〈第44話〉『折れた木剣』
バートレット領―――国政会議から数日後
薄暗い執務室の中で、オスニエルは荒々しくペンを走らせていた。
誰かへ宛てた親書か、あるいはどこかへ送る機密の書類か。
どちらにせよ、そこに込められているのは煮詰まった焦燥と、喉元まで出かかった怒りを無理やり押し殺すような歪んだ熱量だ。
「っ……くそおおおっ!」
限界に達したようにペンを投げ捨て、オスニエルは書き殴った紙を力任せに引き裂く勢いで丸め、ぐしゃぐしゃと握り潰した。
カサリと、丸められた紙が床を転がる。
その耳障りな音を断ち切るように、ガチャリ、と無遠慮に扉が開いた。
「おぉ、おぉ。荒れてるねぇ、何かあったのかよ親父よぉ」
室内に響く苛立ちを面白がるかのように、肩をすくめながらデューク・バートレットが、そこに立っていた。
「うるさい!国政に関心も持たぬお前には関係ない!そかから入ってくるならノックの一つでもしたらどうだ!」
部屋の扉を開け放ち、閉まらぬよう背中で体重を預けているデュークを、オスニエルは険しい眼光で睨みつける。
「コンッコンッ。お父様どうされましたぁ?もしかしてお具合でも悪いのですかぁ。なんて言って入ってくるようなタマじゃねぇんだよ」
芝居がかった仕草で扉を2回叩くふりをして、デュークが嘲るよう笑う。
デュークがその場から離れると静かに扉が閉まる。
「会議前は偉くご機嫌だったのに帰ってきて見たらこれだ……。もしかして、会議の場でクラウスに……、クラウス・クロフォードに煮え湯でも飲まされたか?」
どこか呆れたような、それでいて探るような視線を向けながら、デュークは父オスニエルを挑発するような態度を取る。
「っ!!」
その言葉に逆鱗を触れられたかのように、オスニエルは怒りのままに拳を握り締め、デュークへと突き出す。
しかし、それはあっさりと受け止められてしまった。
「おいおい。歳を考えろよ。俺がアンタの拳を容易く受けると思ったかよ、バカ親父が」
受け止めたオスニエルの手を捩じ上げ、デュークがさらに言葉を重ねる。
「公式の場でクラウスを追い詰められず、完敗の返り討ち。画策していた”優秀な生徒”の引き抜きもできなかった口だけの情けない奴がよぉ!」
「デュークっ!!」
捩じ上げられている手に苦痛の表情を浮かべ息子を睨みつける。
「でもなぁ、親父。今年は剣闘大会もある……。そこで俺がアンタに代わって汚名を返上し、名誉を回復し、思惑を果たしてやるよ!」
冷ややかな眼差しを向けたまま、デュークは苦痛にゆがむオスニエルの耳元に顔を寄せ、低くそう囁いた。
王立クロフォード学園―――修練場
【2組決闘】を終え、うち、ティファニア・アッシュフィールドと、エルザ・クロフォードの追放が一時保留になり、学園への残留が決まり【決闘】での傷が癒え修練に復帰した頃からレオスの出向も再開された。
「【紫電】【韋駄天】【迅】!【高速一刀】【疾風】!!」
うちは【雷属性】と【属性付加】で【風属性】を掛け合わせた、【韋駄天】【迅】からの高速居合の【疾風】を剣を構え迎え撃つ態勢を取るレオスに放つ。
(っ!)
