〈第50話〉『謎の発注者』
クロフォード学園―――商・技術科・鍛冶部門
カンッ!ガンッ!カンッ!ガンッ!―――
と、規則正しい金属音が、重々しい響きを伴ってあたりに満ちている。
「おおぉ!ここが商・技術科の鍛冶部門かぁ!」
扉を潜ると、外の静けさが嘘のように――しかし徹底された防音壁のおかげで響き自体は抑えられており、目の前に広がる圧倒的な規模の大きさに、うちは呆気にとられつつも胸を躍らせて声を弾ませる。
各区画できっちり防音されているその空間で、うちの驚きの声は通常の声音のまま、広大なフロアへと朗々と響き渡っていた。
そんなうちの横で、同じく初めてこの生産科の施設を訪れたエルザも、物珍しそうに細部まで辺りを見回している。
「それで、こっからどうすれば?」
響き渡る金属音のなか、うちは特注経験のあるレオスへと視線を向ける。
「ん?あぁどうだったかなぁ……。ここに来るのも2年以上前だからなぁ。どっかに受付がなかったか?」
レオスが記憶をたどりながら周囲を見渡すのに倣い、うちとエルザも職人たちが忙しなく行き交うフロアの中で、受付や案内の窓口を探して視線を走らせる。
「あれ?ティファに、エルザ様とレオス先輩?」
金属音が響くフロアの一角から、聞き慣れた声が飛んできた。
声の主は、うちの幼馴染でありこの鍛冶部門で技術を学ぶファーガス・ベルナップだ。
彼は本来いるはずのない異質な組み合わせの3人を見つけ、きょとんとした顔で歩み寄ってくる。
「おぉ!ファーガス!お前ここで何しちょるんじゃ!」
直前まで「お前の幼馴染に鍛冶部門の奴居たよな!?」と話していたはずの本人が放った天然すぎる一言に、レオスとエルザ、そして歩み寄ってきたファーガスの3人は、揃って「え?」と思考を停止させ、その場でピタリと動きを止めてしまうのだった。
「い、いや……。俺、商・技術科の鍛冶部門なんだけど……。忘れてないよね?」
あまりのうちの天然っぷりに、ファーガスは引き攣った笑いを浮かべ、額にうっすらと冷や汗をにじませながら恐る恐るツッコミを入れる。
「ん?いや?忘れてない忘れてない!!」
全力でブンブンと首を横に振るうちの挙動不審な様子に、ファーガスは「絶対忘れてただろ……」と幼馴染としての自分の存在感は、その程度だったのかとさらに遠い目を向けるのだった。
「ま、いいんだけどね……」
小さく息を吐き、うちに対する呆れを飲み込むと、ファーガスは気を取り直すように表情を引き締めた。
「それで、その面子で商・技術科の鍛冶部門になんの用なの? 見学って雰囲気でもなさそうだし……」
ミスマッチな3人を見回しながら、ファーガスは首を傾げた。
「あぁ、そう!木剣が折れたから新しい木剣を発注しに来たんじゃけど……。どうすればえぇ?」
先程の発言に悪びれもせず言い放つうちの言葉に、ファーガスは言葉を失い、ぽかんと間抜けな口を開けたまま固まってしまう。
「えっと、ご両親からの出納受諾ができてれば俺でも受け付けていいんだけど……。できてる?」
ファーガスが受付窓口に移動する姿を見たうち等は、その後に付いていく。
「ん~……。ティファ。木剣が折れたのはいつ?ティファのご両親の出納受諾の書類が、こっちに回ってきてないんだけど……」
ファーガスが台帳を確認しながら首を傾げた瞬間、うちは「えっ?」と間抜けな声を漏らし、レオスとエルザも揃って動きを止めるのだった。
「ティファの話だと私の祖父……。学園長が全額出資してもらえるっていう話を聞いていたけど?その連絡は来ていないのかしら?」
エルザが怪訝そうに眉を寄せながら問い詰めると、ファーガスはさらに困惑したように台帳を確認する。
「学園長から……ですか。そう言った特例の稟議は台帳に一切降りてきてない……ですね。そもそも学園長決済なら、先に財務を通るか俺たちの部門長、親方に直接お達しが来るはずだから……。ちょっと待ってね、親方に確認取ってくるから!」
そう言い残すと、ファーガスはバタバタと足音を立ててフロアの奥へと駆け出していった。
「ええ……? 嘘じゃろ……?」
残されたうちは、と冷や汗をにじませながら固まっている。
「おいおい、ティファ。お前、まさか本当に学園長の許可を取ったのか? それとも勝手な思い込みか?」
レオスがじとりと冷ややかな視線を向け、エルザも「はぁ……」と、腕を組んで小さく溜息をついていた。
「いやいや! 学園長室で直々に「出資してやる」って言われたんじゃ! 嘘じゃない!」
必死に弁解するうちの脳裏に、あの時の学園長の顔がよみがえる。
まさか、アレクシスは話を通していなかったのか、それとも書類手続きを忘れているだけなのか――。
不安と嫌な予感が渦巻く中、遠くからファーガスが慌ただしい足音とともに、後ろにとある人物を連れ、戻ってくるのだった。
「おぉ、お前がアッシュフィールドか。学園長から話は聞いている」
