第7話② 盟神探湯
大型の夢獣?
父の技が冴える戦いの行く末は?
父が、
黒い獣を見上げた。
無数の白い光が、
黒い巨体を囲んでいる。
前。
後ろ。
右。
左。
そして、
上。
どこへ逃げても、
白い光。
父が、
右手を握った。
「――遍く」
一粒が、
ひときわ強く輝いた。
「爆ぜろ!」
――パンッ!
一つ。
白い光が、
弾けた。
――パンッ!
二つ。
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
次々と、
光が弾ける。
爆ぜた隣から、
また次が爆ぜる。
前から。
後ろから。
左右から。
頭上から。
白い光が、
黒い巨体へ押し寄せる。
黒い獣が、
横へ動いた。
――パンッ!
そこにも。
身体を沈める。
――パンッ!
その先にも。
後ろへ跳ぶ。
――パンッ!
――パンッ!
「……!」
ケータは、
目を見開いた。
避けている。
また。
父の攻撃よりも先に、
黒い獣は動いている。
それでも。
避けた先にも、
ハゼの実がある。
右へ逃げても。
左へ逃げても。
上へ逃げても。
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
光が、
追ってくる。
違う。
追っているんじゃない。
最初から、
そこにある。
「いける……」
ケータの口から、
声が漏れた。
先に分かっていても。
どこへ逃げるか、
分かっていても。
逃げる場所が、
ない。
「父ちゃん……!」
黒い獣が、
大きく跳んだ。
社よりも大きな巨体が、
宙へ浮かぶ。
その先にも。
一粒。
白く輝く、
ハゼの実。
黒い獣が、
空中で身体を捻る。
だが――
――パンッ!!
白い光が、
その脇腹で爆ぜた。
「――ッ!」
初めて。
当たった。
黒い巨体が、
大きく傾く。
その周囲で。
残っていたハゼの実が、
一斉に光った。
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
もう、
一つ一つの音が分からない。
白い光が、
白い光を呑み込む。
爆ぜる。
爆ぜる。
また、
爆ぜる。
そして――
――轟ッ!!
白い閃光が、
黒い獣を呑み込んだ。
「うわっ!」
ケータは、
腕で顔を覆った。
熱い風が、
身体を叩く。
砂利が跳ねる。
火の粉が、
夜空へ吹き上がった。
遅れて。
――ズンッ!!
地面が、
大きく揺れた。
「……っ」
腕を下ろす。
土煙。
白い煙。
炎。
その向こうに。
黒い影が、
倒れていた。
「やった……?」
ユキの声。
「やった!」
とっちゃんが、
叫んだ。
「おじさん、
やったっちゃない!?」
ケータも、
拳を握った。
「父ちゃん……!」
土煙の向こうで、
父が着地する。
赤い鬼面が、
倒れた黒い獣へ向いている。
父の周囲には、
もうハゼの実はほとんど残っていなかった。
代わりに。
ぱらぱらと、
白い殻が落ちてくる。
境内へ。
黒い獣の身体へ。
炎の中へ。
父が、
右手を上げた。
「……?」
地面に落ちた殻が、
動いた。
一つ。
また一つ。
爆ぜたハゼの殻。
それだけじゃない。
黒い獣から剥がれ落ちた、
黒い欠片。
さっきまで境内を走り回っていた、
小さな獣たちが残した黒いもの。
それらが。
ずるり。
地面を這った。
父のもとへ、
集まっていく。
「なに……あれ」
ユキが、
呟く。
ケータにも、
分からない。
黒く濁ったものが、
父の足元で一つになる。
どろり。
それが、
溶けた。
黒く。
艶のある、
粘りつくようなものへ。
父が、
指を動かす。
すると。
黒いものが、
地面を走った。
倒れた獣へ。
一本。
二本。
三本。
細長く伸びながら、
黒い獣の脚へ絡みつく。
前脚。
後脚。
胴。
首。
何重にも。
何重にも。
「……蝋?」
ケータの口から、
言葉が漏れた。
父が、
指を鳴らした。
ボッ。
火が灯った。
「……!」
一本。
また一本。
黒い獣を縛るそれに、
次々と炎が灯っていく。
まるで。
何本もの、
巨大な蝋燭。
黒い獣が、
身体を捩った。
ギシッ。
黒い蝋が、
軋む。
それでも。
切れない。
父が、
右手を握る。
拘束が、
さらに締まった。
黒い獣の巨体が、
地面へ押しつけられる。
「すげぇ……」
とっちゃんが、
呟いた。
ケータは、
返事もできなかった。
強い。
父ちゃんが。
こんなに。
あんなに大きかった獣が。
何をしても避けていた獣が。
今は、
地面に縛りつけられている。
「……勝てる」
気づけば、
声に出していた。
「父ちゃんが、
勝つ……!」
父が、
一歩。
黒い獣へ近づく。
もう一歩。
黒い獣は、
動かない。
赤黒い眼は、
まだケータを見ていた。
「…………」
また、
目が合う。
黒い身体。
頭から伸びる、
二本の長い何か。
