〈第42話〉『【レゾナンスクリスタル】』〈後編〉
クロフォード学園―――医務室・【2組決闘】から2日後
「んっ……」
エルザは重い瞼を持ち上げ、視界を広げる。
医務室特有の白い天井に、漂ってくるのは薬品の匂いとヒンヤリとした空気に意識が徐々に覚醒していく。
(あっ……。ここは、どこ……?)
決闘の場で気を失ったはずの彼女が目覚めた場所は、音一つない静寂が支配する医務室だった。
「エルザ!!」
「エルザ様!!」
【2組決闘】から今に至るまで意識を失っていたエルザに、従者のドーラとアメリアは安堵の声を漏らす。
「ドーラ、アメリア……」
いつも自分を気遣ってくれる2人の顔を見て、エルザの顔が自然に綻ぶ。
エルザのその表情を目にしたドーラとアメリアは無事に目を覚ました主人に対し涙を浮かべる。
「そう……いえば。【決闘】は……、ティファはどうなった……の?」
意識を失っていた2日間の空白を経て、【決闘】の結末を2人に問う。
「……」
「……」
エルザの問いに対し、ドーラとアメリアは顔を見合せ沈黙してしまう。
「【決闘】はどう……なったの?ティファは!?」
固く閉ざされた2人の沈黙をこじ開けるように、エルザは痛む身体を押して上体を起こす。
必死な気迫に、ドーラとアメリアは小さく肩を震わせ、俯くことしかできなかった。
「ティファニアも、頑張ったんだけど……」
「ティファ様はクラウス様に敗れて……」
言葉を詰まらせながら、隣で静かに寝息を立てるティファへと視線を向ける。
「そ……う。敗けた……のね」
エルザはティファが敗けた事実を受け止めながらも、他人の心配をよそに無邪気な寝息を立てている姿を目にして安堵した。
「ごめんなさい……。私は自分の居場所を守ることすらできず、あなた達の居場所すら奪ってしまった……」
エルザはティファすら兄のクラウスを打ち取れず、負けと追放という現実を受け入れ、ドーラとアメリアに謝罪する。
「謝らないでよバカ!……謝らないでよ……、お願い……」
ドーラが堰を切って感情をむき出しにし、それを見たアメリアも顔を覆いあふれる涙を隠す。
「ごめん……。でもそれがお兄様の提示した条件だから。それにあなた達にはまだクロフォード家に使えるという義務がある……。これからは私に使えるんじゃなくてクロフォード家へ使えて頂戴……」
エルザのこの言葉を聞き、いつも冷静で知的であるはずのアメリアが、エルザへと抱き着き嗚咽を漏らす。
そんな中、医務室の扉が数回ノックされ3人の視線はそちらに向かう。
返事も聞かずノックの主は扉を開け入室してきた。
3人の視線の先、入室してきたのはエルザの兄であるクラウスだった。
「お兄……様……」
想像もしていなかった人物の登場に3人はその場で固まってしまう。
「く、クラウス様……」
何時も強気のドーラもクロフォード家現当主のクラウスに先ほどまでの涙も忘れ委縮してしまう。
「……。エルザと話がしたい。済まんが従者の2人には席を外してもらおうか」
クラウスの冷徹でありながら重みのある一言が放たれ、医務室に漂う緊張感が一気に跳ね上がり、ドーラとアメリアはエルザとの別れを惜しみながら退室する。
「……」
「……」
ドーラとアメリアが去り、静まり返った医務室には、隣のベッドで寝息を立てるティファの姿だけがある。
それを加味しても、兄妹の2人でこうしてじっくりと言葉を交わすのは、実に久しぶりの情景だった。
「……。クロフォード家にとって幾度となる醜態を取ってしまい、申し訳ありませんでした。家名に木傷をつけた報いは身をもってお受けいたします。近日中に荷物をまとめ……」
「その必要はない」
顔を伏せ、追放の受け入れたことを告げるエルザの言葉を、クラウスは途中で遮った。
「今回の【決闘】、俺の勝利条件だが……。変更をさせてもらった」
「お、兄様……今なんと……?」
言ったことを覆さない兄のその言葉を聞き、驚きの表情を浮かべエルザが顔を上げる。
「条件の……変更?」
「あぁ……。今回の勝利条件、敗ければ”追放”と条件を突きつけたがその条件の一部を変更した」
クラウスはそこまで言うと隣のティファを一瞥する。
「今回俺達3年生組に健闘を見せたお前達をこのまま”追放”をするのは惜しいと思ってな……。この度の俺の勝利条件は”追放一時保留”とすることにした」
「”一時保留”……?」
クラウスの決定・勝利条件変更を聞き、エルザの目に涙が浮かぶ。
「そうだ。他領に”優秀”な生徒を放出するわけにはいかんからな……」
クラウスの瞳にはかつて”色無し”とされた自分を優しく気遣い、成長を見守ってくれる兄の面影が見えた。
