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第13話 ハグの意味



 マイケルが来たのは、土曜の昼だった。

 約束はしていない。

 でも、来る気がしていた。


 インターホンが鳴る。


 百合は外出中だ。


 玄関を開けると、

 マイケルが立っている。


「こんにちは」


 日本語は、もう自然だ。


「今、少しだけ大丈夫?」


「……ああ」


 理由は聞かない。


 靴を脱ぎ、

 静かに上がる。


 リビングに入る。


 ソファに並んで座る。


 距離は、

 昨日より少し近い。


 触れない。

 でも、意識はする。


 しばらく、沈黙。


 マイケルが、

 視線を落としたまま言う。


「この前」


「手、重ねてくれた」


「……ああ」


「あれ」


 少し間を置く。


「すごく、嬉しかった」


 言い切りだった。


 マイケルは、

 一度、深く息を吸う。


 感情を整える動作。


「今日は」


 声が、わずかに低くなる。


「……ハグ、してもいい?」


 健治は、

 少し考えてから答える。


「……ハグ、なら」


 その言葉で、

 マイケルの胸が跳ねる。


 でも、

 すぐに動かない。


「嫌だったら、

 すぐ言って」


「ああ」


 確認は、最後まで。


 マイケルが、

 ゆっくり腕を伸ばす。


 引き寄せない。


 まず、

 背中に手を置く。


 シャツ越しに、

 体温が伝わる。


 健治は、

 逃げなかった。


 代わりに、

 一歩だけ前に出る。


 距離が消える。


 胸に、

 肩が触れる。


 腕が回る。


 ハグだった。


 強くない。

 でも、離さない。


 顔が近い。


 吐息が、

 首元にかかる。


 ――God…


 喉まで出かけた声を、

 必死に抑える。


 抱きしめたい。

 もっと。


 でも。


 今やったら、

 全部壊す。


 マイケルは、

 腕に力を入れすぎない。


 健治の背中に、

 手を置いたまま。


 それ以上、動かない。


 健治は、

 何も言わない。


 でも、

 離れない。


 それが、

 何よりの答えだった。


 数秒。


 短い。


 でも、

 十分すぎる。


 マイケルが、

 そっと腕を緩める。


 離す合図。


 健治も、

 自然に距離を取る。


 マイケルは、

 少し照れたように言う。


「……ごめん」


「なにが」


「今、ちょっとだけ」


 言葉を探す。


「……Very adult」


 正直だった。


 健治は、

 一瞬だけ目を瞬かせてから、

 小さく息を吐いた。


「……想像くらい、

 するだろ」


 その一言で。


 マイケルの表情が、

 一気に明るくなる。


「Really?」


「行動に移さないならな」


 線引きは、明確だ。


 マイケルは、

 大きくうなずく。


「OK」


 それから、

 真面目な顔で言う。


「Sorry」


「ニンジャは、

 忍耐力が必要」


 本気だ。


 健治は、

 思わず笑った。


「……忍者、万能すぎだろ」


 でも、

 空気は壊れない。


 ハグは、

 ただの接触じゃなかった。


 近づいても、

 踏み越えなかった。


 それが、

 信頼になった。


 マイケルは、

 しばらくして立ち上がる。


「今日は、ここまで」


「ああ」


 玄関で見送る。


 マイケルは、

 少しだけ名残惜しそうだ。


 でも、

 引き止めない。


「また来る」


「ああ」


 ドアが閉まる。


 静かなリビング。


 健治は、

 自分の腕を見る。


 まだ、

 感触が残っている。


 ハグだけ。


 でも。


 ちゃんと近づいて、

 ちゃんと止まれた。


 それが、

 一番大事だった。


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