第8話 シセンノサキノシンソウ
戦いという惨劇は
悲しみと謎を残し終わった
ケータは何を想うのだろうか
ピッ。
ピッ。
規則正しい電子音が、
静かな部屋に響いている。
ピッ。
ピッ。
「…………」
ケータは、
ゆっくりと目を開けた。
白い。
ぼんやりとした視界いっぱいに、
白い天井が広がっている。
「……ここ……」
声が、
掠れた。
喉が、
ひどく乾いている。
目だけを動かす。
白い壁。
カーテン。
枕元には、
見たことのない機械。
そこから伸びた線が、
自分の身体へ繋がっている。
鼻の奥には、
消毒液の匂い。
「……病院?」
身体を起こそうと、
腕に力を入れる。
「いっ……」
痛い。
腕や脚には、
細かな傷がいくつもある。
ところどころ、
皮膚が赤くなっている。
それだけじゃない。
少し身体を動かすだけで、
筋肉の奥が重く痛んだ。
「なんで……
筋肉痛……?」
起き上がるのを諦め、
枕へ頭を戻す。
ピッ。
ピッ。
「…………」
なんで、
病院にいるんだろう。
何があった。
ぼんやりとした頭の中を、
探る。
「……星結」
そうだ。
星結の日。
神楽舞台に上がって。
みんなの前で、
夢を発表した。
それから――
雷が、
落ちた。
辺りが、
真っ白になって。
火が出て。
変なのが、
いっぱい出てきて……。
「…………」
犬みたいなの。
白い服を着た、
変なの。
それから――
もっと、
大きな。
真っ黒な獣。
燃える社。
その前に、
立っていた――
「父ちゃ……」
ズキンッ。
「っ!」
突然、
頭の奥に鋭い痛みが走った。
ケータは、
こめかみを押さえる。
「なに……
これ……」
痛い。
けれど。
何かを、
思い出しかけている。
父ちゃん。
あのあと、
父ちゃんは――
「……っ」
もう一度、
記憶を辿る。
黒い獣。
父ちゃん。
その先――
ズキンッ!!
「う、あ……っ!」
ズキン。
ズキンッ!!
「あああああっ!!」
ケータは、
両手で頭を抱えた。
頭の中を、
内側から引き裂かれているような痛み。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
枕元の電子音が、
速くなる。
そのとき。
――ガラッ!
「ケータン!?」
「ケータン!!」
病室の扉が、
勢いよく開いた。
とっちゃんとユキが、
飛び込んでくる。
「ケータン、
気づいたと!?」
「大丈夫!?」
二人が、
ベッドのそばまで駆け寄ってくる。
「ケータン、
頭大丈夫?」
「…………」
ケータは、
頭を押さえたままユキを見る。
「……その聞き方は、
ひどいなぁ……」
「え?」
「いや……」
少しだけ、
息を吐く。
「昨日のこと……
思い出そうとしたら……」
「…………」
「頭が、
割れそうに痛くなって」
とっちゃんとユキが、
顔を見合わせた。
「先生、
呼んでこようか?」
「いや……
もう…ちょっとマシ」
「ほんと?」
「うん」
まだ、
ずきずきする。
けれど。
さっきまでの激痛は、
少しずつ引いていた。
ケータは、
ゆっくりと息を吐く。
ピッ。
ピッ。
電子音も、
元の間隔へ戻っていく。
「…………」
改めて、
二人を見る。
とっちゃん。
ユキ。
二人とも、
ここにいる。
「……よかった」
「え?」
「二人とも、
無事で」
ユキが、
小さく頷いた。
「うん」
「ケータンこそ」
とっちゃんが、
ほっとしたように笑う。
「全然起きんけん、
心配したっちゃけん」
「俺、
そんな寝とった?」
「昨日から、
ずっと」
「そっか……」
ケータは、
天井を見る。
昨日。
あれから、
ずっと。
「…………」
思い出そうとすると、
まだ頭の奥が疼く。
だから。
それ以上、
記憶を追うのをやめた。
代わりに、
二人を見る。
「ねえ……」
「ん?」
「あのあと……
