〈第43話〉『オスニエルの思惑』
ラングリッサ王国―――王城・国政会議室
贅を凝らした長テーブルには、7領の公爵が補佐官を1人ずつ控えさせ、計14人の重鎮達が静かに席を埋めていた。
その席には、先日苛烈な【2組決闘】を終え、7領の中で最も若く、現在も学園に通う赤の公爵であるクラウス・クロフォードの姿もあった。
「それでは各領の方々のお集りを確認いたしましたので、国政会議を定例通り開催いたします」
国政会議の議長を務める、ドウェイン・オルグレンが公爵達に一礼し、厳かに会議の幕を開けた。
「開催の前に一つよろしいですか議長」
紫の公爵・オスニエル・バートレットが静かに挙手をし、場を牽制するかのように発言の許可を求めた。
「なんでしょう。バートレット公」
議長であるドウェインは、落ち着いた声音でオスニエルの発言を促した。
「まずは、クロフォード公先日の【2組決闘】お疲れさまでした」
発言を許可されたオスニエルが浮かべたのは、穏やかでありながらどこか毒を含んだ笑みだった。
冷ややかな慰労の言葉が、真っ直ぐクラウスへと投げかけられる。
「慰労のお言葉痛み入ります。バートレット公」
クラウスは微塵も動じることなく、涼やかな声音でオスニエルへ一礼してその皮肉を受け流した。
「聞けば、先日の【決闘】でご自身が掲げた”勝利条件”を変更されたとか……」
言い放つオスニエルの双眸には、詰問の色が冷たく宿っていた。
(やはり、そこを突いてくるか……)
内心で舌打ちしつつも、クラウスは微塵も表情を崩さず、静かに相手の出方を見据える。
「これが平民同士の【決闘】ならいざ知らず、先日行われたのは平民一人絡んだ爵家の【決闘】。それを一度掲げた”勝利条件”を最後になって覆すのは、公爵家のプライドとしていかがなものなのでしょう……?」
「……」
正論じみた痛烈な追及に、クラウスはすぐさま言葉を返すことができず、鋭く睨み返すような視線を返すのがやっとだった。
そして、返す言葉が見当たらないクラウスの沈黙を、オスニエルは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「オスニエル!そのことと今回の議題は方向性が違うぞ!」
橙の公爵・コンラッド・エヴァーレスが激昂しながら卓を叩かんばかりの勢いで立ち上がる。
それは親友の孫であるクラウスを露骨に貶めようとするオスニエルへの怒りか、あるいは会議の時間を私怨で潰されていることへの怒りか、その双眸には険しい光が宿っていた。
「今発言し、答えを求めているのは私だ。少し黙っていただこうか」
オスニエルはコンラッドへ見向きもせず冷たく言い返す。
「この一分一秒の言い合いも国民の血税ぞ!それを貴様は分かっていてこの議論を続けるか!!」
怒りが頂点に達したコンラッドは、額に青筋を浮かべながら長テーブルを激しく叩き、オスニエルへむき出しの感情をぶつけた。
「エヴァ―レス公、私の代わりに思いの丈をぶつけていただきありがとうございます。ですが、バートレット公の仰る通り、今ここで問われているのは私自身ですから」
自分の代わりに戦ってくれたコンラッドへの恩義に感謝しつつ、クラウスは凛とした視線をオスニエルに向ける。
クラウスが口を開こうとした瞬間、両開きの重厚な扉が開かれ、第11代ラングリッサ王、イライアス・ランノック・ラングリッサが会議室に入ってきた。
会議室に入ってきたイライアスの姿を見た公爵達は席を立ち上がり頭を下げる。
「一々とそんなに首を垂れるな面倒くさい。皆座れ」
イライアスは空席だった上座へ座り、頭を下げる公爵達に着席するよう命じる。
「それより、扉の前まで声が響いていたが……随分と白熱した議論の最中だったようだな?」
そう言いながら、イライアスは上座から議長のドウェインへ静かに視線を向けた。
「はっ……。あの……」
イライアスに視線を向けられたドウェインは歯切れの悪い答えを返す。
「あの、という答えはいらん。議題は進んでいるのであろう?」
イライアスはドウェインから視線を外し、居並ぶ7人の公爵とその補佐官たちへと冷ややかに目を向けた。
「どうした?私に気を使うことはない。本日の議論を続けろ。国政会議を担う事がお前達の職務だろう?」
イライアスは、扉の前まで響いていた声でどのような議論がなされていたかを大体把握していたが、面白がるようにあえて議論の続きを促した。
「おぉ。そういえばクラウス。先日の【2組決闘】大儀であったな。見ごたえのある【決闘】だったと聞いている。私も見たかったぞ」
「はっ。ありがとうございます」
国王から直接労いの言葉をかけられ、クラウスは深々と頭を下げる。
「すまんな。私的な話をしてしまった。それで?もう一度確認するがどこまで議論は進んでいる?」
