第9話① ネム&クラディス
両親はどうなった?
この世界はどういう世界?
「その話も、
しないとね」
お姉さんは、
ベッドの横に置かれていた椅子を引いた。
ケータのそばへ、
静かに腰を下ろす。
「でも、その前に」
「……?」
「ちゃんと、
自己紹介してなかったね」
お姉さんは、
少しだけ笑った。
「川中島玲子。
二十三歳」
「にじゅうさん……」
「そこ、
繰り返す必要ある?」
「いや……」
思ったより、
若かった。
玲子は、
とっちゃんとユキを見る。
「二人は、
昨日ぶりね」
「……こんにちは」
ユキが、
小さく頭を下げる。
とっちゃんも、
つられるように頭を下げた。
「こんにちは」
玲子も、
同じように頭を下げる。
それから。
改めて、
ケータへ向き直った。
「私は……
そうね……
公安の特務機関に所属してるの」
「公安?」
「そう」
「……何したと?」
「私が?」
「うん」
「何もしてないわよ」
「…………」
「その顔、
信じてないでしょ」
「黒づくめだし」
玲子が、
自分のスーツを見る。
「服が?」
「うん」
「それは否定できないわね」
玲子が、
小さく笑った。
けれど。
その笑みは、
すぐに消えた。
「それじゃあ」
玲子が、
ケータを見る。
「さっきの質問に、
答えるね」
「…………」
ケータの指が、
布団を掴んだ。
「お父さんは――」
玲子は、
ケータから目を逸らさなかった。
「亡くなったわ」
「…………」
ピッ。
ピッ。
規則正しい電子音が、
病室に響く。
「……え?」
「昨日の夜、
死亡が確認されたの……」
「…………」
ケータは、
玲子を見ていた。
父ちゃんが。
死んだ。
言葉の意味は、
分かる。
なのに。
頭の中に、
入ってこない。
「……父ちゃんが?」
「うん」
「…………」
頭の奥が、
ずきりと痛んだ。
炎。
大きな、
黒い何か。
その前に――
「っ……」
「思い出さなくていい」
玲子の声が、
記憶を遮った。
「今は、
無理に思い出さないで」
「…………」
ケータは、
俯いた。
布団を握る。
力を入れているつもりは、
なかった。
それでも。
指が、
白くなっていた。
「……母ちゃんは?」
「…………」
玲子は、
すぐには答えなかった。
ケータを見る。
それから。
とっちゃんとユキにも、
視線を向けた。
「お母さんのことを説明するには――」
一度、
息を吐く。
「まず、
昨日何が起きたのか」
「…………」
「そこから、
少しだけ話す必要があるわ」
「昨日のこと……?」
「うん」
玲子が、
椅子に座り直した。
「三人とも」
「昨日、
見たものは覚えてる?」
「なんか……」
ユキが、
両手を膝の上で握る。
「変なのが、
いっぱい出てきて……」
「犬みたいなのとか」
とっちゃんが続ける。
「白い服着た、
でっかいやつとか……」
「うん」
玲子が、
頷いた。
「あれを私たちは、
夢獣と呼んでる」
「バク?」
「夢の獣と書いて、
夢獣」
「…………」
ケータの頭に。
白い犬。
白い服。
いくつもの影が、
ぼんやりと浮かぶ。
「あれ、
なんなん?」
「そうね……」
玲子が、
少し考える。
「その話をする前に、
一つだけ知っておいてほしいことがあるの」
「?」
「三人とも、
夢はあるよね?」
「夢?」
「将来、
何になりたいか」
「ああ」
「俺、
プロ野球選手!」
とっちゃんが、
すぐに答える。
「私はテニス!」
「うん。
そういう夢」
玲子が、
頷いた。
「でもね」
「夢には、
もう一つあるの」
「もう一つ?」
「人は、
眠っているあいだにも夢を見てる」
「…………」
三人が、
玲子を見る。
「寝とるときに?」
「うん」
「寝とるだけやろ?」
とっちゃんが、
首を傾げる。
「身体はね」
玲子が、
自分の頭を指さした。
「でも、
脳は眠っているあいだも働いてるの」
「脳みそが?」
「そう」
「脳ってね。
身体全体の重さでいえば、
二パーセントくらいしかないの」
「二パーセント?」
「ほんの少しってこと」
玲子が、
親指と人差し指を近づける。
「なのに、
身体が使うエネルギーの二十パーセントくらいを使ってる」
「そんなに?」
「ものすごく食いしん坊なのよ。
脳みそって」
「…………」
「しかも、
眠ったからって止まらない」
「じゃあ、
何しよると?」
「その日にあったことを、
整理してるの」
「整理?」
「見たこと」
「聞いたこと」
「覚えたこと」
「嬉しかったこと」
「怖かったこと」
「そういうものを、
眠っているあいだに繋ぎ直してる」
「…………」
「たとえば」
玲子が、
少し身を乗り出す。
「テストの前の日に、
一夜漬けしたことない?」
「ある」
とっちゃんが、
即答した。
「早いな」
「だって、
あるもん」
ユキが、
呆れたようにとっちゃんを見る。
「必死に覚えて、
テスト中はなんとか書けたのに」
「終わったら、
きれいさっぱり忘れてたりしない?」
「ある!」
とっちゃんが、
大きく頷いた。
「めっちゃある!」
「それ」
玲子が、