うちは鍛冶部門長テレンス・ルーサムのその言葉を聞き、学園長と部門長の間できちんと出資のやり取りがあったことがわかり、「よ、よかったぁ……」と心底ホッとしたように胸をなで下ろす。
思わず安堵の表情を浮かべるうちに、「お爺様が約束を破るわけないでしょ」とでも言いたげに、ジト目を向けてきていたが、うちにはその視線すら気になっていなかった。
「お前の希望する木剣を作るよう言われている。それで?お前が思い描く木剣の形状があるならあっちに製図用紙があるから、それに書き落とせ」
テレンス教官が顎でしゃくった方を見ると、部屋の隅に職人達が使うような無骨な机と、大量の製図用紙が積まれた一角が見えた。
「おぉ!あれにうちの希望する木剣のデザインとか描けば、それを元に製作してくれるんですね!?」
うちはパッと顔を輝かせると、足早にその机へと歩み寄り、ペラペラと製図用紙をめくりながら木炭の鉛筆を手に取る。
「ちょっとティファ、ちゃんと考えてから描きなさいよ。適当に描いて「やっぱり違う」なんて言い出さないでよ!」
小さく息をついたエルザが、背を向けて遠ざかるうちの背中に釘を刺すように声をかける。
「わかっちょるよ!ん~、木剣自体の形状はこうじゃろ……。んで……」
うちは独り言を呟きながら、木剣の大まかな輪郭を勢いよく描き進めていく。
そこへ、後ろから滑るように近づいてきたエルザが、スッとうちの隣を陣取って製図用紙を覗き込む。
「なぁ、エル。このデザインじゃったらどの辺に魔石を埋め込めばえぇじゃろ?」
うちは製図用紙から目を離さないまま、腕を組んで自然に隣へ寄り添ってきたエルザへと問いかける。
「ちょっと見せてみなさいよ……。って、なにこれ、随分と変わった形をしてるわね」
エルザは、この世界では見慣れない日本刀の形状を踏襲した木剣に目を丸くしながら、製図用紙に視線を落とす。
「私は木剣の耐久値にそこまで詳しくはないけれど……これ、本来の半分くらいしか刃幅がないじゃない。それに魔石の配置も重要よ」
エルザは細い指先で紙の上をトントンと指し示しながら、魔術師としての鋭い分析を次々と紡ぎ出していく。
「適当な位置に埋め込んだら魔力の循環効率が落ちるし……かといって、本来なら重心が置かれる”鍔と剣身の間”に魔石を仕込んだ方が理想だけど、でも、そうすると構造的にその部分が一番脆くなってしまうわ」
呆れ顔かと思いきや、エルザは驚くほど真剣なトーンでうちの木剣の設計を吟味し始める。
「だから、重心のバランスは少し崩れるかもしれないけれど、柄の先端あたりに配置したほうが耐久的には理にかなっているわ。これからのアンタは、技と魔力を同時に発動したときの強烈な負荷を木剣にダイレクトに受けさせない設計にしないと、またすぐに自壊するわよ」
気づけばいつの間にか、設計しているうちよりも、エルザの方がすっかり熱を帯びた口調になっていた。
「ふむふむ……! さすがエルじゃな、そういう細かいとこ全然考えてなかったわ!」
「……っ!ちょっと、自分の相棒になる武器でしょうに! もう少し真面目に考えなさいよ!」
ポンと手を叩いて感心するうちに、エルザはやれやれと頭を振ってペシッと軽く肩を叩いて抗議の声を上げる。
そんな2人の様子を、レオスは少し離れた場所から、仲の良い姉妹のやり取りを見ているようで面白そうに見守っているのだった。
数十分後―――
「よし、こんなもんじゃろ……!」
エルザから授かった魔導士ならではの助言や、レオスに指摘された自身の戦闘スタイルの違和感をしっかりと咀嚼し、うちは納得のいく木剣のデザインを描き終え、製図用紙をパッと持ち上げ、うちは満面の笑みを浮かべて振り返った。
全体的に幅が削られて細身になり、一瞬「ただの棒か?」と見まごうほどだが、要所要所には凄まじいまでのこだわりが詰め込まれている。
その描きあがった製図用紙をテレンスに手渡す。
「う~む、レイピアのような細身の直剣とも違うし、ファルシオンのような反りもありつつ刃幅が、一般的な木剣の半分程度か……。見たことない形状だがどこの国のモノだ?」
テレンス教官が腕を組み、図面を凝視したまま首をひねり、レオスとファーガスも背後から肩越しに図面を覗き込む。
職人としての長年の経験でも見たことがないその独特なシルエットに、いささか興味を惹かれているようだ。
テレンスの関心に対し、うちは(やばっ!前世の記憶に引っ張られて、ついつい馴染みのある形を描きすぎちゃったか……!)と冷や汗をにじませる。
「聞いた話だが、お前の主力である瞬間加速……【疾風】の初動を殺さないためには、空気抵抗と抜剣時の摩擦を極限まで削る必要性がある。……なるほど、理にかなってはいるな」
テレンスは腕を組み直し、ふっと息を漏らして図面をもう一度じっくりと見つめ直した。
(ふぅ……、なんとか納得してくれたか……!?)
