プロローグ
生涯あの日は忘れることはないだろう。
去年のクリスマスのことだ。
クリスマスといえばサンタクロース。
誰しも小さい頃にサンタクロースがいるなんて噂を信じ、撮影してやろうと一度は奮闘したことがあるだろうあの日のことだ。
そんなクリスマスも、少し大人になれば聖夜の日に変わる。町中は恋人たちで埋め尽くされ、辺り一面恋愛一色。
否応なく恋人の存在を考えさせられる。
俺、河原木翔太もまたその熱に浮かれていた。
好きな人をデートに誘ったのだ。
へたれな俺はデートしたいですなんて言えるわけもなく、誕生日がクリスマスに近かった妹のプレゼントを買いに行くという名目で誘った。
相手は1個上の上級生の大川霙先輩。委員会が一緒で、よく話していたらいつの間にか好きになった。
それも仕方がない。大川先輩はかなりの美人で、学年問わず人気。告白された回数は数えられないほどらしい。そんな美少女と少しでも話してしまったら、陰キャの俺はコロッと落ちるに決まっている。
だからこそ、クリスマスのデートの誘いなんて絶対に断られると思っていたのだが……。
『いいよ。24日なら空いてるから』
まさかの承諾。俺は晴れてクリスマスデートなるものを初めて経験した。
一緒にショッピングを見て回って、最後には町中のイルミネーションを見に行った。
楽しかった。胸が張り裂けそうになるほどにドキドキした。
この人とずっと一緒にいたい。俺は勝手に盛り上がってしまっていた。
そして俺は――
「先輩、好きです。俺と付き合ってください!」
帰り道で告白した。
見栄えがよさそうな橋の上でいい感じの雰囲気だったせいだ。
よく見るアニメとかだとこういうところで告白してるし、もしかしたら……と考えて、勢いでしてしまった。
我ながら無謀だ。
初めてのデートで告白なんて今考えるとありえない。もっと仲を深めてからすべきだった。
だが、もう遅い。後悔は後悔でしかない。その時間に戻れるわけではないのだから。
『えっと、ごめんなさい。私好きな人がいて……』
俺は――あっけなく振られた。
他に好きな人がいて、俺とは付き合えないと言われた。
本当だったら今日もその人と一緒に遊びたかったらしい。
でも断られて、偶然その後すぐに俺からの誘いが来て、今に至るようだ。
俺のことは友達程度にしか思っていない感じだった。
まあ当然といえば当然か。
霙先輩は俺なんかの手に収まるような人間じゃない。もっとイケメンで優しくて、余裕がある男の人を好むはずだ。それがこの世界の摂理。弱肉強食。先輩は何も間違えてなどいない。
ただ単に俺が先輩のお眼鏡に叶うようなスペックではなかったというだけ。それだけのことでしかない。
振られた俺は、その場から逃げ出し一人で家に帰った。
あれから約半年がたち、新しい年度になった現在。
俺は――――。
「はぁ……辛い」
未だに過去を引きずっていた。
新学年が始まって早一ヶ月。だんだん新しい生活にも慣れてきているというのに、俺はどうも切り替えれない。
こうすればよかった、ああすればよかったという後悔ばかりが募る。
「夕日……綺麗だな……」
放課後の教室。俺は自分の席で、夕日を眺める。いい景色を見ると、心が安らぐのだ。こうしている時だけはなにも考えなくても済む。
席は窓際の一番後ろの席。いわゆる主人公席というやつだ。名前が河原木のおかげである。
「まだ落ち込んでんのか」
そんななか、俺の悩みを聞き飽きた様子で返してくる男が目の前にいた。
同級生で今年もクラスが同じの大石春樹だ。
中学の頃からの付き合いで、ずっとクラスが一緒。そのうえ名前が大石なこともあってか、俺と春樹は前後の席になることが多く、話しているうちに仲良くなった。いわゆる腐れ縁というやつだ。
「……うるせーな。初めて告白した相手に振られたんだぞ……一生恋愛なんてやっていける気がしない」
俺は机に肘を置き、顔をそこにうずめる。
苦しい。胸が張り裂けそうだ。爆散してしまいたい。
「お前は一人の女性にこだわりすぎなんだよ。もっと周り見てみろよ、いたるところにいっぱいいるだろ」
「お前はモテるからそう言えるんだよ……」
「まあな!」
自信満々なのがやけにムカつく。