だが、日本刀のように反りの無く峰を持たない両刃の剣は鞘走りが悪く、やはり居合には不向きだ。
強引に引き抜く際の抵抗感に、うちは一瞬だけ自分でも気づかない程の渋い顔を歪ませた。
「ぬおらあああぁぁぁっ!!」
レオスが渾身の力を込めて木剣を振りぬく前に、うちは一瞬でその懐に潜り込み、レオスの首元に右の木剣をピタリと当てがう。
「だああああぁぁぁ!!また捉えきれなかったぁ!」
レオスはガックリと両膝をつき、自分の首元に添えられた木剣を悔しそうに睨みつける。
「ふふんっ!またうちの勝ちですよレオス先輩」
うちは勝ち誇ったように首元の剣を引き両手を腰に当て胸を張る。
「でもなんで、【高速一刀】【疾風】を求めてくるんです?今日でもう4回目ですよ?」
うちは右手の木剣を地面に突き立て、【高速一刀】【疾風】に拘るのかレオスに問いかける。
「唯一お前の技に敗れたのはそれなんだ!攻略しようと思うのは当たり前だろうが!」
余程悔しかったのか両膝を付いたまま、左手で地面を思い切り叩く。
その子供じみた仕草にうちは(子供か……)と呆れ気味にため息をつき、ハッとあることを思い出した。
「そういえばレオス先輩」
「んだよ!」
レオスが若干不貞腐れた顔をうちに向けてくる。
「ありがとうございました」
突然の謝意を述べるうちに対し、レオスがキョトンと目を丸くした。
「おいおい。何の礼だ?何の」
レオスは両膝をついた姿勢からごそごそと体勢を変え、その場に胡坐をかくと、片手で頬杖をついてうちを見上げた。
「レオス先輩が【決闘】に助け舟を出してくれたおかげで【決闘】規定に則って【2組決闘】でクラウス先輩も受けてくれました。そのお礼です」
それを聞いたレオスは首を傾げる。
「助け舟……ねぇ。俺そんなつもりなかったけど」
「はぁ?」
まさかの返答に、うちは開いた口がしばらく塞がらなかった。
「よくよく考えろよ。俺もお前と【決闘】したかったんだ。だったらわざわざ日付分けて【決闘】することなくないか?だったらいっそのこと【2組決闘】をした方が手っ取り早いだろって」
レオスが胸を張って【2組決闘】を提案した真意を話す。
「……」
あまりの脳筋的かつ打算のない動機にうちは完全に言葉を失う。
「おい。さっきのうちの謝意を返せ」
「おい!先輩に対しての言葉遣いじゃねぇだろ!」
レオスの目の前に平手を差し出し謝意の返還を求めるうちに、レオスはその手をパシッと弾き返す。
「ま、あの堅物クラウスが条件変更をしたのには驚きだったけどな」
立ち上がろうとするレオスへ、先程とは意味の違う手を差し出す。
レオスはその手を取り、「サンキュ」と短く返しながら立ち上がると、尻についた砂を手でパッパと払い落とした。
「でも、変更理由は健闘賞って言っちょりましたよ」
先日本人から聞いたことをそのままレオスに伝える。
「バーカ。アイツの言葉を素直に受け取んなよ。強がりか照れ隠しに決まってんだろ」
(初めて追い詰めてきたお前に対しての……な)
レオスは表向きでクラウスの言葉をそのままの意味で受け取るなと忠告し、心の中で条件を変更したクラウスの真意を付き合いの長いレオスは思い浮かべる。
「強がり……、照れ隠し……ですか」
うちは顎に手を添えあの時のクラウスの姿を思い出して考え込む
「それより、教官が戻ってくるまでまだ時間あるんだろ?もうちょっと撃ち合うぞ!」
そう言われ、うちは苦笑しつつも再び両手の木剣を構え直す。
こうし2二人は、所用で遅れているオーガスト教官が戻ってくるまでの間、時間いっぱいまで打ち合いを続けることにしたのだった。
数分後―――
「そういえば、先輩ってなんで通常の修練の時は普通の木剣を使うんです?普段からあっちの木剣を使っちょらんのによくあれだけのものを振り回せますね……」
うちは、【2組決闘】で使用した身の丈ほどもある巨大な木剣ではなく、普通の木剣で修練をこなすレオスに対して素朴な疑問を口にする。
「お前の知らねぇとこで俺だってあの木剣で素振り位してるんだよ。それに、よく考えろ。あんなもんを毎回担いでる奴が学園の廊下歩いててみろ。ただの不審者だろうが」
うちは、巨大な木剣を肩に担いだまま澄まし顔と嬉々とした表情で学園内を闊歩するレオスの姿を頭の中で想像し、思わず遠い目を向けるのだった。
(まぁ確かに……言われた通り……か?)
