〈第49話〉『”鍛冶部門”』
クロフォード学園―――商・技術科・鍛冶部門へ向かうための廊下
「……っ!待て、なんで俺がまたお前の道案内してるんだ!?」
午後の修練前、うちは「ちょっと付き合ってくださいよ」と耳打ちしてレオスを引っぱり出した。
彼も最初はただの付き添いのつもりだったのだろうが、気づけば学園長室に続き、今度は商・技術科・鍛冶部門への案内役として隣を歩かされている。
「……出向中のレオス先輩を付き合わせるのは分かる……。でも、なんで私まで付き合わされてるのよ!!」
昼食後、うちはエルザのことも「用事があるからちょっと付き合え」と誘い出したのだ。
最初は修練があるからと断られたものの、うちがしつこく食い下がった結果、直前まで魔法の修練に備えて愛用の両手杖を手にしていた彼女は、そのまま問答無用で連れ出されるハメになった。
「うるっさ。エルもレオス先輩他は、もう授業中ですよ……。静かにしてください。しぃ~!」
うちは口元に右手の人差し指を立てて左右に振り、口々に文句を垂れるエルザとレオスを悪びれもせずにたしなめる。
「やかましい!確かお前の幼馴染に鍛冶部門の奴居たよなぁ!?そんな奴がいるならソイツを頼ればいいだろうが!!」
「そうよ!こんなことに付き合わされてたら、修練をサボってるみたいじゃない!」
午前は学園長室、午後からは商・技術科・鍛冶部門。
修練とは無関係に一日中連れ回されているハメになったレオスの理性は、ついに盛大な音を立てて吹き飛んだ。
とばっちりを受けたエルザも、ここぞとばかりに便乗して抗議の声を上げている。
「しょうがないじゃないですか。捕まらんかったじゃから……」
悪びれもせず飄々と言い放つうちに、レオスはさらに頭を抱えたくなる衝動に駆られるのだった。
「それに、エルは、まぁともかく。うちが居ないと先輩も暇でしょうが」
「暇じゃねぇよ!お前の隙間時間の相手をしてるだけじゃねぇんだよ!……っておい、こっちじゃねぇ! 戻るぞ!」
堂々と違う道を突き進もうとするレオスを見て、うちは「ほら、これ」と小さく肩を落とす。
案内役がこんな調子だからお前も付き合わせたのだと言わんばかりに彼を指差し、エルザへと顔を向けた。
「レオス先輩……。さすがにそれは方向音痴というより、ボケが始まってるのでは……」
「ボケてねぇ!そのうち着くから黙ってついてこい!大体こんな広い学園にすんなよ!」
「”そのうち”じゃ夕方を通り越して夜になります!それに、私の目の前で学園の悪口言うのやめてください!あぁもう!私が案内するから2人とも付いてきなさい!」
ひとしきり言い合ったあと、結局エルザが先頭に立つことになった。
嵐が去ったように静かな時間が戻り、今はただ、修練の直前にうちに捉えられたせいで両手杖を持ったままのエルザが鳴らす石突きと、3人の足音が合わせるようにコツコツと廊下に響いている。
「それで。木剣の事はどうするか決めたの?」
前を歩くエルザが、視線は前に向けたまま、後ろをついて歩くうちへと言葉を投げかけてきた。
「う〜ん、一応形は決まっちょるよ。あとは素材と魔石をどうするかってだけじゃのぅ。……あ、そうじゃ」
ふと思いつき言葉を切ると、うちは隣を歩くレオスを横目で見上げる。
「先輩のあのバカでかい木剣も、特注品ですよね?」
急に話を振られたレオスは、怪訝そうな顔でこちらを見下ろしてきた。
「ん?まぁそうだな。特注じゃなきゃあんなもん、一般じゃ売られてねぇからな」
「そうですよねぇ……。ちなみにあの木剣っていくらしたんです?参考までに……」
レオスは顎に手を当てて廊下の天井を仰ぎ見ながら記憶をたどりはじめた。
「バカでかいって言っても、素材は”堅牢樹”だからなぁ……。技術代込みで金貨12~3枚ってとこだったか?」
普通の十倍近い大きさを誇る特注品なのだから、それだけの値段がして当然か。
うちは内心で納得しながら頷いた。
「でもよ、ティファはもう親の出納受諾とれてんの?今日折っちまった俺が言うのもなんだが、このまま行っても門前払いだぞ」
本当に金を用立てられるのかと、レオスは疑わしげにうちの顔を覗き込んできた。
対してうちは、「ふふん」と余裕の笑みを浮かべて胸を張ってみせる。
そんなうちの態度に、レオスの頭の上にははっきりと「?」が視覚的に浮かび上がっているように見えた。
「木剣の費用は全額学園長が出資してくれます!」
「え……。マジで……?」
それを聞いたレオスは、前を歩く学園長の孫、エルザの背中へと視線を向ける。
「真偽もお爺様の真意も知りませんが、でも、そうらしいです」
背後からの視線を感じ取り、エルザは小さく深い溜息をつきながらレオスの疑問に投げやりへと言い返す。
「ふ~ん……。学園長がねぇ……。じゃあ、今日折れちまったのは逆に良かったのかもな」
その言葉を聞いたうちは小首を傾げたまま、きょとんとした視線をレオスに向ける。
「え、折ったのは先輩ですけど……。自覚あります?」
折れたのが良かったなどとレオスの口から言い放たれたことに、うちは木剣を真っ二つにへし折られた瞬間を思い出し悲しみと怒りが一気に沸騰し、ジロリと彼を睨みつける。