うちの知る限り、この世界にはまだ、あの完璧な曲線を誇る刀の文化は伝わっていない。
「そ、そうでしょう!うちが高速で剣を引き抜く時に適した形状を考えた、最適なモノです!」
ここでタジタジになるわけにはいかない。
うちはテレンスの顔を見据え、自分の思い描く完璧な木剣の形状と理由を語りつくす。
「ふむ……。そうか。この形状だと堅牢樹より鉄鋼樹を使った方がいいな」
図面に素材の指定はなかったが、テレンスは一目で見抜いたように納得の声を漏らす。
この細身の形状に魔力と負荷が集中する以上、並の木材では耐久を担保できないと判断したのだろう。
彼は職人としての確かな眼力で即座に、より頑丈な鉄鋼樹を採用する方向へと切り替え、手際よく図面にその旨を追記していく。
「素材はそれで決まりとして……。魔石も埋め込む設計のようだが、その”品質”はどうする?」
テレンスが図面に向けていた視線を、まっすぐな視線をうちの方へと向けてくる。
「魔石の”品質”?」
聞き慣れない言葉にうちは首を傾げ、自然と隣に立つエルザへと顔を向けた。
「魔石には低・中・高の三段階の品質があるの。もちろん品質が上がればその分金額は跳ねあがるわ。……食堂で話していた予算に収めるなら、選ぶべきは低級魔石ね」
木剣のデザインを描いている時は高揚感ですっかり忘れていたが、エルザの現実的な指摘によって、金額という重たい問題が再びうちの脳裏に浮かび上がってくる。
「ち、ちなみにおいくら位差があるものなんでしょうか……?」
うちは恐る恐るテレンスへと視線を向け、引きつった笑みを浮かべながら問いかける。
「低級は金貨10枚ほどだな。中級は金貨25枚、高級になれば金貨50枚だな。もちろんだが一個の値段だ」
テレンスがさらりと告げた相場の桁違いさに、うちは思わず「そ、そんなに差があるんか……!?」と乾いた声を漏らし、その場で膝から崩れ落ちそうになるのだった。
「へぇ~、魔石って結構高いんだな」
そんな絶望的な空気を他所に、レオスはどこか他人事のように腕を組んで涼しい顔で呟く。
「え、なんでレオス先輩はそんな反応なんです……?」
自分とは真逆すぎる温度差に、うちは思わず怪訝な声を漏らした。
「ん?クラウスやエルザの爵位より1つ下だが、俺も侯爵家の長男だからなぁ。このくらいの金額じゃビビらんよ」
飄々とした態度でそう言い放つレオスに、うちは思わず「え……?」と、呆然となりながら声にならない声を漏らす。
「あら?言ってなかったか?」
そんなうちの反応を見て、レオスは「おや」とばかりに首を傾げた。
「さすがに冗談じゃろ……?」
日頃の行いや軽口を思い出し、からかわれているのだと思ったうちは、真偽を確かめるべく隣に立つエルザへと助けを求めるように視線を向けた。
「本当よ」
エルザは当然のように頷き、淡々と事実を告げる。
「嘘……。嘘じゃろおおぉぉ!!レオス先輩が爵家!?」
静かな工房のフロアに、うちの絶叫に近い素っ頓狂な声がこだまする。
「うるっせえな!俺が貴族だったらイメージでも崩れるってのか!あ!?それより魔石の”品質”決めて話進めろや!」
乱暴に言い返してくるレオスを前に、うちの脳内は大いに揺さぶられる。
日頃から気さくで全く気取らない彼と、エルザやクラウスといった生粋の貴族達から勝手に抱いていた「お上品なイメージ」がどうしても結びつかず、思わず開いた口が塞がらなかった。
「それで、レオスも言ってたが、”品質”はどうする?」
テレンスの問いかけに、うちは「はっ!」と現実の深刻な金銭問題へと引き戻される。
「え、えっと……。て、”低級”でお願いします!でえぇよな?」
うちは自信なさげに、隣に立つエルザの顔色を窺った。
「アナタがそれでいいならいいんじゃない?そもそも、私は木剣の折れたきっかけになったお兄様との鍔迫り合いを見ていないわけだし、どの程度がいいのかは判断しかねるわ」
