〈第48話〉『私の好敵手』
クロフォード学園―――食堂・一般喫食席
「でもさ、さっきまでウキウキしてたのって、それが理由じゃないよね?」
対面で昼食を摂るエリノアが、うちの左手首に巻き付いている【測定の腕輪】を指差す。
先程までの足取りの軽快さは、アレクシスからその腕輪をもらったからではないのではと、鋭い視線を向けて指摘してくる。
「う~ん、まぁ、そうじゃね……」
うちは言うべきか言わないべきか、腕組みをして渋い顔で唸る。
「皆そこが気になってるんだから、言いなさいよ」
エリノアに続き、エルザの従者の1人であるドーラまでが、早く白状しろと言わんばかりに詰め寄ってくる。
「まぁ、包み隠さずに言うんじゃったら……。折れた木剣の話をしたら、学園長が新しい木剣の全額負担をしてくれるって言ってくれたんよ!」
アレクシスの言葉と、新しい木剣が手に入る嬉しさに、うちの顔はどうしてもニヤついてしまう。
うちの返答とその様子を目の当たりにした同席の友人全員が、ピタリと食事の手を止め、言葉を失って固まった。
「ちょっと!まさか【測定の腕輪】を頂いたことをいいことに、お爺様にねだったんじゃないでしょうね!?」
エルザがテーブルをバンッ!と両手で叩き、そのまま勢いよく立ち上がってうちに詰め寄ってくる。
「ねだっちょらんわ!新しい木剣の注文の仕方を聞いたら、い、今の話の流れになっただけじゃ!」
確かに今までの経緯を客観的に振り返れば、学園長に木剣をねだったと言われても弁解の余地がない。
そう思い至り、うちは途端にタジタジとなって気まずく目を泳がせる。
「ティファいいなぁ……。私がティファの幼馴染ですって言ったら、学園長私にも新しい片手杖買ってくれるかな!?」
今まで黙って聞いていたミリアが、ここぞとばかりに調子に乗ったようなことを言い出す。
冗談半分だったとしても、あまりのちゃっかり具合に、さっきまでうちに詰め寄っていたエルザと、静観していた全員が揃ってドン引きしてしまう。
「で、でも、そ、素材にもよるでしょうけど、新しい木剣ってどのくらいの値がするものなのでしょう……?」
気まずい空気を和らげようと、シンシアが慌てて話題を変え、木剣の一般的な相場について恐縮気味に問いかけてくる。
「あ~、どうなんじゃろ?うちの木剣はお父さんが昔に買ってくれたものじゃから値段は知らんなぁ。もう1本は教官からの戴きものじゃったし」
うちは食堂の天井に目を向け、腕組みをしながら、一般的な剣術科が使用する、良質な木剣1本の値段を真面目に思案する。
「私、入学時に新品買ったけど、ランノック金貨1枚と銀貨2枚じゃなかったかな」
ランノック貨幣はうちが転生する前の世界と比較すると、金貨1枚=1万円程、銀貨1枚=千円程、銅貨1枚=百円程と言ったところだ。
エリノアが思い出すように入学時の記憶を辿り、入学時に購入した木剣の値段を口にする。
「げっ。木剣1本ってそんなにするんか……」
金貨1枚に銀貨2枚という金額は、剣術科が日常の訓練で消耗する武具としては、決して安くはないが法外でもない、絶妙なラインだ。
だが、うちにとって自力ですぐに工面できるような金額ではない。
加えて、今のうちの剣術スタイルを考えると、木剣は2本必要になるため、金額は倍になる。
だからこそ、学園長が「親の承諾」や手続きの手順を口にしていたのだと、うちはようやく納得して小さく頷く。
「ティファ様が今回注文するなら、魔石入りの特注品になりそうですし……。金額は跳ねあがるかもしれませんね……」
エルザのもう1人の従者であるアメリアが、魔石入りの特殊仕様であることを踏まえ、さらに金額が跳ね上がるのではないかと会話に加わってくる。
「え、魔石入り?普通に形状を変えただけの普通の木剣にしようと思っちょったんじゃけど……」
「バカね。私はお兄様に敗れて退場したけど、後から聞いた話し。アナタ、この前の【2組決闘】でお兄様の【魔法防盾】と鍔迫り合いしたんでしょ?しかも、突破するために木剣にガンガン魔力を込めて……」
エルザの指摘を受け、うちはハッとする。
そういえば木剣を叩き折った、レオスも「【魔法防盾】との鍔迫り合いがピークだった」と言っていたのを思い出したのだ。
「でも、それでなんで、魔石入りにせんといかんのじゃ?」
使い古された木剣だから自身の魔力に耐えきれなかっただけで、新品且つ木剣の素材を変えれば普通のものでも問題ない――。
そう単純に思い込んでいたうちは、わざわざ値段の跳ね上がる魔石入りを選ばなければならない理由が分からず、小さく小首を傾げた。
「コイツ、本当にバカか……」
魔術知識・理論にそう明るくないドーラだったが、呆れ交じりに小さく溜息を吐き捨てる。
だがアメリアは、それを咎めるでもなく、静かに首を横に振った。
「いいえドーラ。ティファ様の思考は、これまで純粋な武術のみを極めてきた剣士としては極めて直線的で、ある意味でまっとうな疑問よ」
アメリアはそこで一度言葉を区切り、主であるエルザへと視線を送る。