「はぁ~。そんなに睨みつけても俺は悪いとは思ってないぜ。遅かれ早かれあの木剣は寿命だったんだからな。教官と手合わせしてても折れてたよ、あれは」
突き刺さすようなうちの視線を、涼しい顔でかわしつつ、レオスは悪びれもせず開き直ってみせた。
「でも!とどめを刺したのは間違いなく先ぱ……」
「あ~、ハイハイ、俺が悪かったよぉ~。たくっ、しつけぇな……」
頭を搔きながら溜息をつきつつ、レオスは適当に折れて見せる。
「そうやって、適当にごま……」
「適当に言ってるわけでもねぇよ。そもそもあの木剣、今のお前のスタイルに合ってないだろ」
うちはレオスのどこか見抜いた指摘に、反射的に肩をピクリと跳ねさせる。
「どういう……意味ですか?」
うちはレオスのその真意がどこにあるのか問いかける。
「今日、何度か【疾風】って技を受けたが、気づいてるのか気づいてないか知らんが、お前、剣を抜く瞬間渋い顔してんだよ。そこが攻略の意図口だと思ってたんだが……、うまくいかなかったけどな」
うちは自分では気づいていなかった表情の変化を瞬間加速の最中に見抜くレオスの動体視力の良さ、観察眼と剣士としての勘の良さ、剣術勝負においては普段の彼とは違う事に改めて驚愕する。
レオスとの口論に夢中になっていたせいで、前のエルザが立ち止まっていることに気付かず、うちはそのまま彼女の背中に激突する。
「なに、どうしたんじゃ。エル?」
急に視界が止まったことに驚きつつ、うちは鼻を押さえてエルザの背中からよろよろと離れた。
「お?着いたか?」
レオスも遅れて足を止め、目の前に視線を向けた。
「こちらではなかったようです。引き返しましょう」
エルザは若干頬を赤らめ、何事もなかったかのように踵を返し元来た廊下を歩き始める。
うちはエルザのその行動を見て(ま、まさかコイツもハズレか!)と内心肩を落としてしまう。
クロフォード学園―――商・技術科・鍛冶部門
「あぁ~もう……長かったぁ……」
2人の案内人に振り回され続けたうちは、目的地にたどり着くやいなや、深い溜息とともに肩をぐったりと落とした。
「おい!エル!ここほんとに鍛冶部門なんじゃろうな!?」
何度も道を間違えられた末、たどり着いたはずの部屋が妙に静かなことに不安を覚え、うちはエルザの袖を引っ張りながら鋭く詰め寄る。
「扉の前にある教室の札よく見なさいよ!『”鍛冶部門”』って書いてあるでしょう!!」
エルザ自身、ここまで迷ってしまうとは思っておらず、疲れ果てたところにうちの罵声が飛び、エルザも負けじと大声で言い返してくる。
「じゃ、なんで扉の外がこんなに静かなんじゃあ!?金槌を振る音一つ聞こえてこんじゃないか!!」
「学園一騒音のある部門なんだから完全防音されてるに決まってるでしょ!!」
疲労困憊のギスギス感が最高潮に達し、道中の苦言とは関係のない、今までお互いが積み上げてきた不満が爆発する。
「あ、あのよぉ……。ここまで来て女の痴話喧嘩聞きたくねぇよ……。早く発注してそれぞれこの状況から解放されようぜ……、頼む!!」
レオスが顔の前で両手を合わせ、これ以上巻き込まれないよう懇願気味に言い募る。
「それもそうじゃ」
「それもそうね」
レオスの懇願を聞き、うちとエルザはお互い顔を見合せ、不毛な喧嘩を止め、目の前の鍛冶部門の重厚な扉を見据える。
その両開きの扉は学園長室のそれとは、また異質の重々しさがあった。
「よっ!ん?あれ?ふんっ!重っ!エル!反対側押せ!」
顔を赤くしながら力いっぱいに扉を押すが、ビクともせず反対側からも押さないと開かないと判断したうちは、エルザへ一緒に扉を押すよう指示する。
それを見たエルザが、こんな扉一枚にどれだけ必死になっているの呆れた雰囲気で、反対側に手をかける。
「全く……。っ!よいっしょ!ちょっとティファ!アナタちゃんと力入れてるの!?ジッとしてないでちゃんと押しなさいよ!」
「入れちょるわ!!クッソこの扉なんでこんなに重いんじゃ……!」
と、力任せに扉を開けようとするうちの視界に、扉につながる鎖が見える。
それを目線で辿ると、左右に開閉のための、ハンドルの付いた鎖を巻き取るドラムが目に入る。
「レオス先輩!そのドラム巻いて扉開けてください!」
うちのその言葉を聞き、うちとエルザの一連の行動を見ていたレオスが、小刻みに肩を震わせていた。
「このバカタレが!そこは搬入搬出の扉だ!両開きの扉の隣に”一般用入り口”って書いてある扉があるだろうが!!」
遠回りをさせられた疲労感、着いてみれば開かない扉にフラストレーションが再爆発しかけた、うちとエルザは顔を見合せ、レオスが指差した方向に視線を向ける。
うちとエルザは正面の両開きの大扉から左側にある、入り口を確認しお互いの顔を見つめ合い、しばらく沈黙した後無駄な労力を使わされたうちとエルザは再び睨み合う。
「待て!わかった!これは一般の入り口に気付いていた俺の落ち度だ!だからもう言い合うな!めんどくせぇから!とっとと中に入ろう!」
レオスがこれ以上やり合うなとうちとエルザの間に割って入る。
「……」
「……」
3人はいまだ言いたいことはあるが、それを一旦飲み込み、鍛冶部門の室内へ入っていく。
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