どうなったと?」
「…………」
とっちゃんの顔から、
笑みが消えた。
ユキも、
黙っている。
「……何?」
とっちゃんが、
困ったように頭を掻いた。
「分からん」
「え?」
「俺らも、
分からんとよ」
「いやいや」
ケータは、
眉を寄せた。
「二人とも、
おったやん」
「おったけど……」
「じゃあ、
あのでっかい黒いやつは?」
「…………」
「あれ、
何やったと?」
「知らん」
「知らんって……」
「ほんとに、
知らんとって」
とっちゃんが、
少し強く言った。
「俺らも、
聞いたんよ」
「誰に?」
「あの場におった、
大人たち」
ユキも、
小さく頷く。
「何回も聞いたよ」
「あと……」
とっちゃんが、
少し声を落とす。
「あの、
黒い服の人たちにも」
「黒い服……」
見覚えのある姿が、
ぼんやりと頭に浮かぶ。
神社に来ていた、
知らない大人たち。
黒い服を着た、
あの人たち。
「何て?」
「何も」
「何も?」
「教えてくれんかった」
「なんで?」
「それが分からんけん、
困っとるんやん」
とっちゃんが、
口を尖らせる。
「聞いても、
今は話せんとか」
「ケータンが起きてからとか」
ユキが、
小さな声で続けた。
「そればっかり」
「…………」
ケータは、
枕へ背中を預けた。
分からない。
自分は、
覚えていない。
二人も、
知らない。
知っていそうな大人たちは、
教えてくれない。
ピッ。
ピッ。
病室に、
電子音だけが響く。
「…………」
その音を聞きながら。
ケータは、
ふと気づいた。
いない。
目を覚ましてから。
まだ一度も、
顔を見ていない。
「……ねえ」
「ん?」
ケータが、
二人を見る。
「父ちゃんは?」
「…………」
とっちゃんの表情が、
固まった。
ユキが、
俯く。
胸の奥が、
ざわついた。
「……母ちゃんは?」
誰も、
答えない。
「二人は?」
「…………」
「どこにおると?」
とっちゃんが、
拳を握る。
ユキも、
俯いたまま動かない。
「ねえ……」
ケータの声が、
少しだけ震えた。
「なんで黙るん?」
ピッ。
ピッ。
電子音が、
やけに大きく聞こえる。
「……知らん」
とっちゃんが、
ようやく口を開いた。
「俺らも……
教えてもらってない」
「…………」
それきり、
誰も何も言わなかった。
とっちゃんも。
ユキも。
ただ、
黙っている。
二人の顔を見ているだけで。
胸の奥に、
嫌なものが広がっていく。
ケータは、
布団を強く握った。
父ちゃん。
母ちゃん。
どこに、
おると。
――コン、コン。
三人が、
同時に扉を見る。
「……はい」
ユキが答えた。
扉が、
静かに開く。
「失礼します」
入ってきたのは、
女の人だった。
黒い服。
「あ……」
とっちゃんが、
小さく声を漏らす。
ユキも、
その人を知っているようだった。
ケータにも、
見覚えがある。
神社にいた、
黒い服の人たち。
その一人。
けれど。
目の前のお姉さんからは、
あのとき感じたような怖さはなかった。
柔らかな表情で、
静かに病室へ入ってくる。
「目が覚めたんだね」
優しい声だった。
お姉さんは、
ケータのベッドのそばで立ち止まる。
「星宮ケータくん」
「…………」
ケータは、
お姉さんを見る。
聞きたいことは、
たくさんある。
でも。
今、
聞きたいことは一つだった。
「……父ちゃんと」
喉が、
詰まる。
「母ちゃんは?」
「…………」
お姉さんの表情から、
ゆっくりと笑みが消えた。
それでも。
ケータから、
目は逸らさなかった。
「うん」
静かに、
頷く。
「その話も、
しないとね」
本編をお読みいただきありがとうございました!
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次回き09/11 19:00更新予定




