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第3話 地図のない都市で、最初にやること

翌朝、レンは廃墟の中で一番高い塔に登った。


階段は半分崩れていて、途中から壁の出っ張りを手がかりによじ登った。

二回滑って、一回はかなり危なかった。死ぬかと思った。死ななかった。

放棄調査の初日に調査員が死んだら、報告書を書く人間がいなくなる。まぁそうなったら正直問題知らんけど。


塔の頂上には屋根がなく、朝の風が吹き抜けていた。

見下ろすと、廃墟の全景が広がっていた。

丘の斜面に張りついた建物群。中央部は比較的形を保っているが、外縁部は瓦礫の山だ。

東側はというと、崩壊がひどい。北に枯れた水路の跡。南に住民の集落。

ふむ。レンは紙と炭筆を取り出した。


都市を直す前にやることがある。地図だ。


昨日、六色統合回路らしきものがあるのは見えた。

だが、地下に一箇所見つけただけじゃ何も分からないのが正直なところだ。

回路が都市全体のどこに繋がっていて、どこがまだ生きていて、どこが完全に死んでるのか。

全体像が見えなければ、何から手をつけるべきかも決められないのだ。


炭筆が紙の上を踊るように走る。外縁部の輪郭、建物配置、水路の跡、崩壊区画の境界線。

上から見るだけでも分かることは多い。


さて、建物の並びは放射状でも同心円でもないようだ。

地脈の流れに沿って、もっと有機的に配置されている。

昨日気づいた「回路が先で、建物が後」の設計思想が、地上にもそのまま出ているらしい。


よくみると、中央のやや南寄りに、ひときわ建物が密集した区画がある。

そこだけ石の色が違う?光の角度で、くすんだ虹色に見えた。


「とすると、あそこが核、かもな……」


六色統合回路があるなら、それを束ねる中枢がどこかにあるはずだ。

虹色の石が使われているなら、全色の魔力が集中する区画である可能性は高い。

ただ、塔の上から見えるのは地上だけだ。地下がどう繋がっているかは、結局、自分の足で歩いて壁に触るしかない。


「っしゃ」と小さく呟いて、レンは塔を降りた。

そこから先は地道な作業だった。


壁に触れるたびに構築系の魔力を流し、地下回路の状態を確かめる。

生きている回路は、指先に微かな振動を返してくる。

死にかけの回路は、明滅が不規則だ。完全に死んだ回路は何も返さない。ただの石と同じだ。

お得意の、壁お触り屋さんを続けながら、地図の上に、印を重ねていった。


赤が「生」。黄が「瀕死」。黒が「死」。

都市の血管の生死が、少しずつ紙の上に浮かび上がっていく。


「中央は赤と黄が多い……外縁はほぼ黒。東は…真っ黒か」


作業に没頭すると、周りが見えなくなる。

壁に両手を当てたまま目を閉じ、地下の回路網を魔力で辿る。

ここの分岐は北に向かって、途中で東に折れて、さらに下の層に潜っている。二層構造。しかも別系統と近い。なるほど楽しくなってきた。高まるぜ。


「……やっぱ密度高いな、このへん」

「ねえ」

「……」

「ねえってば」

「……」

「おにいサン、壁とおはなししてるの?」


目を開けると、三十センチ先に顔があった。


「——うおっ!」

飛び退いて背中を壁にぶつけた。

「っ!?いつからいた!?」

「けっこう前から。ぶつぶつ言ってたよ。『きたにむかって——おれて——にそうこうぞう——たかまるぜ』って」