静まり返った会議室に、イライアスが纏う王ならではの独特な威圧が重くのしかかる。
「それが……。今回の議題はまだ一つも進んでおりません」
ドウェインが冷や汗を流しながらまだ本題へと至ってないことを白状し、それを聞いたイライアスは眉根をピクリと動かす。
「何?ならば貴様らは先程まで何に白熱し、議論をしていた」
イライアスの怒気を含んだ声音に、ドウェインが一瞬オスニエルへ視線を向ける。
だが、イライアスはその微かな視線の動きを見逃さなかった。
「オスニエル。今まで何を議論していたか答えろ」
ただ一言、冷たく射抜くような王の視線が、先程までクラウスを追及していたオスニエルの逃げ道を完全に塞いだ。
「そ、それは……。先日行われたクロフォード公の【決闘】に……関してでございます」
喉の奥が張り付いたかのように、オスニエルはそれ以上言葉を続けられなかった。
「ほぉ。お前が先日の【決闘】に一早く観覧を申し出ていたことは私の耳にも届いているぞ」
「っ!」
動揺するオスニエルを見てイライアスはニッと笑みを浮かべる。
「そうか、扉の前まで聞こえていたのは【決闘】の感想に火が付いたものであったか」
イライアスはわざとらしくそう言い放ち、意味深な笑みを浮かべる。
「陛下。恐れながら上申させていただきたいのですが」
コンラッドが席を立ちイライアスに頭を下げる。
「ん?なんだ、コンラッド。気にせず申せ」
長引く茶番に区切りをつけるように、イライアスはコンラッドへ視線を向け、その発言を許可した。
「はっ!ありがとうございます。今までの議論、オスニエル……申し訳ございません。バートレット公の私怨による言いがかりでございます」
「なっ!何を言うかコンラッド!!」
コンラッドの直球すぎる告発にオスニエルの表情に焦燥感が浮かぶ。
「私怨?」
イライアスは眉根をひそめオスニエルへと視線を向け、静かに、しかし有無を言わせぬ重低音の声音を響かせなる。
「っ!」
この場を支配する王の絶対的な威圧に、オスニエルは言葉を詰まらせる。
「公爵位ともあろう者が、公式の場である国政会議を私的な不満で停滞させるとはな……。だがオスニエルにも理由があるのだろうそれを聞こうじゃないか。爵家が抱く不満も解消できなければ国政も何もあるまいて……」
「陛下。バートレット公に代わり、私がお答えしても構わないでしょうか?」
場を制する王の重圧をものともせず、涼やかな声を響かせながら、クラウスは席からスッと立ち上がった。
「ん?そうか、お前もこの話の当事者か」
イライアスの問いに、クラウスは臆することなく、しかし礼儀正しく優雅に頷いてみせた。
「この度の本来とは異なる議論は、先日行われた【決闘】における私の不徳の致すところにございます」
あえて自らの不徳として頭を垂れるクラウスの姿勢に、イライアスは面白がるように細めた双眸を向け、「ほぉ」と低く返して続きを促した。
「私のこの度の”勝利条件”は”敗者の追放”でございました。それを結果が出た土壇場で条件を覆した私の公爵家としてのプライドの無さをバートレット公は戒めてくれていたのです」
クラウスは殊勝に頭を下げながらも、その澄んだ声音には絶妙な棘が込められていた。
「っ!」
(クラウス……!意図しての言葉かは知らんが、私を惨めに追い詰めていることに自覚はないのか!!!)
オスニエルは悔しさに血がにじむほど唇を噛みしめ、周囲から向けられる冷ややかな視線に全身を強張らせた。
「ふむ。だが【決闘】の規定では一度の条件変更は許されているのだろう?ならばプライドも何も関係なかろう」
イライアスは当事者であるクラウスとオスニエルを交互に見据えた。
「だが、オスニエル。若いクラウスに公爵家の何たるかを説けるお前は貴族、公爵家の鏡よな?だが、この話の決着をつけねば次に進まぬか……」
浮かべていた笑みを消し、イライアスは会議室全体へと視線を巡らせた。
「決を取る。此度のクラウスの条件変更の采配が貴族及び公爵家の汚名になると思う者は起立せよ」
イライアスの言葉を聞き、自領の補佐官すら誰も立とうとはせず、たった1人、ポツリと立ち上がってしまった現実を前に、オスニエルはただ呆然と言葉を失った。
「オスニエル、座れ。では、クラウスの采配は【決闘】の規定範疇であり問題ないと思うものは起立しろ」
イライアスの号令に呼応するかのように、長テーブルに座るオスニエル以外の公爵達重鎮13人が一斉に立ち上がる。
「……全会一致だな。異議なしとみなす。ドウェイン、本来の議題に移れ」
会議室の圧倒的多数が自分に背を向けたその光景に、オスニエルは息を忘れ、青ざめた顔で脱力する。
この瞬間、思い描いていた『オスニエルの思惑』は破綻した。
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