2話
「遅い」
だるい体をなんとか運び、リビングに行くと、朱里がツンとした表情で待っていた。
茶髪のポニーテールに髪を結んでいる赤いリボンのヘアゴムがトレードマーク。
かなりスラっとしていて、スタイルがよく、勉強運動もかなりできるため、男子問わず女子にも人気がある。
真面目そうな顔をしているのにどこかポンコツ、それが立花朱里である。
そんな朱里は今現在、腕を組んで仁王立ち状態。こいつは武士か。
「せっかく私が作ったのに、冷めちゃうじゃん!」
「悪い悪い……ちょっと眠たくて」
「眠い……? 今日の授業ほとんど寝てたくせに?」
「……見てたのかよ」
少しこそばゆい。
寝ている姿を見られるのってなんだか恥ずかしい。
朱里は何かに気づいたかのようにハッとしてから。
「べ、別に見ようと思って見てたわけじゃないから。たまたま翔太が視界に入ってきて、たまたま覚えてただけだから! 勘違いしないで!」
そう顔を赤くしながら熱弁してくる。
なるほど。俺をずっと見ていたと思われるのが嫌だったのか。
「安心しろ。そんな長文で言わなくても勘違いなんてしないから大丈夫だ」
「…………ならいいけど」
俺たちは小さな頃からの幼馴染。
確かに昔は結婚しようとか黒歴史並みに恥ずかしいことを言い合っていた仲ではあるが、それも過去だ。
恋愛感情が湧くことなんてありはしない。
俺はそこら辺のところはちゃんとしているのだ。変な勘違いなんてするわけもない。
「ん……?」
はっきりと告げてあげたのに、朱里はパッとしない表情を浮かべていた。何か不安ありげな感じ。
これ以上何を言えばよかったのだろうか。やっぱり俺には女心はよくわからないらしい。
まあ朱里が変な表情をしているのはいつものことなので、俺は無視して席へと移動する。
「おお……」
既にご飯は置かれていた。バランスの取れた食材。いい匂いが漂っていた。さっきまで全くと言っていいほど湧かなかった食欲が一気に増す。
流石は朱里だな。
「じゃあ食べちゃおっか」
いつの間にか席についていた花梨の合図で、いただきますを一斉にして食べ始めた。
「うまいな……」
一口食べると俺は自然にそう呟いていた。
自慢げに朱里がこっちを見る。でしょでしょとでも言いたげだ。
よかった。機嫌は直ったみたいだ。
そんなことを思っていると、ふと急に朱里が言う。
「ていうかさ、翔太。あんた今日何かあった?」
「え……? 何かって?」
「何かは何かよ。なんかさっきいつもとは違う表情だったから」
「……」
勘が鋭い。
「特に何もないけど……」
俺は虚勢を張るしかなかった。
「そう……ならいいけど」
そういうと、無言のまま食事が進む。
俺は一口一口の味をかみしめながら考える。
春樹と違って、朱里にならうまく相談してもいいのではないかと。
朱里はかなり告白されてるし、こういう時の対処もわかるはずだ。
何より春樹と違って、馬鹿にしてこないだろう。
そのうえ女子だ。女子だけのコミュニティとかもあると聞くし、何かわかるかもしれない。
だが、なんて聞こうか。
そのままラブレターもらったんだけど、どうしたらいいと思う!?なんて聞けるわけがない。
恥ずかしいし。
うまく会話を誘導しなくては――。
「なあ朱里」
「ん……なに?」
「朱里って今好きな人とかいるのか?」
「ぶっ……!」
朱里が飲んでいた味噌汁を盛大に吹き出した。
「ちょ、きたな! なにしてんだよ」
「だ、だって翔太が変なこと聞いてくるから!」
「え、そんなに変なことか……?」
普通に聞いたつもりだったんだけど。
好きな人とかって軽く友達とかと聞くもんじゃないのか。よく聞いてるのを学校じゃ見るし、春樹ともよくやってるんだけど。
これってもしかしてダメな奴なのか!?
「あーあ、お兄ちゃん逆に凄いわ。見事に地雷を踏みぬくなんて」
花梨はそういいながらこぼれた味噌汁を素早く吹いていた。
どうやら俺は朱里の地雷を踏みぬいたらしい。
「悪い……なんか変なこと言った」
「いや……変じゃないんだけど……」
「変じゃないのかよ」
「そうじゃなくてそういうことじゃなくて!」
言っていることが一つもわからなかった。
女子との会話、難しい。頭がおかしくなりそう。クエスチョンマークしか浮かばない。
朱里は深呼吸したあと、落ち着きを取り戻した。
「ごほん……それでなんでそんなことを聞くの?」
「……単純に気になったから」
「気になったんだ……へぇ……そうなんだ」
朱里は含みのある言い方をする。ちょっと嬉しそうだ。
「で、どっちなんだよ」
「…………まあ、い、いない……けど」
「いないのか……」
「なんで残念そうにするの!?」
好きな人がいた方が色々と聞きやすかったからなんだけど……。まあいいか。これ以上変に婉曲して伝えるのはかえって面倒なことになりそうだ。直接聞くことにする。
「なあ、朱里。人を好きになるってどんな感じなんだ……?」
「ええ……なにその難しい質問」
「ちょっとした思考実験。適当に考えてくれて構わないから」
そういうと少し朱里は考えてから。
「四六時中その人のことを考えたり……無意識にその人のこと目で追っちゃったり……とかかな」
恥ずかしそうに言った。
少しだけ腑に落ちた。振られてからの俺と一緒だった。
俺も同じだ。いつの間にか霙先輩のことを考えてるし、学校でたまに見かけたらつい追ってしまう。
やっぱり、俺は――。
「ありがとう朱里。お前のおかげでなんとなくわかったわ」
「そ、そう……ならよかったけど」
俺はそこから一気にご飯を食べ終わり、襲ってきた眠気に耐えられなくなり、すぐに寝た。
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「遂にこの時が来ちゃったか……」
放課後。俺はそのドアの前で呟いた。
2年3組と書かれた看板が飾りつけられていて、かなりボロボロだ。
それもそのはずでここは旧校舎だからである。
ほとんど使われていないのか至る所がオンボロで、埃っぽい。
人の出入りも極端に少ないせいか、ちょっとしたアトラクションのような怖さがあった。
「入るぞ……」
俺はあのラブレターを握りしめて、固唾を飲んだ。
朱里の言葉で目が覚めた。何も迷う必要なんてない。
俺はまだ霙先輩を諦められていない。ちゃんと彼女のことが好きなはずだ。
誰がいようと、俺は断らなくちゃいけない。
その覚悟を持って、ドアに手をかけた。
ドアはすぐには開かなかった。
使われていなかったせいだろう。
変に突っかかっていて、硬く、かなりの力を入れてやっと開くとそこには――――。
「え……」
紛れもない美少女がそこにはいた。
さらさらな黒髪ロング。清楚な顔立ち。
清楚ランキングなんてものがあったら堂々の第一位を飾るだろう。
朱里が美人系なら、彼女はかわいい系で。
ただ立ち尽くしている姿だけでも魅惑的であった。
「やっと来てくれたんですね。翔太先輩……」
俺は彼女を知っていた。
門野美香。
学年一かわいいと言われている、一個下の女の子だった。




