〈第46話〉『新しい木剣の発注』
クロフォード学園―――学園長室・室内
(剣術科としては……やはりこの程度の魔力、か?では、やはり【魔法防盾】との鍔迫り合いの際に溢れ出ていた虹色の魔力はクラウスのものか?いや、しかし……)
ティファの装着した腕輪が示す色を静かに見つめながら、アレクシスは腕を組み、深く思案していく。
「学園長……?」
自分の魔力測定の色の結果を見てから、思案に耽るアレクシスを見て、何か問題でもあったのかと、不安そうな面持ちでティファは首を傾げた。
その声にハッと意識を切り替えたアレクシスは、表情を和らげふっと穏やかな笑みを浮かべる。
「いや、なに……。君のこれまでの戦いぶりや、先日の【決闘】で見せた見事な剣閃を思い返していただけさ。Cクラスの中堅という測定結果自体は妥当だが、どうにも君の秘めた実力とは少し乖離があるように感じられてね」
「えっ……? その、うちの実力なんて……そんな大層なものじゃないですよ!?」
アレクシスの予想外すぎる賛辞に、ティファは慌てて両手をブンブンと激しく横に振って否定した。
「謙遜しなくてもいい。魔術が剣術を上回る世界において、君のように独自の剣技で格上の相手を翻弄する者は貴重だ。特に、魔術師にとっても高等魔戦技とされる【属性付加】を剣術科が使ったことも、学園長として少し気になってね。あぁ、あと、そういえばなんだが……」
そう言いながらアレクシスはティファの頭髪に目を向ける。
ティファは顔ではなく髪を見られていると察したティファは、(寝癖でもついちょったか……?)と、手櫛で髪を数度触って整える。
「これはちょっと小耳に挟んだことなんだが、君の髪色は幼少期とは違うらしいね」
突然の指摘に、「え?」とティファは絶句して動きを止める。
「なんで、学園長がうちの昔の髪色の事を知っちょるんですか?」
ティファは気にはしてない表情をし、小首を傾げてアレクシスに問いかける。
「すまない。小耳に挟んだ、というのは少々嘘でね。君の学園入学前の事をちょっと調べてもらったら昔とは髪色が違うという報告が目についてね」
彼女の知らないところで、こそこそと身辺調査をさせていたことに対し、アレクシスは申し訳なさそうな表情をしていた。
「ん~一応、黒くなり始めたころにお医者さんにも診てはもらったんですが、”成長途中の何らかの変化”ちゅうのが診断結果でしたねぇ。その頃は医者にもわからん変な病気に罹ってる!って陰で言われてしばらく肩身の狭い思いしましたねぇ……」
ティファはふと遠い目をして、どこか懐かしむように小さく息をつく。
「ふむ、ちなみに変わり始める前に何かしらの切っ掛けになることとかはなかったのかな?例えば”何かの事件”があったとか巻き込まれたとか……」
医者の診断結果は成長過程での変化ということだが、アレクシスはそれとは別にあるのではと思い質問を重ねる。
「え~、変わり始めた切っ掛け……ですか……」
この時のティファはもうアレクシスと部屋の空気感から緊張を感じなくなっており、段々と受け答えがフランクになっていっていた。
「あ、そういえば。黒くなりかける前に竜車に轢かれそうになっちょった友人を咄嗟に魔力を使って助けたことがありましたね。そっか、今思えばあれが【韋駄天】の原型か……」
アレクシスの質問によって、ティファの徐々に幼少期の記憶が掘り起こされ、最後は独り言のような一言を呟く。
「その事件は噂で私も知っているよ。そうか、君はあの事件の当事者だったか……」
アレクシスはどこか意味深な笑みを浮かべ、それ以上は深く詮索しようとはしなかった。
その後は他愛ない学園生活の話をティファとアレクシスは続けた。
「結構話し込んでしまったな、そろそろ昼食時だお喋りはこのくらいにしておくか」
窓から差し込む陽が既に高くなっていることに気付いたアレクシスが、話を切り上げようとする。
「昼からも修練だろう?老人の長話に付き合わせてすまなかったな」
「あ、はい。それじゃうちはこれで!」
懐かしい昔話と学園生活の話をして、【測定の腕輪】を外そうと留め具に手をかける。
「あぁ、それは君が持っていて構わないよ。剣術科が持っていてはいけないということはないからね」
(それに、その【測定の腕輪】の色の変化をアルドリットに観察しておいてもらわねばならんからな……)