「お兄……様っ!」
クラウスの不器用な優しさに、エルザの瞳から我慢していた涙が零れ落ちる。
「すまんな……、不器用な兄で……」
泣き崩れるエルザを前に、クラウスは自嘲気味な言葉を呟きつつも、優しくしっかりと抱き止めた。
「俺はもう行く。しっかり身体を休めろ」
数年ぶりの兄妹の抱擁を交わすと、クラウスは隣のティファに視線を向ける。
「良い好敵手ができたな……。お前がうらやましいよ……」
クラウスは最後にそう言い残し、医務室から去っていく。
クロフォード学園―――3年一般授業棟
「う~ん……」
【2組決闘】から4日後、【決闘】の傷も癒え意識を取り戻したうちは、3年生の授業棟でクラウスの姿を探していた。
「あら?ティファちゃん。もう動いて大丈夫なの?」
不審に授業棟を覗き込むうちを見つけたアシュリーが声をかけてくる。
「ん?んん?あぁ!……あ?えっとぉ……?」
声をかけてきたアシュリーに対し、クラウスとの仲裁に入ってくれたことは覚えていたが、名前が思い浮かばないうちは誰だったかと首を傾げる。
「ん?あぁそっか!まだ自己紹介とかしてなかったもんね!私、アーヴァイン。アシュリー・アーヴァインよ。よろしくね、ティファちゃん!!」
うちの両手を取り、元気に名乗るアシュリーのフレンドリーな笑顔に、ティファは少しだけ目を丸くし呆気にとられる。
「あ、あぁ!そう、思い出した!あの時【決闘】規定がどうとか言っちょった人!」
自分の事を思い出したうちに、アシュリーは満面の笑みを浮かべる。
「そう!そうよ!覚えていてくれてうれしわ!それより、結構寝込んでたって聞いてたけど、もう身体は平気なの?」
思っていた以上に距離を詰めてくるアシュリーのペースに押されながらも、うちは無意識に身構えてしまう。
「あ、あぁ……えっと、お、おかげさまでそれなりに……はっ、ははは……」
うちが問いに答えると、アシュリーはグイっと顔を近づけ覗き込んできた。
「あ、あの……。なにか……?」
「ふ~ん。身体の回復力は一般の人と変わらないのね……」
その声は直前まで笑顔で陽気なものとは違い、冷静にうちの身体状況を見抜くような言葉だった。
「そ、それより!」
と、うちはアシュリーを押し返し周囲を軽く見回した。
「今日もだれか探してるの?もしかしてクラウス?」
「え、えっと、なんで……わかったんですか?」
アシュリーにここへ来た目的を言い当てられたうちは少し動揺してしまう。
「ティファちゃんがここに来るのって大体クラウスかなぁっと思って」
うちの素直な反応にアシュリーはニッと小悪魔のような笑みを浮かべる。
「いやぁ……、まぁ、そうなんですけど。それで、クラウス……先輩がどこにいるかわかりますか?」
アシュリーに茶化され視線を泳がせながらクラウスの居場所を問う。
【決闘】後、結末がどうなったかはエルザ達から聞いて知っている。
だが、周囲から聞いたクラウス側の”勝利条件”真意を確かめるために、うちはここに赴いていた。
「う~ん……。クラウスねぇ……」
アシュリーが教室を覗き込み腕を組んで考え込む。
「どうした?何をしている……」
アシュリーと話すうちの視線の先、背後から歩み寄ってきたクラウスが静かに声をかける。
「ん?あぁ。ここに居るじゃん」
アシュリーの隣に並んだクラウスを指差し、さも最初からそこに居たかのように振る舞う。
「いや、アシュリー先輩の後ろから近づいて来ちょったの見えてましたよ……」
天然なのかわざとやっているのかわからないアシュリーのボケにうちはつい呆れた表情をしてしまう。
「あら?そう?」
アシュリーはわざとらしく小首を傾げとぼける。
「アッシュフィールドか……。何の用だ?文句でも言いに来たか?」
3年の授業棟には似つかわしくないうちの存在を見ても、クラウスはいつもの威厳と冷静さを崩さない。
「あ、っと。こ、コンニチワ」
「……」
「……」
堂々と乗り込んだはずだったが、いざ本人を目の前にしてうちは思わず緊張してしまい、しどろもどろにわけのわからない挨拶をしてしまう。
直後にやってしまった恥ずかしさから、自分の頭を抱えたくなる衝動を必死に堪えながら、うちは気まずそうに視線を彷徨わる。
うちからのまさかの挨拶に、クラウスは微かに目を丸くし、アシュリーは「……どうリアクションしたものか」と困ったように頬を掻いた。
「……挨拶はいい。ここに来た目的を言え」
クラウスの冷徹でありながらも出鼻を挫かれたような声に、うちはハッと意識を現実に引き戻される。
「えっと、なんで、なんで”勝利条件”の変更をしたんですか?追放を”一時保留”って……」