炎に照らされた、
その輪郭。
角。
いや。
耳。
長い、
耳。
黒い――
ウサギ。
「…………」
胸の奥が、
ざわついた。
知っている。
そんな気がする。
どこかで。
見たことが――
そのとき。
赤黒い眼が、
動いた。
「……え?」
ケータは、
息を呑んだ。
違う。
今までと、
違う。
ずっと、
ケータだけを見ていた眼が。
初めて。
父を、
捉えていた。
父も、
動かない。
赤い鬼面と、
赤黒い眼。
炎の中で、
初めて二つの視線がぶつかった。
グルルルル――
低い唸り声が、
境内に響く。
そして。
黒い獣の口が、
ゆっくりと開いた。
「ソナタ――」
「――っ!?」
ケータの肩が、
跳ねた。
低い。
ひどく歪んだ声。
「え……?」
ユキが、
ケータの腕を掴む。
「いま……」
とっちゃんも、
目を見開いていた。
「喋った……?」
黒い獣は、
父を見ている。
「ソナタ ハ――」
黒い炎が、
揺れる。
「コドモヲ――」
一拍。
「マモレルカ」
父が、
ケータを振り返った。
一瞬だけ。
そして、
すぐに黒い獣へ向き直る。
「あたりまえだろ」
迷いのない声だった。
「“クカタチ”――」
黒い獣の声が、
境内に響いた。
「……クカタチ?」
ケータが、
呟く。
意味が、
分からない。
そのとき。
――ゴン。
重い音がした。
「……え?」
さっきまで、
何もなかった。
父と黒い獣の間。
そこに。
釜が、
あった。
黒い、
大きな釜。
いつ現れたのか。
どこから来たのか。
分からない。
ただ。
ある。
燃える境内の真ん中に。
「なん……あれ」
とっちゃんの声が、
震えている。
釜の中から、
白い湯気が上がった。
しゅうううう――
何かが、
煮えている。
湿った熱気が、
ケータの頬を撫でた。
父も、
釜を見ている。
ほんの一瞬。
「…………」
そのとき。
ギシッ。
黒い獣を縛っていた蝋が、
大きく軋んだ。
「父ちゃん!」
父が、
すぐに釜から視線を外した。
「そんなことしとる暇はない!」
一粒のハゼの実が、
父の足元へ飛ぶ。
父が、
踏み込む。
実が、
白く光った。
「クカタチ ヲ――」
――パンッ!
ハゼの実が、
爆ぜた。
けれど。
父は、
飛ばなかった。
「……え?」
黒い炎が、
父の右脚に絡みついていた。
「キョヒスルカ――」
「ぐっ……!」
もう一本。
左脚。
腕。
胴。
地面から伸びた黒い炎が、
次々と父へ巻きついていく。
「父ちゃん!」
父が、
腕を引く。
黒い炎が、
伸びる。
離れない。
ジュッ。
嫌な音がした。
「っ……!」
父の身体が、
大きく震える。
赤い装束が、
黒く焦げていく。
「父ちゃん!!」
ケータが、
走り出そうとした。
「ケータ!」
とっちゃんが、
腕を掴む。
「離せ!」
「ダメや!」
「父ちゃんが!」
「――ユウザイトスル」
声が、
落ちた。
まるで。
何かを決めるように。
何かを、
裁くように。
その瞬間。
黒い獣を縛っていた蝋が。
一本。
ブツン。
切れた。
二本。
ブツン。
三本。
ブツン。
「……嘘」
ユキが、
呟いた。
黒い獣が、
立ち上がる。
ゆっくりと。
その巨体が、
再び父の前に聳える。
父は、
動けない。
黒い炎に、
身体を縛られたまま。
「父ちゃん!」
黒い獣の前脚が、
持ち上がる。
高く。
燃える社の光を遮って。
巨大な影が、
父を覆った。
「やめろ……」
ケータの喉から、
声が漏れる。
父が、
顔を上げた。
赤い鬼面が、
黒い獣へ向く。
動けない。
避けられない。
「やめろ……!」
黒い脚が、
振り下ろされた。
「やめろおおおおお!!」
――ズドンッ!!
音が、
消えた。
地面が、
大きく沈む。
砂利が、
弾け飛ぶ。
ケータの頬を、
何かが切った。
それでも。
目を閉じられなかった。
土煙の向こう。
赤い何かが、
飛んだ。
地面を、
一度。
二度。
転がる。
止まった。
「…………」
赤い鬼面が、
外れていた。
父は。
その少し先で、
倒れていた。
動かない。
「……父ちゃん?」
声が、
出ない。
喉が、
動かない。
「父……ちゃん……」
ぱちぱちと。
炎が、
燃えている。
何事もなかったように。
その向こうで。
黒い獣が、
ゆっくりと顔を上げた。
赤黒い眼が、
動く。
ケータへ。
また。
目が、
合った。
本編をお読みいただきありがとうございました!
もし「面白い!」「続きが気になる!」と少しでも思っていただけたら、画面をもう少しだけ下にスクロールしたところにある……
【☆☆☆☆☆】
の星マークを、お好きな数(最大5つ!)ポチッとタップして応援してもらえると、執筆のモチベーションが爆上がりします!
ブックマークでの応援も、あわせてぜひよろしくお願いします!
9/6 7話の続きの2エピソード投稿予定です.




