第15話 今日は、ここまで
マイケルの家のドアが閉まる音は、
思っていたより静かだった。
外と中を分ける音。
逃げ場がなくなった、というより、
選択を先延ばしにできない場所に入った、
そんな感じがした。
「座る?」
「ああ」
ソファに並ぶ。
距離は、
もう意識しない。
触れていないのに、
近い。
マイケルが、
俺の横顔を見る。
目を逸らさない。
「……外じゃない」
確認。
「ああ」
「じゃあ」
一拍置いて。
「近づく」
予告だった。
いつも通り。
俺は、
拒まなかった。
「……うん」
それだけで、
十分だった。
マイケルが、
ゆっくり距離を詰める。
肩が触れる。
腕が回る。
ハグ。
前より、
少しだけ長い。
でも、
強くはしない。
閉じ込めない。
俺は、
そのまま受け止める。
拒まない。
逃げない。
呼吸が近い。
マイケルの息が、
首元にかかる。
距離が、
顔一つ分まで縮まる。
――あ。
ここから先は、
違う。
それが、
はっきりわかる。
マイケルも、
止まった。
額が触れそうで、
触れない。
喉が動く。
「……Kiss」
感情が上がって、
英語が漏れる。
でも、
続けない。
俺の反応を、
待っている。
俺は、
少しだけ息を吐いた。
嫌じゃない。
怖くもない。
でも。
今じゃない。
「……今日は」
低い声。
「ダメだ」
それだけ。
マイケルは、
一瞬だけ目を閉じる。
――OK.
小さく、
そうつぶやいた。
責める気配はない。
がっかりも、
していない。
代わりに。
もう一度、
腕が回る。
さっきより、
少しだけ強いハグ。
でも、
短い。
「ここまで」の合図だ。
俺は、
そのハグを受け止める。
拒まない。
でも、
それ以上は求めない。
自然に、
腕が緩む。
距離が戻る。
関係は、
戻らない。
「……ありがとう」
日本語だった。
「言ってくれて」
俺は、
小さくうなずく。
「拒んだわけじゃない」
確認するように言う。
マイケルは、
すぐに答えた。
「わかってる」
即答。
「ケンジは、
ちゃんと選んでる」
その言葉で、
肩の力が抜ける。
ソファに並んで座る。
肩が触れている。
それだけで、
十分だった。
「今日は、
ここまで」
マイケルが言う。
「ああ」
異論はない。
玄関まで送る。
ドアの前で、
マイケルが振り返る。
「次は」
少し笑う。
「たぶん、
止まらない」
冗談とも本気ともつかない。
俺は、
否定しなかった。
「……その時に考える」
マイケルは、
満足そうにうなずく。
「OK」
ドアが閉まる。
一人になる。
拒まなかった。
それは、
後退じゃない。
もう迷わない。
そう思えた。