先程の気まずさを振り払い、うちは真正面からクラウスを見据える。
隣で様子を見ていたアシュリーは「面白そうなものが見れそう」と目を細めてうちとクラウスのやり取りに耳を傾ける。
「なんだ?不服なら今すぐ追放してやるが?」
真面目に理由を問いただすうちに対し、眉を一つ動かし突っぱねてくる。
「いや、それはやめてください」
本気で言ってるのか冗談で言っているのかわからないクラウスの追放という言葉をきっぱりと断る。
「うちが聞きたいのは理由です。先輩が条件を変更するに至った真意が知りたい」
うちは真剣な眼差しででクラウスの答えを待つ。
クラウスもうちの事を真正面から見つめ返してくる。
「……」
クラウスは無言の間を置き、制服の右ポケットに手を入れ何かを取り出しうちに見せてくる。
「これ……は?」
うちはクラウスの手の平で輝き同じ位置、同じヒビが入った2つの結晶に目を向ける。
「【2組決闘】で俺が付けていた【決闘クリスタル】と【レゾナンスクリスタル】だ」
「えっと、それが?」
2つの結晶を見せてきた意味が分からず、クラウスの顔を見てうちは小首を傾げる。
「真意が聞きたいと言ったな?これがその答えだ。お前は最後の一撃で俺の【決闘クリスタル】にヒビを入れた。もしあの時お前が気を失わず追撃を放っていたら、敗けていたのは俺かもしれん。”勝利条件”の変更は”健闘賞”と言ったところだ」
「健闘賞……ですか」
学園のみならず王国でも絶対的な強者であり、常に孤高を貫いてきたクラウスが、下級生であるうちの強さを認め、敗北の可能性すら口にした。
「それから、お前とエルザは何か勘違いしているようだが、”追放”を撤回したわけではなくお前達の”追放権限”を俺が持っていることには変わらん」
クラウスに釘を刺されうちは「あっ……」と声を漏らす。
その時唐突に学園の始業のベルが鳴った。
「やばっ!修練に遅れる!そ、それじゃ今はこれで失礼します!!」
うちは途中で会話を打ち切り、クラウスとアシュリーに背を向けて急いで修練場へと走り出す。
「アッシュフィールド!」
引き止められ、慌ててクラウスの方へと振り返った瞬間、視界に光り輝くもの見えた。
「おっとと!!」
咄嗟に両手を突き出し、それを落とさないようにしっかりと受け止める。
「その【レゾナンスクリスタル】はお前が持っておけ」
「なんでですか?」
うちが驚きと疑問を込めた声で問いかける。
「理由はいい。それから俺からもお前に聞きたいことがある」
不意を突くようなクラウスの言葉に、うちは足を止めて思わず瞬きをする。
急ぐべき修練の時間が頭をよぎりつつも、その真剣な響きに聞き返さざるを得なかった。
「お前は俺の次期剣聖という立場を否定した。そんなお前は将来何を目指す?」
うちはクラウスが今まで背負ってきた次期剣聖という立場を否定したことを思い出した。
「将来何を目指す……。か」
うちは顎に手を当てて一瞬考え込み、クラウスに笑みを向ける。
「うちが先輩の代わりに剣聖になろうかのぅ」
涼やかな笑みを浮かべて放たれたその冗談とも本気ともつかない答えに、クラウスはわずかに目を丸くした。
そして、フッと今まで見たこともないような深い笑みを零した。
「そうか……剣聖になる、か。いつまでも引き留めて悪いが最後に一つ……」
クラウスは一旦言葉を区切り、真剣な眼差しを崩さないまま静かに言葉を継ぐ。
「クロフォード家当主の権限でお前に”閃光”の二つ名を送ろう。これも健闘賞として受け取れ」
思わぬ大名誉に、うちは驚くがすぐに表情を引き締め、誇らしげに胸を張ってみせた。
「ありがとうございます!その二つ名に恥じないようもっと強くなって見せますよ!」
うちの堂々とした返答に、クラウスは微かに満足げな表情を浮かべる。
「それじゃ!もう本当に急ぐんで!!」
ようやく背中を向けて、うちは修練場へ走り出す。
「……」
走り去るうちの背中を見送りながら、クラウスは微かに目を細め笑みを浮かべる。
「なんか、えらく清々しい顔してるわね」
隣でうちとクラウスの会話を聞いていたアシュリーが口を開く。
「……そうか?そうかもしれんな」
アシュリーに視線を向けることもなく、クラウスはただ遠ざかる背中を見つめたまま呟く。
「肩の荷が……一つ下りた気がするよ……」
その声音には、いつもの冷徹さではなく、昔から背負わされてきた剣聖という重圧から解放されたような、穏やかな響きがあった。
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