でも実際その通りなのだから何も言えない。
ルックスはイケイケで身長も180㎝超え、それでいて運動神経抜群。部活動はバスケ部所属。モテないはずがない。
聞いた話によると、春樹がシュートを決めるたびきゃーきゃー言われているらしい。
毎月何人かに告白されているのも見るし。
……なんだこの完璧人生勝ち組の男は。
「はぁ……」
さらに深いため息が出る。こいつと比べても意味がない。俺はイケメンでも高身長でもないのだ。
ほんと、一体どうしたらこの過去から抜き出せるだろうか。
ぼーっと窓の外から空を眺めていると、大川先輩の顔がよぎった。楽しそうに笑う彼女のことが好きだった。どうしても脳みそからあの笑顔が忘れられない。
「どうしたら諦められんのかね……。最近じゃ話してすらないんだろ?」
「そうなんだけどさ……」
あれから大川先輩とは事務的なことしか話せていなかった。
一緒だった委員会も先輩はいなくなってしまったし。ほんと、何もかも最悪だ。
「まあ世の中恋愛だけじゃないっていうか、せっかく高二になったことだし、なにか新しいことでもしたら?」
「……例えば?」
「部活とか」
「俺が運動できないこと知ってるだろ」
「運動部とかじゃなくて、文化系の部活だよ、軽音とか文学部とか。いろいろあるだろ」
そういわれて少し思い浮かべてみる。
音楽は好きだし、ギターなんか弾けたらかっこよさそうだ。
小説を見せ合うのも楽しそう。でも結局。
「まあ面白そうではあるけど……2年から途中で入るのが、な……」
「ただ陰キャなだけじゃねーか」
「うるせーよ!」
その通りだ。俺は根っこが陰気臭いのである。
人と話すときは緊張するし、大人数の場は嫌いだ。
人間関係がすでに出来上がっている場に一人で入り込むなんて、俺には無理だ。
「はぁ……大川先輩……」
「結局、そこに逆戻りか。勘弁してくれ、ずっと失恋話を聞かされるこっちの身にもなってくれよ」
面倒くさそうにこっちを見てくる。
「もういっそのこと新しい彼女を無理やり作るってのも手だぞ」
「それが出来たら苦労しないっつーの」
「なんなら俺が女の子紹介してやってもいい」
「……」
唾を飲む。
爆モテ男からの紹介だ。間違いなく、俺が一生相容れることがなさそうな顔がかわいくて性格がいい子ばかりだろう。あまりにも魅力的な提案だ。
俺は一瞬悩んで想像する。自分が紹介されているシーンを思い浮かべた。
うん……間違いなく、俺が相手にされることはないだろう。自分に絶望するだけだ。
「……いい。そういうのはまだ早い気がする」
「なら自分で頑張って克服するしか方法はないな」
「……頑張ってみるか」
そろそろこの病ともおさらばしないといけない。
このままじゃ一生ずるずる引きずって取り返しのつかないことになる。
なんとかするには結局自分の力のみだろう。
「ってもうこんな時間か、悪い翔太、部活行くわ」
「おう、頑張れ」
そういって春樹は教室を早々出て行った。
なんだかんだ俺の愚痴を聞いてくれるいい奴なんだよな。ムカつくけど。
さてと、俺もそろそろ帰りますか。
俺は鞄を持って席を立つ。ゆっくりと教室を出ていく。
階段を下りて、1階へ。あとは靴を履き替えて帰るだけだ。
いつも通り、なにも変わらない一日。
だが、下駄箱を開けた瞬間、いつもとは違う光景がそこにはあった。
「……なんだこれ」
靴の上には一枚の封筒があった。
それを手に取ってみる。
「手紙か……?」
注意深く観察しつつ、裏側を見てみると、赤いハートのシールで止めてあった。
ピンクの封筒にハートのシール。見るからに女性ものっぽい。
俺はある一つの考えが思い浮かぶ。
ないないと頭で否定しつつ、周りに誰もいないことを確認してから、丁寧にそのシールを解いて、中身を見た。
そこにはたった一枚だけの手紙が入っていた。
手紙を読んでみる。
『河原木翔太さんへ
伝えたいことがあるので、明日の放課後に旧校舎の2年3組の教室に来てください
いつまでも待ってます』
俺はその内容を読んで、確信した。
このハートのシールにこの丸みを帯びた文字。これは――
「ラブレターだ……」
初めての経験に驚きつつ、俺はそう呟いた。