エルザは冷静にそう言い放つと、クラウスとの一戦を最初から最後まで見届けていたレオスの方へと視線を流す。
「まぁ、いいんじゃねぇか? 木剣にどれほど魔力が負荷として乗っかるのか、俺は魔術師じゃないから専門的なことは分かんねぇけど……自分で決めたならそれでいくだろ」
無言の意見を求めるエルザの視線に気づき、レオスはどこか気楽な調子で、あっさりとそう答えるのだった。
「それじゃ、”低級”でいいんだな?」
2人の反応を確認したテレンスが、改めて発注者であるうちへと視線を戻し、念を押すように問いかけてくる。
「はい!それでお願いします!」
迷いを振り払うように勢いよく返事をすると、テレンスは満足げにうなずき、図面に魔石の品質、”低級”の文字を力強く書き込んでいくのだった。
「よし。これで受注させてもらうが、完成は7日後くらいだな。ファーガス、完成したら教えてやれ」
そう言ってテレンスが背後のファーガスに顔を向ける。
「はい。それはいいんですけど。”魔道具部門”が今は”低級魔石”切らせてるとか言ってませんでしたっけ?」
ファーガスが首を傾げながら、思い出したようにそう告げた。
その一言に、せっかく決まった発注の空気が一瞬でピタリと凍りつくのだった。
「ドゥーウェル国への定期発注はもう掛けてあるだろ?」
テレンスが当たり前のように問い返すも、ファーガスは困ったように眉をひそめる。
「それが、昨日出したばかりらしいんです。だから次の定期便での入荷は2週間後とかになりますよ……」
ラングリッサ王国の主な魔石の調達先は、神山”イーベラスト”の麓に広がるドワーフ族の国、ドゥーウェル王国だ。
そこから学園へと届くまでには、王都を経由する輸送の都合上、発注書が現地に届くだけで7〜8日、そこからさらに物品が届くまで同等以上の日数がどうしてもかかってしまうのだった。
「に、2週間ご!?そんなに時間がかかるんか!?」
特注品の作成だけでも7日ほどかかるとは聞いていたが、まさか魔石の在庫切れが原因で、完成が丸々2週間後になると知らされ、うちは頭を抱えて絶望感に苛まれガックリと肩を落とす。
「まぁこればっかりはしょうがないわね……」
「まぁこればっかりはしょうがねぇな……」
無いものはどうしようもないと、エルザとレオスはあっさりとそう口にして肩をすくめる。
「てことだ。悪いが2週間待ってくれ。それにしても、これで3年連続になるな。特注の木剣を受注するのは……」
そのテレンスの何気ない暴露じみた言葉に、皆の視線が一斉に彼へと向けられるのだった。
「3年連続?去年も特注した奴が居るんっすか?」
レオスが首を傾げながらそう問い返した瞬間、うち、エルザ、レオスは動きを止め、お互いの顔を見合わせるのだった。
「そうだな、今回と同じ魔石入りで短木剣を特注してきたな」
テレンスが顎に手を添え、テレンスは顎に手を添え、過去に訪れた生徒の記憶を思い起こすように目を細める。
「魔石入りの短木剣?そんなの使う人が一つ上の学年に居るんですか?」
うちはテレンスの背後に居るレオスへと視線を送るが、レオスも首を横に振るだけで、心当たりの生徒はいないようだった。
「魔石入りってことは、ティファと同じく魔力を剣術に取り入れてるってことよね……。そんな生徒が居れば少なからず噂になっているはずだけど……」
そもそも、剣術科であれ魔術科であれ、自身が使う武器を特注する生徒は数年に1人居るか居ないかくらいの頻度だ。
学園長の孫であるエルザの耳にも一切届いていない『謎の発注者』の存在に、うち達は思わず顔を合わせたまま深く考え込むのだった。
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