22 3日目
やりたいことは、最初から決まっている人ばかりじゃない。 分からないなら、見てみればいい。 触れてみればいい。 一歩踏み出した先で、初めて見つかるものもあるのだから。
―世界を旅する少女の物語―
職業体験ツアー三日目。
ファキリスは、朝日の澄んだ空気に包まれていた。
イリスは参加証を見つめる。
『料理人』
「今日は飲食店なんですね。」
指定された場所へ向かうと、一軒の食堂が見えてきた。
入口には、
『フレメント』
と書かれた看板が立てられている。
店内へ入ると、いつもより少ない人数の参加者たちが集まっていた。当たり前だ。市場やものづくり工房とは違い食堂は広くない。そのため、いくつかの店に分かれてでの実施だった。
厨房からは包丁を刻む音や鍋が煮える音が聞こえてきた。
「皆さん、おはようございます。」
進行役の女性が前へ出た。
「本日の体験は『料理人』です。」
その隣には、白い調理服を着た男性が立っていた。
「この店の店主、アルバです。よろしくお願いします。」
穏やかな笑顔の男性だった。
「まずはこの店を知ってもらうために厨房を見てもらおう。」
アルバの案内で参加者たちは厨房へ入る。
大きな鍋ではスープが煮込まれ、フライパンからは肉が香ばしい匂いがただよってくる。
料理をする者、 盛り付けをする者。
誰一人として手を止めていなかった。
「すごい……。」
イリスは思わず息を呑む。
「料理人は料理を作るだけだと思われがちだけど、それだけじゃない。」
アルバは参加者たちへ向き直る。
「朝早くから仕込みをして、注文に合わせて調理し、温かいうちに料理を出す。そして料理は、厨房だけでは完成しない。料理を運ぶ人がいて、お客様へ届けて初めて、一皿の料理になる。今日は安全のため、皆さんには接客を体験してもらいます。」
アルバから参加者たちはエプロンを受け取る。
イリスもエプロンを身につけると、少しだけ背筋が伸びた。
開店すると、次々と客が店へ入ってくる。
「いらっしゃいませ。」
店員に続きながら、イリスも声をかける。
最初は少し緊張した。
「こちらのお席へどうぞ。」
ぎこちない案内だったが、お客様は笑顔で頷いてくれた。その後は、水を運び、料理を運び、食べ終わった皿を下げる。
料理を落とさないよう慎重に歩く。
「お待たせしました。」
料理をテーブルへ置く。
「ありがとう。」
その一言だけで、少し嬉しくなった。
忙しい時間帯になると、店内は一気に慌ただしくなる。
「二番テーブルお願いします!」
「こっちは片付けるよ!」
店員たちは声を掛け合いながら動いていた。
イリスも周りを見ながら、自分にできることを探す。
料理を運び、空いた皿を下げ、水がなくなった席へ向かう。誰か一人では回らない。みんなが協力して、お店を動かしていた。
少し落ち着いた頃、アルバがイリスへ声をかけた。
「どうだった?」
「思っていたより忙しかったです。」
アルバは笑う。
「料理は作るだけじゃないって分かったかな?」
「はい。」
厨房で料理を作る人。
料理を運ぶ人。
席を片付ける人。
それぞれが役割を果たしている。
「料理だけじゃなくて、お店全体で一つの料理を届けているんですね。」
思わず口にした言葉に、アルバは満足そうに笑った。
「そのことに気付けたなら、今日の体験は大成功だ。」
店を出る頃には夕方に近づいていた。
料理人。
料理を作るだけの仕事ではない。
誰かを笑顔にするために、たくさんの人が支え合う仕事。
まだ自分に合う仕事は分からない。
それでも、また一つ新しい世界を知ることができた。
イリスは明日の司書体験に思いを巡らせながら、ライラへの帰り道を歩き始めた。
「職業は転生です!」第22話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。毎週日曜日20時頃に更新しているので、また読んでいただけると嬉しいです。Xでも作品の告知などをしているので、もしよければフォローお願いします。
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