〈第45話〉『【測定の腕輪】』
クロフォード学園―――学園長室前
「ここ……ねぇ」
しんと静まり返った廊下で、うちは学園長室の重厚な扉を見上げて小さく息を吐く。
普段なら絶対に近寄ることすらない、格式高すぎるその圧倒的な存在感を前に、ピリッとした空気感に自然と背筋が伸び、喉の奥が少しだけ乾いた気がした。
乾いた喉を潤すように小さく唾を飲み込み、うちは覚悟を決めてその硬質な扉を軽く叩いた。
コンッ、コンッ――
「どうぞ。開いているから入ってきてくれ」
緊張を断ち切るように響いたのは、扉越しに返ってきたこの部屋の主、アレクシス・クロフォードの落ち着いた声だった。
その言葉に促されるよう、うちはそっと重い扉に手を掛ける。
「し、失礼しま~す……」
ギィ、と静かな廊下にわずかに軋む音を響かせて開いた隙間から、恐る恐る猫背気味に身を縮こまらせ、顔を覗かせ遠慮がちに声を漏らした。
扉の隙間から滑り込むようにして室内に足を踏み入れた途端、外とは異なる重々しい空気に、うちは思わず息を呑む。
そうして部屋の奥に視線を向けた瞬間、待っていた人物の姿を捉えて、うちは小さく肩を跳ねさせた。
「やぁ、待っていたよ。遠慮せずそっちの方に座ってくれ」
アレクシスの穏やかな歓迎の言葉に、うちは「し、失礼します……」と小さく返事をし、促されるまま学園長の執務机の前にある来客用ソファの一席へと進む。
高級な気品が漂うその場所に恐縮しながら、おずおずと浅く腰掛けた。
「そんなに硬くならなくていい。ただ君と話をしてみたいだけだ。ティファニア・アッシュフィールド君」
アレクシスは柔らかに微笑むと、手元にあった書類からふっと視線を外し、こちらへと向き直る。
そして、執務机から立ち上がると、ローテーブルを挟んだうちの対面のソファへと腰掛けた。
学園長室の空気感から背もたれにもたれることなんてとてもできず、膝の上でキュッと両手を握りしめる。
そんな緊張しきったうちの様子を、アレクシスは含みのある笑みを湛えたまま、それでいてどこか面白がるような、射抜くような視線で静かに見つめていた。
「あ、あのぅ……。呼ばれた理由って……なんなんでしょう?」
(うち……もしかして怒られる!?レオス先輩がここに来るまでに言っちょった通り、学園長直々にうちに追放宣言される!?)
お先真っ暗な未来を想像してしまい、焦りと冷や汗が止まらぬまま、うちの視界はぐるぐると回り、頭の中ではすでに荷物をまとめて学園から追い出される自分の姿が盛大に駆け巡っていた。
クロフォード学園―――学園長室までの廊下(十数分前)
うちはレオスと肩を並べ学園長室までの廊下を歩いていた。
「たくっ、なんで学園長室の場所知らねぇんだよ……」
レオスの呆れ混じりの溜息が、静かな廊下に小さく木霊した。
「だって、普段行く場所でもないじゃないですか……。ていうか、何度か引き返してた気もしますが……もしかして方向音痴……」
うちの指摘にレオスが一瞬肩を震わせる。
「……ば、バカ言ってんじゃねぇよ!あ、あれだ、学園長に呼ばれたお前の緊張をほぐそうという先輩心が働いてな!」
誤魔化すように、レオスは苦し紛れの言い訳と変な先輩風を必死に吹かせてくるのだった。
うちは「ふ~ん……」と冷めた表情でレオスを見据える。
「それにしても……。学園長に呼び出されるって、うち何かしましたっけ……?」
アレクシスに呼び出される心当たりのないうちは、歩きながらその理由を呑気に小首を傾げて考える。
「あれじゃね?実は怒らせるようなことしてたとか。それともクラウスは追放一時保留にしてたけど、学園長はそれに納得してなくて直々にお前に追放処分を言い渡すとか」
「えっ……」
レオスの冗談だったかもしれないが、心のどこかで(それもあり得るのか!?)と思った瞬間、うちの足がピタリと止まる。
(お?これは……)
足を止め、一歩遅れたうちの反応を見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「なんだよ!やっぱりお前追放かよ!残念だなぁ~!」
先程の「緊張をほぐそうという先輩心が働いてな!」というセリフはどこへやら。
方向音痴を指摘されたことのやり返しとばかりに、レオスが天を仰ぎ顔を覆い隠すクサい芝居と意地悪い煽り言葉をうちへと浴びせてくるのだった。
「え、え……?やっぱり追放ってそんなことあり……?」
本気で顔を青ざめさせるうちを尻目に、レオスは笑いを耐え楽しそうにしていた。
