〈第47話〉『薔薇抱く獅子』
クロフォード学園―――食堂
学園長室を後にしたうちは、足取り軽く食堂でミリア達と合流し、色鮮やかな料理が並ぶカウンターから好みの品をトレーに選んで載せていく。
「なんかティファ、すごくご機嫌だけど、何かあったの?」
いつもの友人メンバー、ミリア、エリノア、ヴィオラ、シンシアの4人に囲まれながら、鼻歌でも歌いそうな軽快な調子で昼食をよそっていると、ミリアが首を傾げながら尋ねてきた。
「さぁ?木剣が折れたって叫び声が聞こえて、その後、レオス先輩とどこかに行ってたみたいだけど……。そうよね、ヴィオラ?」
エリノアは眠たげな表情のまま、後ろに控えるヴィオラにこっそりと目配せをする。
「ん~……。そうだった……かも……」
今にも寝落ちしてしまいそうなヴィオラを、さらにその後ろにいるシンシアが倒れないよう支えていた。
「え!そっか、木剣折れちゃったんだ……。1本は子供のころから大事にしてたのに……。ん?でも、木剣が折れちゃったんならなんであんなにご機嫌なの?」
大事な剣が折れてなお、昼食を選び終わり笑顔を浮かべたまま、喫食席へと向かううちをミリアが怪訝そうな表情を浮かべて目で追ってくる。
「そうね……。じゃ、レオス先輩と一緒に行っていた所って、商・技術科の鍛冶部門かな?」
エリノアが自分の分とヴィオラの分のスープを注ぎながら、ミリアの問いに答える。
「そ、それはないんじゃないでしょうか……。商・技術科に発注をかける前には、お、お手紙で親御さんの資金出納の承諾が先にう、受けられないとダメです。て、ティファさんの出身はミリアさんと同じエスペリオですから、て、手紙のやり取りだけで4日くらいは掛かって、鍛冶部門に行っても門前払いにな、なるかと。ちょ、ちょっと、ヴィオラさん!た、倒れますよ!」
いつもの吃音気味の話し方で、倒れそうになっているヴィオラを慌てて支えながら、シンシアがエリノアの答えを否定した。
商・技術科と一括りにされてはいるが、科内は商業部門、鍛冶部門、調理部門、魔道具部門に分かれている。
「じゃあ、余計におかしいよね、あのテンション……」
シンシアの論理的な指摘に、ミリアが余計に首を傾げる。
「そういえば……、ティファの左手首……【測定の腕輪】……付けてた」
「え!嘘!気づかなかった!」
「舟漕いでる割には人の事よく見てるよねぇ……ヴィオラは」
もはや歩きながら寝ているヴィオラが「まぁ……ね……」と、どこか得意げにしたり顔でフッと鼻を鳴らす。
やがて、昼食を取り終わった4人が、うちが先に陣取っていたテーブルの周りへ腰を降ろしていく。
うちの右隣は幼馴染のミリアの指定席という暗黙の了解があるのか、正面にはエリノア、ヴィオラ、シンシアが並んで席に着いた。
「ティファ!手、見せて!」
席に着くなりミリアが、バッと目の前に手を突き出すよう要求してくる。
各々のトレーには香ばしいグラスランドチキンのロースト肉や豆のスープ、ハーブと野菜のサラダに焼き立てのパンなどバランスのいい昼食が並んでいるが、ミリアはそれどころではない様子だった。
「手?ほぃ」
「違う!右手じゃなくて左手!」
右手をミリアに突き出すと、ピシャリと叩かれ、理不尽に叩かれた気がしたうちは、不服そうにミリアを睨みつけながら改めて左手を差し出した。
「痛いのぅ……。左手が見たいなら、最初からそう言えや……。ほら!」
ミリア、エリノア、シンシアが興味深そうに、うちの左手、特に【測定の腕輪】が巻き付いた手首を凝
視してくる。
「ほんとだ。【測定の腕輪】付けてる」
「色は……き、黄緑……で、ですね」
「ねぇ、ティファ!これどうしたの!?」
3人の好奇心に満ちた視線が、左手首からうちの顔へとスッと移る。
「え?あぁいやぁ……学園長からもらった」
追及の視線に気まずさを覚え、うちはあさっての方へと顔を背ける。
3人は「学園長から!?」と、まさかの人物からの戴き物だと知り全く同じ声を揃えて驚愕する。
「ん?じゃあ、レオス先輩とどこか行ってたのって、学園長室?」
エリノアが細めた瞳でジッとこちらを見据え、核心を突いた問いを投げかけてくる。
「え、そうじゃけど……。教官とレオス先輩から何もなかったんか?」
オーガスト教官とうちを学園長室まで案内し、その後修練に復帰したレオスから何も説明はなかったのかと首を傾げる。
「しかもそれ……貴族仕様……だね……」
目を閉じたまま、千切ったパンにスープを吸わせ、器用に食事を進めていたヴィオラが、ポツリと言い落とす。