さらにその情景に笑顔のスキップでも加わろうものならと、うちの背中に怖気が走った。
「隙ありっ!!」
「おわっとと!」
うちは咄嗟にレオスの縦の大振りを、両手の木剣の腹で受け止める。
だがその瞬間――。
バキッ!!
乾いた音を立てて、うちの木剣2本が真ん中あたりから無惨に折れてしまう。
「え?」
「ん?」
不意に訪れた状況が呑み込めないうちとレオスは、間抜けな声を漏らす。
「あ……」
「あぁ?」
うちは遅れて状況を把握し、レオスも今起こったことに「やっちゃったか?」という表情を浮かべた。
「ああああぁぁぁぁ!!」
うちは修練場に響かんばかりの絶叫を発し、その場にしゃがみ込み、『折れた木剣』の刀身を大事そうに拾い上げ目尻に涙を浮かべる。
「おぉ、その木剣ヒビが入ってたんだなぁ。そりゃ折れるわ」
レオスは自分が盛大にやらかしたという自覚を持ちつつも、気まずさから全力で現実逃避の言い訳を口走るのだった。
「なんちゅうことしてくれたんですかぁ!!」
うちはレオスの顔をキッと睨みつけ、その迫力にレオスは思わずたじたじと後退る。
「何を騒いでいる」
所用で遅れてきたオーガストが騒いでいるうちとレオスに近づいてくる。
「教官!先輩に!レオス先輩に木剣を折られました!」
子供じみた告げ口をするうちを見て、レオスは呆れたようなため息をつく。
「入学前から使ってきた木剣と、教官から頂いた木剣だったのに……。どうしてくれるんですか!」
どれだけその2本の木剣が大事だったか涙ながらにレオスへ訴える。
「おいおい!確かに止め刺しちまったのは俺かもしれないが、その木剣が限界迎えてたのはお前のせいだろ!?」
いつまでも一方的に悪者扱いされ続けるレオスは、形勢を逆転しようと必死に反論の声を張り上げるのだった。
「まぁ、レオスの言う通り、アッシュフィールドの剣の扱いが悪かったな。特に【決闘】においての……」
まさかのレオス用語の言葉を聞き、うちはオーガストを見上げる。
「うちの扱い……ですか?」
うちは涙ぐみながらオーガストに聞き返す。
「俺が【2組決闘】後、武舞台でクラウスから受け取ったお前の木剣にはもう致命的なヒビ割れが生じていた。お前は頭に血が上り過ぎて気づいてなかったかもしれんが……、レオスお前にはわかるか?」
突然オーガストから話を振られ、レオスは腕を組むと、折れた木剣の断面を鋭い眼光で見据えた。
「魔石も埋め込まれてない普通の木剣に、ガンガン魔力を注ぎ込み過ぎたのが原因でしょ?特にクラウスの【魔法防盾】との鍔迫り合いが結構なピークだったんじゃないですか?」
レオスの的確な分析に、オーガストはフッと鼻を鳴らし、無言で深く頷いて肯定するのだった。
「そ、そんなぁ……」
自分の無茶な魔力使用が原因だったと突き付けられ、驚愕しながら手元に拾い上げた折れた木剣に視線を落とす。
「ふぅ、まぁ、その状態では今日の修練もできまい。ちょうどよかったと言えばちょうどよかった」
オーガストの意味深な言葉に、うちとレオスは揃って怪訝そうに首を傾げるのだった。
「アッシュフィールド。今日の修練はもういい。学園長が用があると仰っていた、今から学園長室に行け」
「はぇ……?」
まさかの人物からのお呼び出しがされていると聞かされ、うちは素っ頓狂な声を出す。
いつも稚拙な文章にブックマーク、いいね!ありがとうございます。
更新頻度が遅いですが執筆の励みになっております。
誤字報告、感想もお待ちしております。