とっちゃんを指さす。
「ちゃんと記憶として、
定着してないの」
「寝てないから?」
「それも大きいわね」
「勉強したあとにちゃんと眠ると、
脳が覚えたことを整理してくれる」
「じゃあ、
テスト前は寝た方がいいと?」
「寝たほうがいいと言われているわ。
記憶の定着だけでなく、集中力って意味でもね」
「…………」
「めっちゃ寝た方がいいんだ……」
「とっちゃんの場合はまず勉強せんとやん」
ユキが、
ぼそっと言った。
玲子が、
小さく笑う。
「ほかにもね」
「金木犀の匂いを嗅いだら、
なんだか懐かしいって思ったりするでしょ?」
「ある」
「昔嗅いだ匂いと、
そのとき見た景色とか」
「一緒にいた人とか」
「そのときの気持ちとか」
「そういうものを、
脳が繋げて覚えてるからなの」
「…………」
「眠っているあいだ」
「脳はそうやって、
体験したことを何度も組み直す」
「組み直す?」
「もし、
あのとき違うことをしていたら」
「次に同じことが起きたら」
「今まで見たものや、
聞いたものや、
感じたものを使って」
「頭の中で、
何度も試してるの」
「…………」
「それが――」
玲子が、
一度言葉を切る。
「眠っているあいだに見る、
もう一つの夢」
「私たちは、
それを寝夢と呼んでる」
「ねむ……」
「うん」
「でもね」
玲子が、
少しだけ笑う。
「ものすごい量の計算をしてるから、
人はその内容を覚えていないの」
「一個も?」
「ほとんど全部」
「じゃあ、
夢見とるって分からんやん」
「そう」
「だから、
普通の人は寝夢の存在を知らない」
「…………」
「でも、
寝夢そのものを忘れても」
「整理された記憶や、
そこで得たものは残る」
「だから人は、
眠るの」
「…………」
ケータは、
少し考えた。
「じゃあ……」
「あいつらも、
その寝夢と関係あると?」
「…………」
玲子の表情が、
少し変わった。
「うん」
「どういう関係?」
「そこから先は――」
玲子が、
困ったように笑う。
「禁則事項……詳しくは言えない……」
「また?」
「ごめんね」
「本当は、
寝夢のことだって簡単に話しちゃいけないの」
「……」
「もう少しだけ……
可能な限り説明するわ」
玲子の笑みが、
静かに消える。
「それに」
ケータを見る。
「お母さんに何が起きたのかを、
説明しないと……いけないよね」
「…………」
「母ちゃん……」
「うん」
玲子が、
静かに頷いた。
「話を戻すね」
「昨日、
最後に現れた大きな夢獣」
「…………」
「あれを封じるために」
玲子は、
ケータから目を逸らさなかった。
「お母さんは、
夢獣と一緒に封印された」
「……封印?」
「うん」
「どういうこと?」
「閉じ込めた、
と思ってもらっていいわ」
「母ちゃんが?」
「そう」
「なんで……?」
「…………」
「私たちは昨日」
玲子が、
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「星見宮で大きな夢害が起きる可能性があることを、
事前に把握していたの」
「クラディス?」
「夢によって起きる災害のことよ」
「昨日、
星見宮で起きたようなことをそう呼んでる」
「…………」
「だから、
万が一に備えて」
「夢獣を封印するための面を、
持っていっていた」
「面……?」
「金色の、
四つの眼がある面」
「…………」
ケータは、
眉を寄せる。
見たような。
見ていないような。
頭の奥に、
何かが引っかかる。
「その面を使えば、
強い夢獣でも封じることができる」
「じゃあ……」
ケータが、
顔を上げる。
「なんで母ちゃんまで?」
「…………」
「その面は」
玲子の声が、
少し低くなる。
「使った人も一緒に、
封じてしまうものだから」
「…………」
「お母さんは、
それを知って使った」
「…………」
ケータは、
何も言えなかった。
母ちゃんが。
自分で。
「母ちゃんは、
どこにおると?」
「…………」
「封印されたなら、
どっかにおるんやろ?」
玲子が、
ケータを見る。
「それについては、
今は話せない」
「……禁則事項?」
「うん」
「…………」
ケータが、
唇を噛む。
「じゃあ」
顔を上げる。
「母ちゃんは、
生きとるん?」
「…………」
玲子の目が、
わずかに揺れた。
「分からない」
「え?」
「生きているのか」
「亡くなっているのか」
「今の私たちには、
確認することができないの」
「でも、
封印しただけなんやろ?」
「…………」
「閉じ込めたんやろ?」
「うん」
「なら、
出せばいいやん」
「…………」
「なあ」
「出せるんやろ?」
玲子は、
すぐには答えなかった。
やがて。
静かに首を振る。
「今は、
何も言えない」
「…………」
ケータは、
俯いた。
父ちゃんは、
死んだ。
母ちゃんは、
分からない。
生きているのかも。
死んでいるのかも。
分からない。
ピッ。
ピッ。
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