1話
「……」
部屋の中。
椅子に座りながら、俺は手に持っているその手紙を凝視していた。
初めてもらったラブレター。その事実に手が震えてくる。
この手紙を見るのは何度目だろうか。
家に帰ってきて数時間経っているというのに、数分おきに手紙を見ている気がする。
気になって仕方ない。
「これ……本物、だよな」
なんど確認しても正真正銘のラブなレター。
嘘偽りのない本物だ。逆に本物すぎて怖いまである。
「どうしたもんか……」
摩訶不思議な出来事に俺の心情は複雑だった。
そりゃラブレターをもらえること自体は光栄だし、嬉しい。
こんなの人生で初めてだし、これから一生ないかもしれない。
でも、俺はやっぱりまだ霙先輩が好きなのだ。
忘れられないし、他の人との恋なんて考えられない。
だけど、春樹には新しい恋を探すのは手っ取り早いと言われたし。
明日、俺はなんて返すのが正解なのだろうか。
「てか相手は誰なんだろ。俺のこと好きそうな奴なんていなかった気がするんだけど……」
最近の出来事を思い返してみるが、記憶にはそんな人物は残っていなかった。
そもそも話す相手だって俺にはあんまりいないのだ。
学校でよく話すのは腐れ縁の春樹ぐらいで。あとは、幼馴染の朱里くらいだろうか。
一応女子といえば女子だけど、あいつが俺のこと好きなわけないから除外するとして、それ以外で俺と話す奴なんて滅多にいない。
「一体誰なんだよ!?」
椅子をぐるぐると回転させながら、独りでに叫ぶ。
必死に考えても全然わからない。糸口すらつかめない。
でも気になる。めちゃくちゃ気になる。
「春樹にでも相談してみるか」
クラスどころか学年でも人気のある春樹なら何か知っているかもしれない。
そろそろ部活も終わって家に帰ってる頃だろうし、ちょうどいい。
携帯のメッセージ画面を開く。
あいつのことだ。実は今日ラブレター貰ったんだけど、これってどう思う!?みたいなことを書き込めばすぐに食いついてくるはず。意外と恋愛好きだからなあいつ。
俺は文字を打つこみ、送信ボタンを押す直前、もう一つの可能性が思い浮かんだ。
「ちょっと待て。嘘告の可能性もあるよな」
嘘告。陽キャたちがよくやる遊び。
罰ゲームで負けた女子が手紙を書いたとか。男子が女子の振りをしているとか。そんな感じの奴。
俺は速攻で文字を消していく。
もし嘘告だったなら、春樹になんて言われるかわかったもんじゃない。数か月はそのネタでいじられるだろう。
「ふう……ギリギリセーフ」
送る前に気づけて良かった。
気づけず明日行って、ドッキリでしたー(笑)なんて言われたら自殺も視野だ。
想像するだけで胸が苦しい。俺のメンタルは豆腐よりも柔らかいのだ。
なんなら嘘告の可能性が一番高い気がする。だって俺だぞ。
俺が女子なら、こんなダサくて醜い河原木翔太なんて男を好きになるわけがない。好きになる要素が一つもないじゃないか。
そこで、気が付く。
「期待してるのか……俺は」
あれだけ霙先輩のことを好きと言っておきながら告白されることに期待している自分がいた。
本当に先輩のことが好きなら嘘告の方が楽に感じるはずだ。迷っているからこんなにも辛く感じるのに。
酷い自己矛盾。
「馬鹿馬鹿しい……」
俺は自分の感情がわからない。
こういうとき、どうしたらいいのだろう。
まるで迷路のようだ。
正解のない問い。ぐるぐると考えれば考えるほど、迷って、わからなくなる。
俺は手紙を丁寧に机において、すぐさまベッドに飛び込んだ。
昔は家族一緒に寝ていたせいか、かなり大きめのクイーンベッド。
大きすぎて手と足を広げてもまだまだ余裕がある。
さっきから思考をフル活用したせいか、頭が痛かった。
ゆっくりと瞳を閉じて、脳を休ませる。
気持ちいい。ふかふかで心が安らぐ。一生このまま過ごしていたいとさえ感じる。
「このまま寝るか……」
今日は色々と疲れた。また明日考えよう。
まあ、明日がラブレターの期日なんだけども。
そんなことを思い、眠りに入ろうと目を閉じかけていたところで。
「お兄ちゃん、ご飯できてるよ」
部屋のドアが開いて、なかに人が入ってくる。
妹の花梨だ。
昔から変わらない短い茶髪。少々男勝りなところもあってかなり適当な人間だ。
でも意外とモテるらしくて、何回か告白されたこともあるらしい。
本人から直接聞いたため、本当かどうか俺は疑っている。
「……部屋入るならノックくらいしろよ」
「大丈夫大丈夫。お兄ちゃんが変なことしてても私は気にしないから」
「俺が気にするんだよ!?」
そういうと花梨はニヤッと笑う。
小馬鹿にしたような笑みだった。
「で、何の用だよ」
「ご飯できたから食べに来てって言いに来たの」
「あー飯か」
正直あまり気が乗らない。お腹が空いていなかった。
それよりも睡眠欲が勝っていて、このまま寝たい気分だった。
「悪いけど、お兄ちゃん今日具合悪くてな……」
俺はそう言って、布団を深くかぶった。
帰ってくれという暗示。だが、妹にそんなことが伝わるわけもなく。
「はいはい、そういうのいいから。ご飯食べに来て」
「……」
面倒くさそうに吐き捨ててくる。
なんでこう妹という存在は目障りなのだろう。
昔はあんなに可愛かったのに。最近の妹ぶりと言ったら……。
「……今日は調子出ないから明日の朝食べるって」
「ダメだよお兄ちゃん。夜ご飯は食べないと、大きくなれないよ」
「別に大きくなる必要はもうないだろ……」
図体が多少デカくなったところで、今の俺にはなんの必要性もない。
むしろもうちょい痩せたいくらいだ。
「はぁ……せっかく朱里ねえに作ってもらったのにさ」
「……」
その言葉に体がビクッと反応する。
「……朱里来てるの?」
「うん、なんか最近元気ないからってわざわざ作りに来てくれてるよ」
「マジか……」
立花朱里。
俺の唯一無二の幼馴染。
特技は料理。朱里の料理は絶品なのだ。
睡眠と朱里の料理を天秤にかけた結果。勝者は――。
「仕方ない、飯食うか」
俺は重い腰を気合で上げて、リビングへ向かった。




