもう、
話しすぎたから」
「それずるくない!?」
とっちゃんの声が、
病室に響いた。
玲子が、
小さく笑う。
「じゃあ、
今日はゆっくり休んで」
扉に、
手をかける。
「川中島さん」
「ん?」
ケータが、
玲子を見る。
「…………」
聞きたいことは、
まだたくさんあった。
でも。
何から聞けばいいのか、
分からなかった。
「……なんでもない」
「そっか」
玲子が、
微笑む。
「また来るね」
――ガラ。
扉が、
閉じた。
「…………」
病室に、
三人が残された。
ピッ。
ピッ。
規則正しい電子音だけが、
聞こえてくる。
父ちゃんは、
死んだ。
母ちゃんは、
分からない。
夢獣。
夢害。
寝夢。
夢見学園。
そして。
自分自身。
「…………」
知らないことばかりだった。
ケータは、
自分の手を見つめた。
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