――「このまま説明を続けてもよろしいでしょうか?」、という無言の問いかけに対し、エルザは小さく頷いて「続けなさい」と無言で許可を与えた。
「クラウス様との【魔法防盾】との鍔迫り合いで、木剣の耐久が限界を迎えたのは、ティファ様が無意識で凄まじい魔力を流し込んでいったからに他なりません。これは他の方の回答と私も同じです。ですが、ただの通常の木剣であれば、あの局面に至る前、レオス様と闘っている際に折れていたはずです。
ならばなぜ、あの【決闘】の間ずっと耐え抜けたのか――。あまり剣術科の扱う木剣には詳しくない私の私見にはなりますが、ティファ様がこれまで使っていた木剣は、もしかしたら極めて頑強な”鉄鋼樹”製だったからではないでしょうか」
ここまで話し、アメリアは視線をうちに向けてくるが、その理路整然とした長い説明に、うちの脳はキャパシティを超えかけ、まるで呪文を唱えられているかのようにフラフラと眩暈を覚える。
理解の限界を迎えているうちの様子を見て、周囲の友人達も「もう少し噛み砕いてやれ」という無言の視線をアメリアに送った。
それに気づいたアメリアは、ふっと息を抜くと、「確かに少し難しかったですね」と苦笑いを浮かべ、うちが直感的に理解できるよう顎に手を当てて思考を巡らせ始めた。
「えぇっと。要するに――。今回どの素材の木剣を選ぶにしても、無意識に膨大な魔力を漏れ出させてしまうティファ様の木剣は、魔石入りの特注品でなければすぐにバキバキと折れてしまい、結局はこの先も買い替えと注文を延々と繰り返すことになります」
アメリアは「これで伝わるかな」と、どこか不安げに周囲の様子を窺うように見渡した。
「よし!わかった!じゃあ、魔石入りの木剣を特注すればえぇんじゃな?」
うちはアメリアに視線を向け、意気揚々とその場に立ち上がると、心の中で最強の特注品木剣をイメージして胸を張る。
「で、でも……。魔石入りにすると……ね、値段はどこまで上がるんで、でしたっけ……」
と、シンシアの一言で、うちは金額という現実問題へ引き戻される。
「あ、私が使う木剣は堅牢樹っていう一般的な素材ね。鉄鋼樹は……2倍3倍くらいの価値があるんじゃない?」
エリノアが何気なく教えてくれた一般的な木剣の素材と比べ、鉄鋼樹がいかに高価な代物であったかを思い知り、うちの表情に焦りが浮かぶ。
「2~3倍……。うちってそんなものを折ってしまったん……?」
それを聞いたうちは、父や木剣を譲ってくれた教官への申し訳なさに、思わずぐっと顔を伏せる。
「あ、ちなみに魔石は”低級”でも金貨10枚はするから」
と、ドーラがとどめの一撃とばかりに容赦ないトドメを刺してくる。
つまり、鉄鋼樹の本体代に低級魔石の価格、さらに職人の特注工賃などを合わせれば、木剣1本あたり金貨14枚前後――。
それを聞いた瞬間、うちはアレクシスに全額負担してもらうことへの申し訳なさと引け目で、冷や汗が一気に吹き出すのだった。
「え、え、えっと……?その金額を聞かされたうちは……どうすればいい……?」
1本分金貨14枚、それを2本で合計金貨28枚――。
父の一か月の給金の大部分を軽々と吹き飛ばしてしまうような途方もない事実を突きつけられ、うちの声は無意識に裏返っていた。
「あと……。ティファ……追い詰めるわけじゃない……けど。爵家が使う……お金は……国民の税金……ね」
ヴィオラはまだ眠そうな目をこすりながらも、公爵家をはじめとする貴族たちが動かす金の本質――それが国民の税金で成り立っているという、逃げ場のない現実を静かに突きつけてくる。
ヴィオラのその言葉を聞き、先ほど学園長室で「やったぁ!うち遠慮はしませんからね!」と満面の笑みで答えてしまった自分の過去の言動を思い出し、うちの後悔と申し訳なさは完全に限界突破してしまうのだった。
「はぁ……。お爺様が全額負担すると仰ったならもうこの際、その言葉に甘え切りなさいよ。ヴィオラが言う通り貴族が運用するお金は税金だけど、お爺様がそこを考えずに言っていることとは思えないし」
エルザが、スープに手を付けながら、ウキウキしていた気分から一転して、金額問題に悩み始めていたうちに対して、甘え切れと後押しをしてきた。
「じゃ、じゃったら!本当に好き勝手に注文してくるぞ!えぇんじゃな!?」
エルザの背中押しを受け、うちが少し焦ったような、それでいてどこか開き直ったような勢いでそう言い返す。
「ええ、いいわよ。お爺様が本気で驚くくらいの最高の2本を注文してきなさい。その代わり、中途半端なものを頼んでまたすぐに折ったりしたら、今度こそ許さないんだから。『私の好敵手』に似合うくらいの逸品を用意しなさい!」
周囲には気心の知れた友人しかいなかったが、エルザが放った”好敵手”という真っ直ぐな宣言に、うちの胸のつかえがスッと軽くなっていく。
曇っていた迷いが綺麗に晴れ渡ったのを心地よく感じながら、うちは残りの昼食を一気に掻き込み、仲間達より一足先に食堂を後にした。
いつも稚拙な文章ですが、ブックマーク、いいね!よろしくお願いします。
更新頻度が遅いですが執筆の励みになっております。
誤字報告、感想もお待ちしております。