表向きでは穏やかな表情をティファに向けるアレクシスだったが、心情では今後の【測定の腕輪】の色の変化を観察・監視するものなのかもしれない。
「あ、学園長……。この学園での『新しい木剣の発注』ってどうしたら……」
数時間の会話ですっかり緊張が解けたティファが、まるで世間話の延長のような軽い調子で、去ろうと扉を開けかけた瞬間アレクシスに問いかける。
「それは先ず親に手紙を送った方がいいかもしれないね。親御さんからの出納の承諾が出来たら商・技術科に発注。既定の木剣だったら2日くらいでできるだろうが。特殊なものに関しては最大7日はかかるか?我が学園の商・技術科もボランティアをやらせているわけではないからね」
アレクシスの返答を聞いたティファは「そうですか……」とガクリと肩を落とし、両親宛に事の顛末を記した手紙を出さなければならない憂鬱さに、小さくため息をついた。
「だが、一体なぜそんな質問を?」
すでに扉のノブに手をかけ落ち込むティファを見て質問の事情を問う。
「実は、手空きの時間にレオスせ……じゃないエリオット先輩と手合わせをしていた時に2本の木剣を折ってしまいまして……」
「ふむ、そうか……。それで先程の質問か……」
(確かに、【2組決闘】で、魔石も埋め込まれていない普通の木剣が、加減のない魔力を注ぎ込まれれば、耐久力を超えて折れてはしまうか……)
唐突なティファの質問の意図を理解したアレクシスは手を顎に添え何やら思考し始める。
「いいだろう。時間があるのなら昼食後にでも、商・技術科に顔を出して新しい木剣の発注をすればいい。費用は我がクロフォード家で持とう」
アレクシスの費用負担の申し出にティファは驚きの表情を浮かべ、開けかけた扉からアレクシスに詰め寄る。
「本当ですか!?本当にいいんですか!?」
両親への手紙をスキップできる嬉しさからか、学園長から自分への贈り物と勘違いしているのか、ティファは嬉々とした表情を浮かべている。
「あ、あぁ、構わない。自分の好きな素材・形状で注文すればいい。期間がどれくらいかかるかは商・技術科にかかっているが……」
貴族の身分などお構いなしといった様子で無邪気に喜ぶ平民の少女であるティファの目を輝かせる姿を初めて目の当たりにしたアレクシスはたじたじになってしまう。
「一応言っておくが、これは私から君への感謝の印だ。我が孫達を変えてくれた君への……な」
自分の申し出にここまで無邪気に喜ばれるとは思っていなかったアレクシスは年甲斐もなく照れてしまう。
だが、彼女に向ける感謝の思いに嘘はない。
ティファの真っ直ぐな平民らしい生き様こそが、クロフォード家の呪縛、引いては古い考えに縛られる貴族思想を心地よく打ち壊してくれたのだから。
「やったぁ!うち遠慮はしませんからね!」
「待て!費用は全額持つが、学園の規定に反するものは発注するなよ!?ミスリル銀の模擬剣など言語道断だぞ!?」
アレクシスの好意を逆手に高価な鉱石であるミスリル銀を使用した、学園規定に反する発注はしないよう慌てて釘を刺す。
「ミスリル銀?よくわかりませんけど、ご飯食べたら早速新しい木剣を注文してきます!!」
嬉々として学園長室の重厚な扉を開け放ち、ティファはスキップでも踏みそうな勢いで飛び出していく。
「全く……。現金な子だな……」
アレクシスはティファが飛び出していった扉をしばらく見つめ、小さく、しかしどこか心からの笑みをこぼすのだった。
「さて……」
(今回の【決闘】を観戦したのは、私や教官達、生徒だけではない。4公爵も、虹色の魔力とアッシュフィールド君の銀髪への変化を確かに目撃している……。この先、オスニエル――。奴が彼女に関心を強め、間近に迫る剣闘大会で何も仕掛けてこなければいいが……)
虹色の魔力がティファとクラウスのどちらのものだったかは、あの瞬間の判断では難しい。
だが、ティファの髪色が伝承の剣聖と同じ色に変化したことだけは、あの会場に居た者全員が目撃していた。
迫る剣闘大会を前に、アレクシスの胸中には言い知れぬ懸念と予感が暗い影を落とし、彼は静かに目を伏せるのだった。
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