21 2日目
やりたいことは、最初から決まっている人ばかりじゃない。 分からないなら、見てみればいい。 触れてみればいい。 一歩踏み出した先で、初めて見つかるものもあるのだから。
―世界を旅する少女の物語―
職業体験ツアー二日目。
朝のファキリスは、昨日と変わらず活気に満ちていた。
イリスは参加証を手に、指定された場所へ向かう。
昨日の商人体験は、想像していた以上に学ぶことが多かった。
商品を並べ、客と話し、売る。
たった半日だったが、「仕事とは何か」を少しだけ知ることができた気がする。
今日は二日目。
参加証には『ものづくり』と書かれている。
「どんなことをするんでしょう……。」
期待と少しの緊張を胸に歩いていく。やがて見えてきたのは、大きな建物だった。
木と石で造られた頑丈な建物。中からは金属を打つ音や木を削る音が聞こえてくる。
入口には大きく、
『ものづくり工房』
という看板が立てられていた。
鍛冶場。
木工用の作業台。
裁縫道具。
そして魔道具製作用の机。
広い工房には様々な設備が並んでいた。
「すごい……。」
イリスは思わず辺りを見回す。
すると、一人の女性が前へ出た。
「皆さん、おはようございます。本日の体験は『ものづくり』です。この工房は、ファキリスで最も大きな共同工房です。普段は様々な職人が利用していますが、本日は職業体験のため、各分野の専門家の皆さんに集まっていただきました。」
イリスは少し驚く。
一人の職人が教えるのではなく、それぞれの専門家が集まっているらしい。
「それでは講師をご紹介します。」
一人目の男性が前へ出る。
「鍛冶師のクデーレです。今日は金属加工の基本を教えます。」
大柄な男が豪快に笑う。
「ハァハァ、分からないことがあったら何でも聞けよ!」
続いて年配の女性。
「木工職人のミリアです。木材の扱い方を体験していただきます。」
「自然との調和は、生きていくために必要なこと。よろしくね〜。」
さらに若い女性。
「細工師のリナです。装飾品や小物作りを担当します。」
「よろしくお願いします。」
そして進行役が最後の一人へ視線を向けた。
「最後に、魔道具職人のノエルです。簡単な魔道具の作り方を教えていただきます。」
その人物が一歩前へ出る。
「よろしく。」
軽く手を振る。
「……え?ノ、ノエル!?」
イリスは思わず固まった。
「おはよう。」
何事もなかったかのように笑っている。
「どうしてここに……?」
「講師だから。」
「聞いてません!」
「言ってないし。」
悪びれる様子もない。
「サプライズ。」
「そんな……。」
ツアーへの参加を相談した時にはそんなこと一言も言っていなかった。
その様子を見た参加者たちが小さく笑う。
「知り合いだったの?」
隣の参加者が尋ねる。
「はい……。」
「びっくりした?」
「すごく。」
ノエルはそんな会話を聞きながら肩をすくめた。
「じゃあ始めようか。」
参加者たちはそれぞれ興味のある分野へ分かれていく。
イリスは少し迷った。
鍛冶も気になる。
木工も面白そうだ。
けれど――
自然と足は魔道具製作の机へ向かっていた。
ノエルはその様子を見て少しだけ笑う。
「やっぱり来た。」
「……はい。」
「まあ、知ってる人がいる方が安心するよね。」
イリスは少し照れながら頷いた。
机には工具や小さな魔鉱石、細かな部品が並んでいる。ライラのアトリエで見慣れた道具も多かった。
「今日は本格的な魔道具は作らない。」
ノエルは部品を並べながら説明する。
「まずは魔道具がどうやってできるのかを知るところから。」
参加者たちが真剣に耳を傾ける。
「魔道具は魔法だけじゃ作れない。」
小さな魔鉱石を手に取る。
「素材。」
次に金属の部品を持ち上げる。
「部品。」
そして細い線が刻まれた板を見せる。
「魔力回路。」
最後に工具を持つ。
「そして加工技術。」
机へ順番に並べた。
「全部そろって初めて魔道具になる。」