「おいおい。ティファ!なんだかんだ言いながらも、もう目の前が学園長室だぜ!」
「っ!!」
重厚な扉へあと数歩というところで、後退りしようとするが、レオスがそれを許さずうちの背中を押し阻止してくる。
レオスの力には到底勝てないうちは後退りを諦める。
「まぁ、俺の案内はここまでだ……。今度こそサヨナラの握手でもしとくか?」
レオスが【2組決闘】の開始前にしてきた同じ煽りをここでもやってきた。
動揺しすぎていたうちは、あの時は跳ねのけた手をこの時は無意識に取ってしまっていた。
その動揺と緊張感漂ううちの行動に、レオスの含み笑いが止まらない。
「じゃ、じゃあな、ティファ……。せいぜい、プッ、くっくっく。が、頑張れよ……」
笑いをこらえきれず、肩を震わすレオスがうちの肩をポン!ポン!と叩き去っていく。
そうして、うちはたった一人、学園長の待つ重厚な扉の前に取り残されてしまうのだった。
クロフォード学園―――学園長室・室内
「あ、あのぅ……。学園長……?」
「ん?あぁ。すまない。君をここに呼んだ理由はちょっと話をしたくてね」
学園長から告げられた「話」という重みのある2文字に、うちの肩が一瞬ビクッ!と激しく跳ね上がりいよいよ判決が下されるのだと、心臓の音がうるさいほどに早鐘を打つ。
「時に……」
「あの!うちってやっぱり追放処分になるんでしょうか!?」
アレクシスが話を切り出そうとした瞬間、この張り詰めた空気感に耐え切れなくなったうちは、ソファから立ち上がり身を乗り出して、食い気味にそう叫んでしまうのだった。
「ん?追放?追放は一時保留にしたとクラウスには聞いているが、君には伝わってないのかね?」
拍子抜けするほどあっさりとした学園長の言葉に、張り詰めていた糸がプツリと切れたうちは「えっ……?」と間抜けな声を漏らしたまま、ポカンと大きく口を開けた。
「じゃ、じゃあ話ってその事じゃ……ない?」
うわずった声を漏らし、うちはアレクシスに聞き返す。
「あぁ、もちろん。そもそも勝利条件の行使・変更は勝利者側の絶対権利であるという規定があるからね。その条件は学園長である私であっても口出しはできないよ」
うちはアレクシスの言葉を聞き、安堵から脱力しソファに思いっきり腰掛ける。
「はああぁぁ……。よかったぁ……」
気が抜け肩の力も抜けたうちを見て、アレクシスはクスリッと小さく笑みをこぼした。
「どうしたね?ここへ来るまでに”誰か”に妙なことを吹き込まれていたかい?」
その優雅でありながら核心を突くような問いに、うちはさっきまでの脱力した様子から一転、学園長の前だったと思い出し、慌ててスッと背筋を伸ばし直す。
「す、すいません!ちょっと緊張感が切れて……」
慌てて頭を下げるうちに、アレクシスは柔らかい笑みを深めるのだった。
「それじゃ、君の勘違いが払拭されたところで本題に入ろうか」
アレクシスはそう切り出し、右のポケットから上質な布に包まれたモノを取り出し、ローテブルの上に置き、そっとうちの方へ滑らせるように寄せてくる。
「これ……は?」
「手に取って開けてみてもらえるかな」
警戒心よりも好奇心と戸惑いを浮かべるうちに対して、アレクシスはどこか含みのある笑みを浮かべながら包みを開けるよう促してきた。
「あれ、これって『【測定の腕輪】』?」
うちの反応を見たアレクシスが笑みを深める。
それは装着した者の魔力を”色”で判別できる腕輪だったが、その腕輪の宝珠は透明だった。
「そう、魔術科の魔力測定に使われ着用を義務付けている【測定の腕輪】だ。ちょっと付けてみてくれるかな?」
うちは「はぁ」とアレクシスの意図が分からず、言われるがまま【測定の腕輪】を手に取り、左手首に装着する。
ひんやりとした金属の感触と共に、肌に馴染むようにカチリと留め具が嵌まった。
その瞬間腕輪の宝珠が光り、うちの魔力の色を示し始めた。
「黄緑……色?」
その色は完全な緑色ではなく、黄色味の強い色だった。
「ふむ、Cクラスの中堅当たりの魔力か」
アレクシスは腕輪から放たれる色を確認すると、どこか思案げな表情を浮かべる。
「あの、この色って……」
自分の魔力量がCクラスと判定されたことに、うちは少し首を傾げアレクシスの顔色を窺う。
特段高すぎもせず、どちらかというと今期入学者の中では低い部類に入りそうなものだが、学園長がわざわざ呼び出してでも、この腕輪で魔力を測らせるほどのことだったのだろうかという疑問が湧いた。
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