全部ダダ漏れだ。


「……最悪だ」


少女はまるで気にした様子もなく、レンの持っていた地図を覗き込む。


「地図描いてるの?」

「うん。街の地図。ついでに回路の状態もな」

「色ついてる」

「赤が生きてる回路、黄色が死にかけ、黒が死んでるやつ」

「死んでるって?」

「もう魔力が流れてない。触っても応えてくれない」

「かわいそう」


レンは少しだけ黙った。

管理局では、回路は「劣化率」とか「損耗度」とか、そういう言い方しかされない。

かわいそう、なんて言葉は初めてだった。


「……そういう言い方したやつ、初めて見た」

「だって死んでるんでしょ?」

「ん……まあ、そうだな」


少女はニコと名乗った。廃墟育ちで、地下の探検が日課らしい。この廃墟の地理は、大人より詳しいのだと言う。


「いつもこのへん歩いてんのか」

「うん。南の集落と地下、だいたい知ってる。サーシャおねえちゃんに怒られるところも知ってる」

「誰だよ、サーシャ」

「薬草畑の人。南のはずれで草育ててる。へんな草いっぱいある」

「へんな草って」

「苦いやつ」

「やば」


語彙力やばめな会話だったが、集落に薬草師がいることだけは分かった。

ニコはまた地図を覗き込み、指で一箇所をつついた。


「あ、ここ黒くなってる。地下に光るやつあるのに」


レンの手が止まった。


「光るやつ?」

「うん。壁に線みたいのがあって、ときどきぴかってするよ」

「それ、どこだ」

「案内しようか?」

「してくれ。今すぐ」


ニコの案内で、二人は中央区画の地下へ降りた。

暗い通路を進む。ニコは軽快だった。レンは頭を3回ぶつけた。


「ここ上に気をつけてね」

「言うのが遅い」

「次は右だよ」

「左」

「先に言え」

「今言った!たはー」


助けてくれてはいるのだが、助け方に改善の余地がある。

ぶつけすぎて頭が悪くなった気がする。明日の昼ごはんもう食ったっけ。


地下通路の角を曲がる途中、レンはふと上を見た。


崩れた石の隙間から、地上の南の集落が少しだけ見える。その端の、半ば潰れた壁のところに老ガルドが立っていた。こちらを見ているのか、ただ壁にもたれているだけなのかは分からない。


「あのじいさん、よくあそこにいるな」

「ガルドじい?」

「うん」

「だいたいあそこ。昔から」

「住む場所、他にもあるだろ」

「あるけど動かないよ。あそこがいいんだって」

「なんで」

「知らない。壁、冷たいのにね」


 少しだけ引っかかるが、そのまま通路の先へ進む。


「ここだよ」


ニコが指差した壁面を見て、レンは足を止めた。

壁一面に、巨大な魔術回路が刻まれていた。

赤、蒼、翠、黄、白、黒。

六色の線が、精緻に絡み合いながら壁を覆っている。大半は消えかけているが、一部はまだ脈動していた。


昨日、穴の底から見た時は「六色が走ってる」くらいしか分からなかった。

だが、近くで見るとまるで違う。


「……これ、やばいな」

「やばいの?」

「まじやばい」


語彙力やばめのレンは壁に近づいた。

六本の魔力線が、同じ場所を通っているように見える箇所がある。普通ならありえない。火と水をこんな距離で走らせたら喧嘩するし、他の系統だって干渉する。だから回路は色ごとに距離を空けて敷く。それが今の常識だ。