参加者の一人が手を挙げる。
「魔法が使えれば誰でも作れるんですか?」
「作れる人もいる。」
ノエルは頷いた。
「でも、ほとんどの人は途中で失敗する。」
「どうしてですか?」
「回路を書くのが難しいから。」
そう言って、小さな金属板へ細い線を刻み始める。
カリ……
カリ……
工具が滑るように動いていく。
迷いがない。
一本の線も曲がらない。
「あっという間……。」
誰かが思わず呟く。
ノエルは笑った。
「これは慣れ。」
「最初はみんなガタガタになる。」
参加者たちは実際に工具を手に取る。
イリスも金属板へ線を刻んでみる。
しかし――
ギッ。
線が曲がる。
「あっ……。」
力が入りすぎた。
「焦らなくていい。」
ノエルが横から声を掛ける。
「工具を押すんじゃなくて、滑らせる感じ。」
「滑らせる……。」
もう一度挑戦する。
今度は少しだけ真っ直ぐになった。
「そうそう。」
ノエルが頷く。
「最初より上手くなってる。」
その一言が少し嬉しかった。
周りを見ると、他の参加者も苦戦している。
「難しい!」
「線が曲がる!」
あちこちから声が聞こえる。
ノエルは一人ひとりのところへ行き、丁寧に教えて回っていた。
ライラで見せる姿とは少し違う。
いつもの気楽な雰囲気はそのままだが、説明は分かりやすく、一人ひとりの様子をよく見ている。
「ノエルって、教えるの上手なんですね。」
イリスが思わず言うと、ノエルは少し笑った。
「前に先生やってたこともあるし。」
「先生!?」
「短い間だけね。」
さらっととんでもないことを言う。
『職業:転生』。
世界を渡り歩くノエルだからこその経験だった。
イリスは改めて思う。
ノエルは自分が思っていた以上に、いろいろな世界を旅してきたのだと。
参加者たちは完成した練習用の回路板を見つめ、それぞれ満足そうな表情を浮かべている。
イリスも自分の回路板を見つめた。
曲がった線もある。
少し歪んだ部分もある。
それでも、最初に刻んだ一本よりずっときれいだった。
「ありがとうございました。」
参加者たちが講師へ頭を下げる。
「お疲れさま。」
ノエルも笑顔で手を振った。
その後、イリスは他の講師のもとを順番に回った。
鍛冶では、小さな鉄板を真っ赤になるまで熱し、金槌で何度も叩いて形を整えた。
「熱いうちに叩くんだ。冷めると固くなっちまう。」
「なるほど……。」
金属が少しずつ形を変えていく様子に、イリスは思わず見入ってしまった。
「同じように叩いているつもりなのに、全然形が違う……。」
職人は笑いながら言う。
「力じゃない。金属の様子を見ながら叩くんだ。」
木工では、小さな木片を削って簡単な小物を作った。 木の香りが工房いっぱいに広がる。 同じ木でも1本1本硬さや木目が違うことを教わり、自然の素材を扱う難しさを知った。
細工では、布や革を使った小さなアクセサリー作りを体験した。
「ものづくりって、こんなに種類があるんですね。」
思わず漏らしたイリスの言葉に、職人たちは笑顔で頷いた。
「作るものは違っても、誰かに使ってもらいたいって気持ちはみんな同じさ。」
その言葉は、不思議とイリスの心に残った。
イリスは空を見上げる。
ものづくり。同じ系統の仕事でも、知れば知るほど奥が深い。まだ、自分に合う仕事は分からない。
けれど、一つだけ確かなことがあった。
ものづくりをしている人たちの心は温かい。
「職業は転生です!」第21話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。書くことが多くていつもより文量が多かったのですが大丈夫だったでしょうか。毎週日曜日20時頃に更新しているので、また読んでいただけると嬉しいです。Xでも作品の告知などをしているので、もしよければフォローお願いします。
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