機能や測定結果そのものは一般用と何一つ変わらないというのに、魔力の補助すらもない、ただただ美麗な彫金細工だけが施された特製品、それが学園長直々にもらった【測定の腕輪】だった。
「え!?あぁ!ほんとだ!貴族仕様の【測定の腕輪】だ!」
ヴィオラの指摘を聞くなり、ミリアが「どれどれ!」とばかりにうちの左手を強引に自分のほうへ引き寄せ、まじまじと見つめる。
「いたたたっ!痛いわバカ!」
乱暴に引っ張られ、うちは反射的にミリアの後頭部を引っ叩く。
「相変わらずうるさいわね……。隣のテーブルお邪魔するわよ」
いつの間にか近くへ歩み寄っていたエルザ一行が、いつも騒がしいうち達を冷めた顔で見ながら、そのまま自然に隣の席へと陣取ってくる。
エルザはうちの左隣へ、その対面に従者のドーラが座り、うちと4人の友人に律儀にも一例をしてアメリアがドーラの隣へ腰を降ろす。
隣に座ったエルザへと顔を向け、うちは呆れたような、それでいてどこか心配そうな言葉を投げかけた。
「よぉ、遅かったのぅ。昼食くらい時間通りに修練切り上げればえぇのに……」
先日の【2組決闘】後も相変わらず修練に時間を割いている彼女を気遣い、自然と口をついて出る。
「修練はあなた達剣術科と同じ時間に終わってるわよ。ただ、教官と話してて遅れただけよ。私もこれでも魔術科Aクラスの首席だからね」
そう言いながらも、うちからの気遣いの言葉がどこか嬉しかったのか、エルザはわずかに頬を緩め、ふんと澄まし顔を作ってみせる。
「あ、エルザ、エルザ!この事って学園長から何か聞いてる?」
うちと同じく平民のミリアがさらりと公爵令嬢を呼び捨てにしているが、うちとエルザの1対1の個人【決闘】、先日の【2組決闘】を経て、いつの間にかグループ内の仲が深まっており、今ではそれが日常茶飯事と化しているため、ここで咎める者は誰もいなかった。
「いたたたっ!手首を捻るなぁ!」
学園長から【測定の腕輪】を贈与された件についてエルザに追及しようと、ミリアが強引にうちの左手首を捻じり、エルザの方へと突き出す。
「?何のこと?っ!【測定の腕輪】!?なんでティファが!?」
「いたああぁぁいっ!千切れるわ!」
右隣のミリアに捻じり上げられたまま、左隣のエルザがうちの左手首をさらに自分のほうへと引き寄せ、そこに巻かれた【測定の腕輪】を食い入るように凝視する。
うちの悲鳴がエルザとミリアの間で響く中、舟を漕いでいるヴィオラを除いて、残りの面々は呆れながら、そのやり取りを食事を進めつつ見つめていた。
「ていうかさ、いまいち状況が読めないからさ、ティファニアはそこの経緯をちゃんと説明しろよ……」
ドーラが食事の手を止め、頬杖をつきながら、午前中に何があったのかと説明を求める。
「ま、まぁそれはそうじゃのぅ。ちゃんと話すけぇ手を放せ!」
エルザに引き寄せられた左手を勢い良く振り払い、これまでわざと含みを持たせて楽しんでいた自分も少し反省し、うちは午前中に起きた出来事を最初から最後まで順に語り始めた。
「学園長が一生徒を個人的に呼び出すとは思いもよらないですね」
学園長であり前々クロフォード家当主である、アレクシスが個人を呼び出し【測定の腕輪】を与えたことにアメリアが驚く。
「ちなみ……に、ティファの【測定の腕輪】に……彫刻されて……るのは、『”薔薇抱く獅子”』……。赤の公爵家の……家紋……。宝珠の判定色は……違うけど……エルザと同じモノ……」
ヴィオラの鋭い言及に、うちは自身の左手首と、すぐ隣に座るエルザの左手首を思わず見比べる。
「あれ、ほんとじゃ。うちとエルザの【測定の腕輪】の装飾が同じじゃ……」
うちのその言葉に、エルザはうちの左手から手を放し、わずかに眉を寄せながら何かを思案し始める。
公爵家が血縁者以外の個人に家紋入りの贈り物を許すということは、すなわちその”者の事を認める”あるいは”親愛の証”という意味合いがある。
クロフォード家の前々当主としての祖父の気まぐれにしては深すぎる意味を考え、エルザはどこか困惑を滲ませながら目を伏せるのだった。
だが、自分自身が好敵手と認め、身分の垣根なく心から打ち解け合えたうちに対し、祖父アレクシスが自分と同じ【測定の腕輪】を同じ気持ちで贈ったのだと気づいた瞬間、エルザの硬かった表情はふっと和らぐと同時に、あの日自分の生き方を優しく説いてくれた母イリーナを思い出し小さな笑みがこぼれるのだった。
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