なのに、この壁では爆発していない。

よく見ると、被覆の厚みが色ごとに違う。

交差角度もごくわずかにずれている。

同じ点を通っているようで、一本一本が極端な精度で調整されていた。


「すげえ……」

「また出た。おにいサンの『すげえ』。さっきみんながいる時もゴっ」

「黙ってちょっと見せなさい」


レンは目を離せなかった。


「普通は近づけないんだよ、こういうの。魔力同士が干渉するから。でもこれは、それを無理やりねじ伏せてる。六色まとめて走らせる方法を知ってたってことだ」

「それも、すげえやつ?」

「すげえなんてもんじゃない。今の大陸の学院でも、たぶん実物は持ってない」


口に出してから、自分でも少し息を飲んだ。

壁一枚に、失われた技術がそのまま残っている。


レンはそっと手を当てた。構築系の魔力を流すと、古代の回路がかすかに応答した。

数百年前の設計者が刻んだ線が、いま自分の指先に反応している。


お前、何考えてこの厚みにした。なんでここで一回逃がした?こっちの分岐は何に使う。

——全部知りたい。全部読みたい。


「おにいサン、またぶつぶつ言ってる」

「……忘れろ」


指先で接続部をなぞる。もう少しだけ魔力を流せば、この先の構造も読めるかもしれない。

そう思った瞬間、光が走った。

壁全体が強く明滅し、天井が低く唸った。足元にひびが走る。


「——っまずい!」


接続部から魔力が逆流している。被覆が朽ちて、流れが想定外の経路に漏れたのだ。

死にかけの回路に一気に負荷がかかっている。


「ニコ、下がれ!」


レンは反射で壁に両手を叩きつける。

頭の中で回路図を高速で組み替える。全部は直せない。今必要なのは、爆発させないことだ。

漏れている箇所を探す。逆流を遮る。

仮の被覆を作る。正しい道だけに魔力を通す。


「落ち着け……落ち着けよ……」


指先から構築系の魔力を細く流し込み、暴れる流れを無理やり捌く。

三秒。

長かった。

だが、光は徐々に弱まり、低い唸りも止まった。床のひびは崩落の寸前で止まり、地下に静けさが戻る。


「……っはー……」


レンはその場に片膝をついた。背中に汗が流れている。いまのは危なかった。

ニコが駆け寄ってくる。


「大丈夫?」

「大丈夫。たぶん」

「今の何したの?」

「暴走止めた。被覆が朽ちてて、魔力が変な方向に漏れたんだよ。漏れてるとこ塞いで、正しい道だけ通るようにした」

「おにいサンがやったの?」

「構築系はこういうの専門だからな。まあ……暴走させたのも俺だけど」

「でも止めたのもおにいサンでしょ?」

「まあ、そうだけど」

「じゃあすごい!すごやばい!」


反論できなかった。

レンは改めて壁を見た。さっき作ったのは、あくまで応急処置だ。けれど確信できることがある。


この古代回路は、まだ死んでいない。

魔力を流せば応答する。暴走したのは被覆が朽ちているからで、回路そのものの設計はまだ生きている。つまり、被覆を修繕できれば動く可能性がある。


「こりゃ……時間ないな」


そう。今日触れた回路が、来月も同じように応えてくれるとは限らない。

修繕しなかった部分は、そのまま崩れて二度と読めなくなるかもしれない。

それは一番困る。

この設計を、全部読み切る前に消されるのはまずい。


レンは地図を広げ、今日歩いた範囲の状態を慌てて書き込んだ。

赤、黄、黒。中央区画にはまだ生きている線が多い。

ここから修繕を始めれば、古代の設計を読み解きながら都市を戻せるかもしれない。


炭筆を走らせていると、視界の端で何かが動いた。


暗い通路の奥に、小さな影。

すぐに消えた。

ニコではない。ニコは横にいる。もっと静かで、わざと気配を殺した動きだった。


影が消えた瓦礫のそばに、小さな金属片が落ちていた。

古い回路部品だ。しかもただ落ちていたにしては妙に状態がいい。表面の腐食だけ、丁寧に削り取られている。ふむ。


「…ニコ。この辺に誰か住んでるのか?」

「んー……地下にときどきいる子がいるよ。しゃべらない子」

「どのくらいしゃべらない?」

「ぜんぜん。前にぴかぴか光る石くれたから、どうやって作ったの? って聞いたら——」

ニコは首を傾げてみせた。

「——って。これだけ」

「それ、返事になってるか?」

「なってない」


レンは金属片をポケットにしまった。

廃墟に一人でいる子供。古い回路の部品を集めて、しかも手入れまでしている。気になる。かなり気になる。


だが今は、先に書くものがあった。


レンは報告書用の紙を取り出し、一行だけ書いた。


『再生可能』


回路が面白いから直したい。この設計を全部読み解きたい。そのために回路を生かす。

住民の暮らしが良くなるのは、そのついでとしてだ。

まあ、ついででも良くなるなら悪いことじゃない。


書き終えて、レンは紙を見下ろした。

王都に出すべきだったのは「修繕不可能」の報告書のはずだ。

だが、そんな言葉はもうこの街に合わなかった。


死んだと思われていた都市の地下で、回路はまだ生きている。

なら、この街はまだ終わっていない。

よんでいただきありがとうございます!

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